14 : 神楽山の墓標
「夙……っ」
文学部室の前に夙夜の姿を見つけ、呼び止めようとして、やめた。
正確には、別の名を叫んだ。
「白根!」
アーモンドの瞳がこちらに向けられた。
廊下は走っちゃいけないなんてこと忘れ、思わず駆けつけた。
「オマエ、白根、どこ行って……」
「神楽山とその周辺地域にて、調査を行っていました。現在、桜崎付近に集結しつつある珪素生命体たちの数と、種族を把握するため」
「えっ、と、はあ?!」
桜崎付近に集結しつつある……って白根の言葉を反芻しようとして、やめた。
一瞬で理解した。
「捕獲するのか?」
「近いうち、掃討作戦が決行されます」
「……ってここまで聞いといて何だが、そんなぺらぺらとしゃべって大丈夫なのか?」
常に『秘則事項です』と少しも口を割らなかった白根が、当たり前のように話している。
これが、特別協力者特典というヤツか。
嬉しいような、少し寂しいような。
無口な白根からいかに情報を引き出すか、という事を、思った以上にオレはこれまで楽しんでいたようだ。
「柊護さん、香城夙夜さん。貴方たちにもご助力を仰ぐ予定です」
「は?」
「後程、正門前にいらしてください。学校では話しづらいので、場所を移動します」
放課後、テスト前の部活禁止日だというのにオレたちは校門前に集合させられていた。
退院したばかりの珂澄さんに店を任せてバイトを抜けてきた先輩も一緒だ。色とりどりの傘が5つ、校門前に咲いている。
が、白根は既に到着し、全員そろっているというのにどこかへ移動する気配はない。
「もう行こうぜ。何を待ってんだ?」
「柊殿、急いてはいけません。望月殿がいらっしゃるまでしばしお待ちください」
白根ではなく、神谷が答えた。
ああ、あの生物教師待ちか。
しばらくしてやってきた望月は、傘を差しつつ、両手に紙袋を抱えていた。
「遅れてもうた。ごめんな」
当たり前のように神谷とオレと夙夜に一つずつ紙袋を渡す。
「濡らさんとってなぁ」
重い。
中をちら見すると、教科書やプリント類のようだった。
「見たらあかんで……ほら、もうすぐテストやさかい、ボクも仕事が多いんやわ」
ああ、そうか。
腐ってもコイツ、教師なのか。
「ほないくで~」
先導して歩き出した望月に、誰一人突っ込まないのはなんでだよ。
「行くって、どこへだよ」
「ボクんち」
あれか。
白根と同じく、組織が借り上げてるマンションの事か。
「この学校、坂の上やし歩くのめんどいやん。せやから、すぐそこに家、買ってん」
望月が指差したのは、あろうことか、学校の敷地から徒歩3分、子供3人の1世帯が住んでもおかしくないような広い一軒家だった。
オレ、夙夜、先輩、そして、望月、白根、神谷。
脈絡のない面子がダイニングで机を囲んでいた。
傍から見れば、部活動のミーティングでしかないだろうこの集まりが、桜崎に集結しつつある珪素生命体たちの命運を握っているとは、考えたくもなかった。
「調査結果を報告いたします」
そう言って、白根は紙の束を真ん中に置いた。
この量の情報なら、タブレット端末とかでよくね?
「神楽山付近に現れた珪素生命体は現在52体、これまで異属との争いで消滅した分も考えると、その数は10倍近くであったと考えられます。無論、個体識別称『シリウス』が桜崎で消滅してからの合算ですが」
「52?! の、10倍?!」
オレは絶句した。
道理で神楽山の入り口でいきなり異属同士の戦闘にはち会うわけだ。夙夜が珂澄さんに確認を求めるのも無理はない。
口を開けて固まってしまったオレを尻目に、白根は続ける。
「この桜崎で消滅した数が、保護した数とほぼ同数になり、本部ではすでに非常警戒態勢となっています。そして消失の残滓に惹かれ、さらに多くの珪素生命体がこの場所に集まる事が予測されます」
夙夜の言葉を借りれば、最初はオレ達のせいだった。
いくつもの珪素生命体の残滓をその身に刻んだオレと夙夜、そして白根がこの場所に集まっていた事で、少しずつ、他の個体もこの場所に来るようになった。
そして異属同士が争い、さらに多くの痕跡を桜崎に、もっと正確に言うならば神楽山に、残滓を残していった。
「現在残っている珪素生命体はいずれも戦闘能力に秀でていると思われますので、組織の人員を投入して一斉に保護します」
白根はそこで、オレと夙夜を見た。
「お二人には『疑似餌』として参加していただきます」
マジか。
オレたちを餌に、神楽山の珪素生命体をおびき出そうって?
冗談じゃねぇ。
「今まで聞かなかったが、組織ってのは『保護』した珪素生命体をどうしてんだ?」
「……秘則です」
ご神体にしているという事は、粗末には扱わないと思うが……オレの心は晴れなかった。
ホタルブクロを揺らしながら神楽山を登り、『正義』と『自由』を掲げた夙夜が何を言いたかったのか、今なら分かる気がする。
ちらりと夙夜を見ると、机の上に置かれた紙束を二つに選別しているところだった。
「はい、こっちがまだいる方。こっちは、もう消えちゃった方。残りは、39人だよ。でも、作戦の時にはもっと減ってるんじゃないかな?」
夙夜はまだいる方、と言った山を白根の方に差し出した。
「さすがやなあ。葵の調査能力も組織ではダントツなんやけど、ケモノくんには敵わへんわ」
もう消えちゃった方、の一番上の書類には、『ルリ』と名乗ったリス型の珪素生命体の写真が貼ってあった。
まだいる方には、きっとノアの情報が含まれているはずだ。
ルリを一瞬で屠った力を持つノアが簡単に他の異属にやられるとは考えにくい。
「作戦は明日から3日間、集中して行われます。香城夙夜さん。貴方の考えでは、何体の珪素生命体が明日までに残ると思いますか?」
白根の問いに、夙夜は、うーん、と首を捻った。
「20人……は、いないかもしんないや」
へらへらと笑いながら。
「それは何故ですか?」
「うーん。とっても強いんだよ、一人だけ」
その言葉に、オレはどきりとした。
「抵抗勢力がない限りは独壇場じゃないかなあ。そうなると、今晩だけでかなり減るよ」
「ふうん、まるでケモノくんがその『一人』と知り合いみたいな口調やなあ」
望月がちらりと言ったが、夙夜はへらへらと笑っただけだった。
「俺、アオイさんには協力したいけど、ケーキさんには協力したくないんだ」
「何でや?」
「だってマモルさんがケーキさんの事キライだから」
うん、まあ、その事に関しては隠してないが、このタイミングで、この面子の前で、ましてや本人の前で言い切るのはやめろ。
夙夜の言う『一人』は考えずともノアの事だろう。
アイツが、有機生命体を狩るのをやめれば、珪素生命体を消すことに力を注ぐだろうことは分かっていたはずだ。
夙夜に目くばせする。
しなくても、分かっているだろう。
今夜中にノアに会わなくてはいけない。
オレはあいつと友達になると言ってしまったから。