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06 : 白樺の武士

 相澤の話によれば、大坂井があの携帯端末を使っているという。それも最近は特に頻繁になり、毎日のように携帯端末を触っているという。電話をしているところは見たことがないが、メールをしているのは何度か目撃した、とのことだった。

 それも、なんとなくこそこそと、何かから隠れるような様子で。

 もし相澤の勘違いでなければ、それは、彼女が京都の溝内警部とのつながりを断っていないということだ。

 しかし、何故?

 大坂井が警察と繋がりを持つメリットは? 目的は?

 まさか――

「オレを裁くため、か……」

 最悪の結論にたどり着いて、オレは自嘲した。

 最悪だ――災厄だ。

 動き出した稲荷(イナリ)、珂澄さんを襲った珪素生命体(シリカ)。雑踏に消えたシリウスそっくりの後ろ姿、そして隠れて京都府警と繋がる大坂井美穂。

 分からないことだらけだ。

 いつしか窓を叩き始めた雨の音が鬱陶ウットオしい。梅雨入り直後、毎日のように雨天の空は、さらに追い打ちをかけるかのように曇り下がっている。

 思った以上の土砂降りで、サッカー部すらも避難してしまったグラウンドには誰一人として残っていなかった。地に墜ち、行き場をなくした雨粒は互いに寄り添って細い筋を描く。その形から、地学の授業で習った鳥趾状三角州ってやつをうすぼんやりと思い出した。

 傘を持っていないことはないが、外に出たい天候ではない。

 当たり前のように足が向かったのは文芸部室。ノックもなしに扉を開いたオレを、入った瞬間待っていたのは、先輩のタックルだった。

「マモルちゃん、遅いのです! 待ちくたびれちゃったのですぅ」

 まともに鳩尾をついてきたのはわざとなのか。

 いやいや、頬をふくらまして大きな目で見上げる愛らしい先輩に、文句などひとつたりとも存在しませんよ。

「待ちくたびれたって……オレ、先輩と約束してましたっけ? ていうか先輩、卒業したのにここに、いすぎですよね……」

 息も絶え絶えにそう返すと、目にもまぶしい肩をすくめた先輩はつん、と唇を尖らせる。

「マモルちゃんは文芸部員なのです。毎日この部室へ来る義務があるのです」

 って、ちょっと待て。

 何故、肩がまぶしい?

 よく見れば、先輩は大きなタオル一枚を羽織ったような姿で当たり前のようにそこに佇んでいる。肩がまぶしいのも納得、タオルの裾からも細い足が伸びていた。

 何故そんな風呂上がりのような。

「ちょっと先輩! なんでそんな恰好……!」

 意味が分からない。

 はっと見れば部室の窓際にいつものバイト衣装。目の前にふよふよと揺れる髪は心なしかしっとりとして、頬には水滴のようなものも。

 一瞬にして事態を理解したオレは、青ざめた。

「オレの体操着貸しますから! 今すぐ服着てください!」



「だって急に雨が降ってきたんです」

「どう考えても朝から雨降りそうでしたよ。急に降ったりしません」

「マモルちゃんはイジワルなのですぅ」

 ぶーぶー言いながらも慌てて教室からとってきたオレの体操着を着て、先輩は部室のパイプいすをギシギシ鳴らした。

 今日はアイツがいなくて本当に良かった。

 エセっぽい関西弁をしゃべる、面倒くさい生物教師。

「夙夜は? あと白根はどうしたんですか。いつもならいるはずですけど」

「今日はまだ見てないのです。そのうち来ると思いますです。今、部屋にいるのはシリウスくんだけなのです」

「シリウス?!」

 その名に思わず大声が出た。

「先輩、シリウスって」

 今年の春、桜崎にやってきてオレのクラスメイト、『才女』萩原加奈子を殺したあのシリウス?!

