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13 : クラスメイトと携帯端末

 長い沈黙が病室を支配した。

 物語の根底をひっくり返すような大告白に、オレの感情はマヒしていた。

「夙夜の母――その、神社の弟さんと結婚したのが珂澄さんの姉なんですよね」

 声が震える。

「ああ、そうだ。あんのバカ夫婦……っ。娘も息子もあんな組織に差し出しやがって、どうなるかなんぞ分かっていただろうがっ……!」

 珂澄さんは肩を震わせた。

 部外者のオレにだって白根や、神谷を見ればわかる。姪や甥があんな機械のように育っていけばどう思うか……想像に難くない。

「珂澄さんが、稲荷から夙夜を連れ出したんですか? その時、お姉さん……小夜さんは?」

 その言葉で、珂澄さんの表情が強張った。

 聞いてはいけない事だっただろうか?

 それでも、聞いておかなくてはいけない。

 オレがこの先の物語に関わる為。

「私は夙夜と一緒に小夜も連れ出す気だった。でも小夜はもう、アチラ側の人間だった。私の言葉に耳を貸してはくれなかったよ」

 悲痛な表情を瞳の中に映じ、珂澄さんは自嘲気味に微笑んだ。

 山間の、小さな集落で、一つしかない神社で。

 何て狭い世界で起こった出来事なんだろう。

 黙っていた夙夜がぽつりとつぶやいた。

「アオイさんの事も前から知ってたよ。早瀬の集落から来てた、稲荷の適合者(コンフィ)の一人だよ。アオイさんは俺の事、覚えてなかったけどね」

「白根と最初に会った時、そんなそぶり見せなかったじゃねぇかよ」

「そう? 俺、結構驚いてたんだけどなあ」

 全く、いつも通りの夙夜だ。

 が、白根の話を聞いてからオレの中で留まっていた問いがいくつか瓦解した。

 稲荷という組織が適合者(コンフィ)の少年少女をを集めていた。

 稲荷いったい何のために適合者(コンフィ)を集めるのか――珪素生命体(シリカ)を保護するために。

 なぜ珪素生命体(シリカ)を保護するのか――ご神体として崇めるために。

 と、其処まで考えて、背筋をすっと冷たいモノが這った。

 ちょっと待て、稲荷という組織は、いったいどれだけの珪素生命体(シリカ)を有しているんだ? 京都で望月と共に珪素生命体(シリカ)のキツネ少女がいたように、多くの珪素生命体(シリカ)が稲荷に保護されているのでは?

 そら恐ろしい想像に、思わず固唾をのんだ。

「俺にヒトの真似をすることを教えてくれたのは(サク)叔父さんだよ。きっと生きにくいだろうからって、俺に生きる術をくれた。ヒトにバレないようにするのは、ゲームみたいで楽しかったからさ」

 淡々と呟く夙夜の声に感情は見られない。

 少なくともオレには感じ取れない。

 それが悔しいかもしれない、と思ったのは、初めてだった。


 病室に、沈黙が下りる。

 窓の外に雨の音だけが響いていた。


 真夜中の雨音に、心の内にたまった思いをすべて流してほしかった。




 雨が止まない。

「柊くん」

 ぼんやりと雨の中庭を見つめていた時に、唐突に話しかけられ、びくりと肩があがる。

 心臓に悪い。

 振り向けば、再度、心臓が飛び跳ねた。

「お、大坂井……」

 先日、相澤と話題にしたクラスメイトが丸い目でこちらを見上げていた。

 見たところ、携帯端末は持っていないようだが?

「最近、白根さんが学校に来てないんだけど、何か知ってる?」

 小首を傾げながら。

 ああもう、相澤からあんな話を聞かなければよかった。

 知らなければ、ただクラスメイトの心配をする女の子にしか見えなかったというのに。

 今のオレには、大坂井の背後にちらつく京都府警の溝内警部が見えてしまう。珪素生命体(シリカ)の事件を担当していた彼女が、珪素生命体(シリカ)そのものに興味を持つのは時間の問題だから。

 国家権力だという事を考えると、オレ達より先に『稲荷』に辿り着いていてもおかしくはないのだ。

「いや、白根の事は知らねえ」

 知らないのは、半分ホント、半分ウソ。

 白樺の武士・神谷が『白根殿は望月殿より命題を賜り、別行動中です』と言っていた。

 夙夜は『アオイさんが桜崎を離れてるみたいだから』と言った。

 どこかへ行った事は知っている。

 どこへ行ったかは知らない。

 何故行ったかはは知っている。

 何をしに行ったかは知らない。

「香城くんと柊くんはいつも白根さんと一緒だったから何か聞いてないかと思ったんだけど」

「いつも勝手にあいつらが寄ってくるだけだ。何考えてるか分からねえ白根の事だから、そのうち帰ってくんじゃねえのか?」

 実際、どうなんだろうな。

 監視対象である夙夜の傍をこれだけ離れるなど、本当ならあり得ないだろうことだった。

 これまでの白根や、あのクソ胡散臭い生物教師の言動を信じるならば、だ。

 梅雨が明ける前に期末テスト、そして夏休みが待っているとはいえ、長い間休めば目立つ。それは組織にとってもマイナスなのでは。

「気にしねえほうがいいぜ、あんなヤツの事」

 自然に大坂井の頭にぽん、と手を置いた。

 うん、いい高さだ。

 先輩より、少し低いくらいか?

 ついでにわしわしと少し撫でてから、その場を立ち去った。

 オレの背中に目はついていないが、きっと、背後の大坂井は、制服のポケットから携帯端末を取り出しているだろう。

 そして、何処へといそいそメールしているに違いない。

 ああもう、そんな風にクラスメイトを疑うようになった自分が嫌になる。


 白根が学校に来なくなったのは、夙夜が怪我をする少し前。

 最期に見たのは……いつだっただろう。記憶が曖昧だ。

 望月から命題を賜って? 別行動? 学校を休んで?

 そんなことを考えていたからだろうか。

 ふと視線をあげると、廊下の向こうから生物教師が歩いてくるところだった。

「何やまた怖いカオしてんなあ、マモルちゃん。何か、ヤな事でもあったん?」

「……」

 オマエの顔を見たからだよ、という台詞は、仮にも教師なので喉の奥に飲み込む。

「クラスメイトに、白根の事を聞かれたんだよ。どこ行ってんだよ、アイツ」

「葵なら、桜崎におるで。ちょっと頼みごとをしたんや。そろそろ帰ってくるんちゃう?」

「頼みごと?」

 首を傾げると、胡散臭い生物教師はにんまりと笑った。

「気になるんなら、聞いたらええやん。何でも知ってるケモノくんの飼い主のくせして、何で使おうとせえへんの?」

 その笑いがムカつくんだよ。

 と、思ったが、確かに名案だ。

 夙夜に聞けばいい。

 どうせアイツは、この桜崎で起きた事などすべて知っているはずだから。


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