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03 : 病室の既視感(デジャ・ヴ)


 隣にいて、こんなにも夙夜の感情が伝わってくるのは初めてだった。

 へらへらと笑いながら何を考えているのか考えていないのかわからないマイペース、それがいつもの夙夜だというのに。

 いまの夙夜は、きっとオレでなくとも分かるくらいに焦っている。

 病院は目の前に迫っていたのだが、夙夜はそわそわとしている。これではどう見ても挙動不審だ。

「落ちつけよ、夙夜。らしくねぇぞ?」

 いつもならオレが夙夜に言われる台詞を投げかけてやると、夙夜ははっとしたように立ち止った。

「あ、うん、そうだね。ごめんね」

 そして、まるで耳でも澄ますように静かに目を閉じた。

 何をしているのかは、すぐに分かった。

 長い付き合いだから。

 先輩を見ると、にこりと微笑み返してくれた。

 数秒後。

 次に目を開けた時、夙夜はいつもの夙夜だった。

「うん、怪我は大丈夫そうだけど、早く行ってあげたいな」

 いまの数秒でどこの何の会話を傍受したのか聞く気はないが。

「じゃあ、やっぱり珂澄さんのところまで急ぐのですぅ」

 先輩がにこにこと笑って、オレたちはまた歩き出した。

 しかし、オレは気づいていた。

 オレが怪我をした時に片鱗を見せた『ケモノ』が、全く姿を見せないことに。

 それは、やっぱり、オレがケモノに鎖をつけた張本人だから、って事になるのか? あのケモノが顕在化するのは、オレが絡んでいるから……?

 自分の想像にぞっとしてオレはぶるぶると頭を振る。

 それよりいまは、珂澄カスミさんだ。

 病院に到着して受付をスルーしようとした夙夜を止め、一応形だけでも部屋番号を聞いておく。

 面会謝絶だとかそんな事はなかったが、面会者として携帯端末のIDを控えられた。


 真っ白な壁に囲まれた清潔な病院の廊下を、珂澄さんの病室へと向かう時、夙夜は静かに尋ねた。

「……ねえ、マモルさん」

「何だ? 夙夜」

 夙夜はオレの一歩前を歩いていて、その表情は見えなかった。

「もし……もし俺がさ、マモルさんの力を借りたいって言ったら、助けてくれる?」

「は? オマエが? オレの力を? 逆だろ?」

「そんなことないよ。俺はマモルさんがいないと何にも出来ないんだ」

「……っ」

 だからそのホモくさい台詞は以下略っ。

 病院内にあり得ない大声を喉の奥で辛うじて飲み込み、オレは大きく息を吐いた。

「当たり前だろ、オレが何度オマエに助けてもらったと思ってんだよ」

「ありがと、マモルさん」

 にへへ、と笑った夙夜の顔になんかいらっとしたので額でもはたいてやろうかと思ったが、どうせ避けられるのでやめた。

 その時、ちょうど先を歩いていた先輩が立ち止まり、病室の扉を開ける。

「失礼します、なのですぅ」

 ぺこりと一礼して病室に入った先輩の後から、オレと夙夜が続いた。

 部屋は想像より広く、ベッドは二つあったが一つは空っぽだった。清潔な白基調の部屋は薬の匂いが充満していて落ち着かない。

 何より、あのエネルギーに満ち溢れた珂澄さんとこの簡素な病室が似つかわしくなく、図らずも胸が騒いだ。

「夙夜くん、来てくれてありがとう」

「こんにちは、コーノさん」

 夙夜がにこりと笑った。

 窓際のベッド脇に佇んでいた男性が振り向いた。夙夜につられるようにして柔らかく微笑んだ彼は、オレと先輩の姿に気づいて首を傾げた。

「こんにちは。ええと、夙夜くんのお友達?」

 おお、びっくりするほど優しそうだ。

 夙夜と並んでたら、オレが思わず連続で額をはたいてしまいそうなほどに間の抜けた笑顔。強大だと言われたら信じてしまいそうに、空気が似ていた。

「こんにちはなのです。花屋『アルカンシエル』のアルバイトをしている篠森スミレです」

 先輩がぺこりと頭を下げる。

「あ、どうも、丁寧にありがとうございます。河野コウノ克也カツヤです」

 慌てて相手の男性も頭を下げた。

「はじめまして。夙夜の同級生の柊護ヒイラギマモルです。よろしくおねがいします」

「こんにちは、マモルくん」

 珂澄さんと同じくらいの歳だろうか。なぜ珂澄さんの病室に?

