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08 : 終の白狐



 傘をさして外に出て。

 夙夜は当たり前のように桜崎高校への道を歩いて行った。その手には、珂澄さんの病室に飾ってあった花が一輪揺れている。それ自体が光るわけじゃないが、まるで提灯のように釣り下がるソレは、夙夜を導くかのように上下に揺れていた。

 その行く末はもちろん、目的地は高校じゃない。

 高校の裏手の、神楽山。

「会いに行くのか?」

「うん。マモルさんも一緒に来てねって言ったよ」

「そりゃそうなんだが……」

 こんな雨の中、そろそろ日も落ちて暗くなる頃だというのに、山に分け入る感覚が分からない。

 とはいえ、夙夜の視力をもってすれば夜も昼もほとんど変わりないのかもしれないが。

「大丈夫。俺たちが行けば、きっと寄ってくる」

 返す言葉なくオレは黙り込んだ。

「出来れば目的のキツネさんにだけ会いたいんだけど……無理かなあ」

 ゆらん、ゆあん。

 手にした花が重そうに揺れる。

 釣鐘型をした紫色の花に、オレはそこはかとない不安を覚えていた。

「なあ、夙夜」

「なあに、マモルさん」

 ゆらん、ゆあん。

「その花、なんだよ。さっきから目障りなんだよ」

「目障りってひどいなあ。叔母さんの花だよ?」

「はあ?」

 傘からはみ出た花弁を雨粒が緩く叩く。そして、揺れる。

 夙夜はいつものようにへらへらと笑いながら告げた。

蛍袋(ホタルブクロ)だよ。昔、この花に蛍を入れていたからこの名前になったって言われている」

 なるほど、形通りで、イメージ通りだ。最も、蛍の入っていないその花に明り取りとしての存在意義はねえ。

 まるで提灯のように目の前で揺らすのをヤメロ。

「……勿論、この花に意味があるんだろうな」

 苛立つオレを尻目に、夙夜はいつも通りのんびりと答えた。

「『正義』」

「正義……?」

「うん。蛍袋の花言葉は『正義』」

 ゆあん、ゆらん。

「叔母さんの正義。コーノさんの正義。国の、正義」

 ゆあん、ゆらん。

 揺れる揺れる『正義』。

珪素生命体(シリカ)は自由だよ。相手を消すのも、自分の足でどこへ行くかも、誰をどうやって傷つけるのかだって」

 夙夜はぴたりと足を止めた。

「自由を縛るのは『正義』なの?」

 夙夜は少し小さな声で意味の分からない言葉を呟いた。

 だから、オマエはオレの聴力を過小評価してる。そのぐらいの声の大きさなら、オレにも聞こえている。

「ほら、来てる」

 夙夜がそう言って道の先を指した。

 いつの間にか、オレたちは桜崎高校を通り過ぎ、神楽山の山道に入っている。雨音が煩いほどに静寂を叩く。

 ホタルブクロの花が揺れる。

 雨煙る先から現れた銀色も、かろうじて耀る街灯を反射して鈍く光る。

違う(・・)けどね」

 当たり前のようにオレたちの前に姿を現した珪素生命体(シリカ)は、夙夜の求めるキツネではなくあれは……

「リスさん、こんにちは」

 夙夜は何の(テラ)いもなく笑いかけた。

 ああ、なるほど。

 あのふさふさの尻尾は確かにオレの記憶にあるリスと一緒だ――アレが金属だなんて考えたくもない。どんな凶器だよ。

 尻尾を一振りされただけで、オレなんぞ簡単にハリネズミ化するぜ、マジで。

「……こんにちは」

 金属を響かせる、澄んだ声で返答したリスの女の子はぺこりとお辞儀をした。しかし、唐突に現れたオレたち有機生命体(タンソ)に驚いているようだ。

 夙夜の言葉を信じるなら、オレと夙夜に『惹かれて』やってきたはずだ。

 しかし、少し妙だった。

 お辞儀などという有機生命体(タンソ)のニンゲンらしい行為を、この珪素生命体(シリカ)は当たり前のようにやって見せた。

 もしかするとこの珪素生命体(シリカ)は――

「お名前は?」

「ルリ」

 やはり、名を持つということはこれまでにニンゲンと関わった経験があるということだ。

 瑠璃という名に恥じない可憐な面立ちをしたリスは、ふさふさの尻尾を警戒にぴんと立てたまま、少しずつこちらへ寄ってきた。

 オレは思わず手を差し伸べた。

 が、それに反して、ルリははっと背後を振り向く。

「『異属』っ……!」

 次の瞬間、闇を裂く金属音。

 嫌ほどに聞き覚えのあるソレは、珪素生命体(シリカ)の躰がぶつかり合う音で。

 オレは、差し出した手をその場で拳に握りなおした。


 このくらい、がどのくらいなのかやはり聞いておくべきだった。

 神楽山に少し足を踏み入れただけでこの騒ぎだ。とてもじゃないが、梨鈴の痕が残るヤマザクラの場所になんて辿りつけはしないだろう。

 オレは目の前に突如として降臨した異属同士の争いをただ見ていることしかできなかった。

「当たり前みたいに始めてんじゃねぇよ」

 異属の争いを見るのは初めてじゃない。この戦いにオレの介入する隙などない。

 分かってはいるが、あっという間にリスを地面に伏せたソイツの力は圧倒的だった。

 もう遅い。

 分かっていてもオレは反射的に叫ぶ。

「夙夜ぁ!」

 しかし、夙夜は動かなかった。

 いつもなら、分かったよ、と言って止めに入るというのに、珍しく困った顔をしてオレを見た。

「ごめん、マモルさん。間に合わないや」

 声なき声が珪素生命体(シリカ)の全身を蝕んだ。

 リスの珪素生命体(シリカ)にもう一体が飛びかかった直後の出来事だった。

 深刻なダメージを受けた身体は、マイクロヴァースが発動し、徐々に崩れていく。声なき声が闇雨を裂く。

 時間にして、ほんの数秒。

 夙夜でさえ、入る隙がないほどに。

「サヨナラ」

 残った珪素生命体(シリカ)は自らが下した判決に別れを告げた。

 長くはない、かといって短くはない。癖がついているわけではない。特徴のない金属質な銀の髪。髪の間から飛び出ているのは見覚えのあるキツネの耳。

 闇の中、濃い影を落とす顔はよく見えないが、雰囲気で笑っていることが伝わってきた。

――笑う?

 その不自然さに気付いて、全身から血の気が引いた。

 珪素生命体(シリカ)が笑う?

 当たり前のように、さも当たり前のように。

 これまで出会ってきた珪素生命体(シリカ)とは異質。そう直感的に気づいた。

 一瞬でリスを屠ったキツネの少年は、雨粒を受けながらオレたちと向き合った。




 萌芽の白狐が巡り合いし道化師は、ケモノに導かれ(ツイ)の白狐と巡り合い、最期の刻を待ち望む。

 其処に待つのは奈落の終焉。

 変幻自在とご都合主義と自我の(カタマリ)アツマリが、道化師を捕えて離さない。


 無関心と名付け親に始まって、作業機械、国家権力、伝道師をも巻き込んだ。

 白樺の武士が最後の人物。

 これで舞台は定員オーバー、後乗り、駆け込み、もう勘弁。

 欠けたピースを埋め終えて、あとはなし崩し破壊するだけ――



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