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07 : 白瑪瑙の激励

 病室はとても静かだった。4人という見舞いにしてはかなり大人数であるオレたちの足音が一番煩いんじゃないかと思うくらいに。

 夙夜を先頭に病室へなだれ込んだオレたちを、珂澄さんが明るく迎える。

「よーお、夙夜。元気だったか?」

「いや、それはオレたちの台詞なんですけど」

 思わず横から突っ込んでしまった。

「細かいことは気にするな、少年」

 夙夜の言葉通り、珂澄さんは頭に包帯を巻いていたが、かなり元気そうで、退院も近いとのことだった。

「すまないな、スミレ。花屋(アルカンシエル)の事をまるっきり任せてしまって」

「大丈夫なのです。珂澄さんが帰ってくるまで、ワタシが頑張るのです」

「ふふ、ありがとう」

 嬉しそうに先輩の頭を撫でた珂澄さんは、ようやくその背後に佇むシリウスに気付いた。

「何だ、苦労してんのか? 少年その2。髪が真っ白だぞ?」

「いえ、苦労の末の白髪ではありません。この色は自分自身の意志ですので、気に留めずいただけると幸いです」

「お、おお、分かった」

 年若い少年の容姿に似合わぬ言葉づかいに、珂澄さんも少し驚いたようだ。

 先輩にこっそり尋ねる。

「何だ、あいつ。夙夜と同じ制服なんだから、高校生だろう?」

「はい、そうなのです。シリウスくんです」

 シリウスの名に珂澄さんが微かに反応する。

 明らかに、その名の意味を知っているようだ。

 が、その動揺を外に出さぬよう、いつもの豪快な笑顔で答えた。

「少年その2は日本人じゃないのか?」

「いいえ、自分は神谷泉樺(かみやせんか)と申します。父母の存在はよく存じませんが、おそらく日本国籍、生粋の日本人であると思われます」

「お、おう……」

 会話となれば自分のペースに巻き込んでしまう珂澄さんが、珍しく押されている。どうやってコミュニケーションをとるか、測りかねているご様子だ。

「で? その少年神谷はなぜコイツらと一緒に?」

「先日より、柊殿や香城殿と同じ文芸部に所属いたしました。本日は部室より参りましたので……」

「あー、もういい、少年神谷。お前の話を聞いてると、時代劇でも見てるようだ。頭が痛い。要するに同じ部活の後輩、そうだな?」

「端的に申し上げますと、そうです」

「最初っからそう言え!」

 おお、あの珂澄さんがペースを乱されている。面白い。

 調子狂うな、と頭をかく珂澄さん。

 まあ、元気そうな姿を見られただけでも良しとするか。病室にあまり長居するのもよくないし、そろそろ帰るか。

 腰を上げようとすると、夙夜がオレの服の裾を掴んだ。

 それは女子がやったらカワイイ仕草だが、オマエがやっても可愛くねーんだよ。

「ちょっとだけ、叔母さんに話が聞きたいから、マモルさんも残ってほしいんだけど」

「はあ?」

 思い切り嫌そうな声を出したが無意味。

 先輩がにこにこと笑いながら神谷の腕をとった。

「夙夜くんはマモルちゃんにだけは甘えんぼなのですねっ。仕方ないのです。少しだけマモルちゃんを貸してあげるのです。ワタシたちは行きますですよ、シリウスくん」

「篠森殿、自分はシリウスではないと何度も申し上げているのですが」

「いいのです。キミはシリウスくんなのです」

 先輩に引きずられるように病室を出て行った二人。


 出て行ったのを見計らって、珂澄さんはため息をついて枕に頭を預けた。

「頭が痛いんだが」

「す、すみません。変な後輩連れてきちゃって」

「大丈夫だ、気にするな少年」

 オレが少年、神谷が少年神谷。先輩の事はスミレ、夙夜は夙夜と呼ぶのに、なんだかアイデンティティがないことを主張されている気分だぞ。

