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04 : 最後の登場人物



 結局、珂澄カスミさんは目を覚まさず、オレと先輩は病院を後にすることになった。

 夙夜は珂澄さんが起きるまで病院に残る、とのことだった。

 付き添っていた同僚だという河野コウノさんと連絡先を交換した時に、何かあったら直接・・連絡するよ、と言っていたのが微かに引っ掛かった。

 家族や親類といった類の話を聞いたことはないが、叔母である珂澄さんに養われていることからも夙夜のソレが世間一般的なモノとはかけ離れている、という結論にはすぐにたどり着ける。本人が話したがるか、知らなければオレ自身に被害が出る、というわけでない限り問いただす気もないが、多少気になる事は気になる。

 河野さんはそのあたりの事情も分かっているようだし、珂澄さんの同僚という事は国家権力(珂澄さん曰く、だ)の一部なのだろうから多少は安心できるだろう。

 ただちょっと頼りない印象を受けるのは我慢するとして――って、オレは何様だ。

 病院を出ると、うっとおし梅雨の曇り空がオレたちの頭上に広がっていた。雨が降り出すのは時間の問題だろう。

「マモルちゃん、おなかすいたのです。アオイちゃんのところにいったん戻って、お昼ごはんに誘うといいのです」

「え、白根を誘うんですか?」

「ワタシはもういいのですけど、マモルちゃんはまだ知りたい事がいっぱいあるのでしょう? シュクヤくんはいませんが、先に聞いておいてもいいと思うのですよ」

「……」

 そりゃあ、オレだってまだまだ知りたい。

 白根の所属する組織について――『稲荷イナリ』という、神社を母体とする組織である事以外はほとんど分かっていないのだ。それも、彼女の様子からすると、まだまだ情報が引き出せそうなのだ。これを逃す手はない。

「……いいよな、夙夜?」

 おそらく病院の前で話しているこの会話だって聞いているであろう同級生にぽつり、と呼びかけて。

「じゃあ、白根のマンションに戻りましょうか」

「はいですぅ」

 にこにこと笑う先輩と二人、病院に背を向けて歩きだした。


 マンションへと向かう途中には、アーケードの商店街の中を突っ切る必要があった。

 駅に近づくにつれ、道行く人が増えていく。今日は休日、天気はそれほど良くないがこれから梅雨が本格的に始まる時期、最後のお出かけを楽しむ人も多いのだろう。

「アオイちゃんとお話が終わったら、お買い物がしたいのです。マモルちゃん、一緒にきてくれませんか?」

「ええ、いいですよ。何買うか知りませんけど」

 気を抜いていると対面から歩いてくる人にぶつかりそうになる。

「先輩」

 オレは先輩に手を差し出した。

「ふふ、デートみたいなのですぅ」

「ぼーっとしてると跳ね飛ばされますよ、先輩」

 冷たく返したのだが、先輩は嬉しそうににこにこと手をとった。

 肩のあたりで先輩の髪がふよふよと揺れる。

「お買い物の時も手をつないで歩きたいのです」

「あー、はいはい。いいですよ」

 抵抗するのも面倒だ。

 駅前のアーケード、時刻も昼に近付いてにぎわっている商店街は人にあふれている。

 どこにでもありそうな休日の風景だった。

 ああ、日常だ。

 心のどこかでほっとしている自分がいる。

 しかし、そう簡単には逃れられないのがオレの不幸体質ってやつだ。

 そろそろ気づくべきなのだ。白根の告白、珂澄さんの怪我、そして街に再び珪素生命体シリカが――これだけ伏線をはっておいて、オレの周囲に何も起きないはずはない。

 もし夙夜や白根が言うように、珪素生命体シリカが同族の残滓に惹かれるっていうのが本当なら、再びこの街に現れた珪素生命体シリカがどこに現れるのかなんて、すぐに分かったはずなのだ。

 梨鈴、イズミ、シリウス、そして望月と共にいた名もなきキツネの珪素生命体シリカ

 オレにはかつて在った珪素生命体シリカの痕跡が次々と刻まれていく。

 だから、これは偶然でなく必然。

 銀色の髪をした何かが、遥か道の先ですっと雑踏に消えたのは。

 見間違いかと思い目を凝らすと、人ゴミの隙間から、今度ははっきりとその銀色の髪をした何かが姿を見せた。

 そして、これは勘違いでも何でもなく、ソイツはオレの方を睨みつけていた。

「――?!」

 小柄な体格。身につけているのは地味な色の7分パンツにバッシュ。帽子をかぶっている様子はなく、射抜くような視線がオレに向かって投げかけられていた。

 違う。

 珪素生命体シリカがこんなところにいるはずがない。

 先輩がきゅっとオレの手を強く握った。

「……シリウスくん?」

 そして小さな唇から漏れた言葉。

 違う。

 そんなはずはない。

 だってアイツは――

 最上の笑顔を残して消えた、ネコの珪素生命体シリカ

 ふい、と銀髪の少年は人ゴミへと紛れていく。

「あ」

 先輩の手を振り払えるはずもなく、雑踏に消える銀色の髪を見送った。

 二人を包む沈黙。ここだけ、雑踏の中で世界を切り取ったかのようだ。

 何しろ、だって、振り向いた銀髪のアイツは。

「シリウスくんに、とってもよく似ていたのです」

「……そうだったかもしれませんね」

 なあ、頼むから。

「でも、いまのは珪素生命体シリカじゃなくて人間ですよ。こんな場所にいるはずはないですから」

「だと思うのですけど、でも、珂澄さんは……」

 これ以上、オレの周囲をかきまわさないでくれ。

 先輩の言葉を断ち切るように、オレは足を進めた。

「先輩、行きましょう。いまは、そっちよりも白根の方が先です」

 そして、首を傾げる先輩を強引にその場から引き剥がした。



 覚悟をして飛び込んだ世界は、オレを受け入れた。

 それどころか、逃すまいと食指を伸ばして雁字搦め。

 こうなったらもう、堕ちるところまで堕ちればいい。


 狭間でもがいた道化師は、ついに世界に捉えられた。

 ここから先は共演、狂宴。

 一つだけ空いていた椅子を埋め、最期の瞬間を迎えるのみ。

 そこに待つ、奈落の結末を見届けるため。






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