 オレの言外をすべてうけとったのか、先輩はにこりと微笑んだ。

「はい、シリウスくんです」

 そこでオレは背後に気配を感じてはっと振り向いた。

 目に飛び込んできたのは、銀髪。

 さぁっと背筋を冷たいモノが通り過ぎた。

「……シリウス」

 思わずオレの口の端から零れ落ちた名がすべてを物語る。

 少し生意気そうな少年の表情も、銀の髪も同じだ。最上の笑顔を遺して消えたネコの珪素生命体(シリカ)に――そっくりだ(・・・・・)

 本人でないことは直ぐにわかった。

 目の前に佇むのは、有機生命体(タンソ)だった。珪素生命体(シリカ)ではない。

 それにしても似ている。

 喉の奥が張り付く。

「誰だ、お前」

 そう絞り出すのが精いっぱいだった。

 目の前の少年は、銀色の髪と正反対、漆黒を湛えた大きな瞳をまっすぐオレに向けた。シリウスそっくりな顔が桜崎高校の制服を着ているのがひどく不思議だ。

 あの夜の学校での最期が眼前にありありと蘇った。

 救えなかったオレの後悔と罪の意識は今もオレの手の内に在る。

「少なくとも自分は貴方のおっしゃるシリウスではありません。貴方たちは本当に失礼ですね」

 その少年は口を開いた。

 憤然とした言葉と裏腹に、語気はいたって穏やかで怒っている様子はなかった。

 シリウスと見紛う容姿をした神谷と名乗る少年は、手にしていたティーポットを机の上に置いた。

「体が冷えますよ。職員室でお湯を拝借してきましたので、よろしければどうぞ」

「ありがとうなのです」

 文芸部室に常備している湯呑を三客取りだし、茶を注いだ。

 この少年、年に似合わず気が利くことは認めるが、どことなく古風な口調といい高校一年生らしからぬ振る舞いといい、どこかズレている。この奇妙な丁寧さと常識とのズレと機械的な所作が誰かに似ているような気がする。

 まさか。

 久しぶりに、オレの勘が警鐘を鳴らす。

「お前、まさか白根の……」

 オレの言葉を先取りし、シリウスは名乗った。

稲荷(イナリ)所属戦闘員、神谷泉樺かみやせんかと申します。篠森(シノモリ)殿の目付け役として派遣されました。昨日より私立桜崎高校の一学年に編入しております」

「……マジか」

「本日付で文芸部に入部いたしましたのでよろしくお願いします、(ヒイラギ)殿」

 先輩に監視がつく、というのは白根から聞いていた事ではあったが、まさかこんな少年が派遣されてくるとは思わなかった。

 よく見れば銀髪に見えたのは脱色した白髪で、蛍光灯の下では珪素生命体(シリカ)の髪や毛の無機質な光り方とは全く違うものだった。非常に生物的な色だ。

 最悪だ。

 災厄だ。

 そこへ、さらに最悪な声がする。

 常にオレを災厄へと叩き込む男のノーテンキな声だ。

「マモルさん、先輩、一緒に病院行こうよ」

 前振りも突拍子も何もなく。

 文芸部室へやってきたソイツは笑った。

「珂澄さんがだいぶ元気になったから、遊びに行こう」

 病院は遊びに行く場所じゃねえよ。

 オレは大きくため息をついた。



 途中で店に寄り、濡れたバイト衣装から私服に着替えた先輩、そしてオレと夙夜。さらに、なぜかシリウスもくっついてきた。

「なんでお前がいるんだよ」

「監視者が監視対象と行動を共にするのは基本事項です。白根殿も同様であった事と思いますが」

「で? 当の白根はどうしたんだよ。それにオレの監視だとか言ってやがるアイツもいねえじゃねえか」

「白根殿は望月殿より命題を賜り、別行動中です」

「何だ、その命題ってのは」

「秘則です」

 ああ、そうだよ。

 この理屈っぽくて回りくどい物言いが本当に白根そっくりだよ。

 作業機械(ロボット)の次は武士かよ、畜生。

 面倒なヤツばっかり周りに増えやがる。

 オレは言葉を考える気もなくし、ため息で以て神谷に応えた。


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