 しかし、頭の中で珂澄さんに『マモル』と呼ばれるところを想像して、それはないなと打ち消した。

「で、話ってなんだよ、夙夜。それにはオレも必要か?」

「あ、うん。マモルさんがいないと駄目」

 ああそうかよ。

 いつの間にオマエは保護者同伴になってんだよ。

「あのね、珂澄さん。怒らないで聞いてね」

 いきなりそう切り出した夙夜に、珂澄さんは微妙な表情を向ける

「……怒るか怒らないかは私が決める」

「だよねえ」

 笑った夙夜だが、オレには嫌な予感しかしない。

「じゃあ聞くんだけど、珂澄さんを襲った珪素生命体(シリカ)って、キツネだった?」

「?!」

 珂澄さんは目を見開いた。

「男の子だったよね、たぶん。場所は神楽山かな。ヤマザクラにはリリンがいるから、引き寄せられてきたんだろうね」

 すらすらと答えた夙夜に、珂澄さんはじっと押し黙っている。

「……何をする気だ、夙夜」

「その珪素生命体(シリカ)と話してみたいだけだよ。なんで、叔母さんの事を傷つけたのかなって」

「なっ……夙夜、お前……っ」

 珂澄さんはいろいろ言いたそうにしていたが、最後に一つため息をついた。

「隠し事をしてもお前にはいつかバレる事は承知してる。だが、私もこれが仕事なんだ、口外するわけにはいかない。それだけは分かってくれ」

 珂澄さんが警察とは別の国家権力だという事は何となく知っているが、その仕事内容については全くと言っていいほど知らない。夙夜はそれを知っているのだろうか。

 そうだ。

 オレは珂澄さんについて何も知らない。

 白根の組織について少しわかったからって、オレの周囲は何一つ解決していないんだ。

「逆に聞いていいか?」

「なあに?」

「お前が確認を求めてきたってことは、周囲をウロついてる珪素生命体(シリカ)が一体や二体じゃないってことだな?」

「うん」

 夙夜は殊勝に頷いた。

 お前は珂澄さん相手だと素直だよな。

 というか、会話の水準がすげえ。

 オレには全くついて行けねぇよ。

「って、珪素生命体(シリカ)が何体もうろついてんのか?!」

 シリアスな場面だったにもかかわらず、オレは思わず突っ込んでいた。

 珂澄さんがきょとんとした顔でこちらを見る。

 それより夙夜だ。

「夙夜! オマエな、前から言ってんだろ、そういう事はとっとと言えって! まあ、言ったからってオレが何かするわけじゃねえけどさ」

 ちくしょう、ヘラヘラしやがって……!

 オレが怒ってる事が一切伝わっていないのか、いつも通り、気の抜けるような笑みを見せる夙夜。

「だって、マモルさんと俺とアオイさんがいるんだよ? このくらい集まってきても不思議じゃないよ」

 このくらい、がどのくらいを指すのか、オレには見当もつかねえよ。

「ただ、アオイさんが桜崎を離れてるみたいだから少し減ったんだけど。それでも、どの珪素生命体(シリカ)が珂澄さんを襲ったのか、ちょっと自信なくて」

「……」

 オレは盛大なため息で返した。

 そのため息に珂澄さんのため息が重なった。

「いいか夙夜、お前は確かに特殊だ。私が庇わなくとも、私から情報を得なくとも自分の力だけで何とでも生きていけるだろう。だがな」

 珂澄さんの両手が夙夜の両肩を掴んだ。

「お前が危険な目に遭うのは、私が嫌なんだ」

「うん、大丈夫だよ。マモルさんと一緒にいるから」

 は?! オレ?!

 ものすごく嫌そうな顔をしたであろうオレを尻目に、珂澄さんはオレを見て笑った。

「ああ、そうだな」

 両腕でオレと夙夜を抱き寄せて、豪快に笑う。

「夙夜を頼んだぞ、少年」

「いや、頼まれたくないです……」



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