 そんな疑問が伝わったのか、当たり前に言おうと思っていたのか分からないが、河野克也コウノカツヤと名乗った男性はにこにこと笑いながら続けた。

「僕は珂澄さんの同僚だよ。怪しいものじゃないから、警戒しないでくれると嬉しいな」

 怪しんでた? そんなつもりはなかったんだが。

 うむ、反省しよう。

「珂澄さん、まだ起きてないんだ。ごめんね」

「何があったんですか……って、オレが聞いていいか分かりませんけど」

 そして夙夜はすでに知っているようだが。

「仕事で少し……酷い怪我じゃあないんだ。ご心配なく」

 なんとなく含みのある言い方に首を傾げたが、それは後から夙夜に聞けばいい。

 しかし、仕事絡みとは。珂澄さん自身は国家権力だと言っていたが、実際どんな仕事なのだろう?

 一瞬躊躇、だが、この話の流れなら聞かない方が不自然だろう。

「珂澄さんの仕事ってそんな危険なんですか?」

 そう問うと、河野さんはうーん、と首を捻った後、

「それは僕から言えないかな」

 と答えた。

 ごめんね、という笑顔に、夙夜と同じ種類の鈍感さを感じる。

「そう言えば、夙夜くん、いったいどうして珂澄さんが怪我したって分かったの? 本部や僕からは、まだ夙夜くんの方には連絡してなかったはずなんだけど……あ、もしかして実家から連絡あった?」

「……うん」

 夙夜が曖昧に頷く。

 なんとなく、何となく感じていた事ではあるが、夙夜は『実家』とやらとうまくいっていないらしい。まあ、珂澄さんに養われているという事実を考えれば簡単にたどり着ける事実ではあるのだが。普段感情を見せない夙夜が先ほどの電話から驚くほど動揺しているのが分かって、こっちが焦るくらいだ。

 しかしながら、きっといま聞いても『あとでね』と言われるのは必至だったので、やめておく。

「でもよかった、そろそろ職場に連絡したかったんだ。代わりに珂澄さんについていてあげてくれるかな? 何かあったらそこのボタンね」

 河野さんはにこりと笑い、ナースコールを指さした。



 河野さんが出ていった部屋で、オレはとりあえず軽く息をつく。

 先輩はベッドを隠すように掛けられていたカーテンをかきわけ、その向こうに消えていった。珂澄さんの事は先輩に任せておけば大丈夫だろう。

 さてと。

 オレの中はいま現在、夙夜に問いただしたい事でいっぱいだぜ。

「おい、夙夜」

「なあに、マモルさん」

 しかし、あまりに疑問符が多すぎて、いったい何から聞いたらいいのか分からねぇ。

 じゃあまず、差し迫った問題から行くか。

「さっき、オレに手伝えって言ったな」

「うん」

「その理由を簡単に話してくれるか?」

 そう尋ねると、夙夜はへら、と笑った。

 いつもと同じ笑顔だった。

 まさか、と、思うのだが。

「やっぱちょっと待った」

 夙夜を止めておいてから、オレは頭痛を催し始めた頭に手を当てる。

 おいおい、マジかよ。

 マジでまだそのパターンを引っ張る気なのか?

「また、珪素生命体シリカ関連なのか?」

 白根の方で手いっぱいだってのに、珂澄さんの方までそこ(・・)に帰着するのか?

「ごめんね、マモルさん」

 夙夜の気合の入っていない謝罪に、オレは大きくため息をついた。

 逃れられない、って言ったのは自分じゃねぇか。

 白根の組織『稲荷イナリ』からも雁字搦ガンジガラめ、夙夜の方も逃げ道なし。学校へ行っても生物教師となった望月がいるだけだ。

 嗚呼、どこへ行く、オレの日常。

「珂澄さんはね、実は珪素生命体シリカ関連の仕事してるんだけど、あ、アオイさんとは別ね。どうやら、仕事の時に珪素生命体シリカと遭遇して怪我しちゃったらしいんだ」

「……で?」

「うん、それがこの付近でさ。俺がこれまで気づかなかったってことはここへ来たのはほんとにさっきくらいだと思う。だから――」

「探すのはオマエの役目だろ」

「うん。たぶん見つかると思う」

 この野郎、あっさり言いやがって。

「俺はね、知りたいんだ。叔母さんは、珪素生命体シリカを捕まえようとしたわけじゃないはずだ。もちろん、傷つけるはずない」

「だろうな」

「だから、会って、話がしたいんだ。その時は、マモルさんも一緒にいてほしいな」

「……」

 とりあえずオマエはそのホモくさい言葉選びを何とかしろ。



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