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12 : 小夜と夙夜

 山奥に小さな村があった。

 そして、村には一つだけ神社があった。春には豊作を祈り、夏に疫病を祓い、秋には豊作を祝い、冬に一年の無事を祈る、ごく普通の神社だ。

 歴史古いその神社に新風が吹いたのは、約百年前。唐突に銀色のキツネが二体現れたことによる。

 ヒトと一線を画す銀の毛並みを風に揺らし、ヒトの住む里に下りてきた。

 人の形をとった銀狐は、ただそこにいただけ。

 攻撃をするでもなく、ただ村の道を歩いていただけ。ヒトに興味を示さず、ヒトに攻撃せず、ヒトに話しかけず。

 銀狐たちは、ただそこにいただけ。

 が、それは人々にとって脅威だった。理解できないモノに遭遇すると、攻撃するのがヒトの常であり本性だ。村人たちは手に手に武器を取って攻撃した。

 無論、銀狐に攻撃は効かない。

 (タカ)る蟲を振り払うように銀狐は尾を振り、有機生命体(タンソ)は潰れた。

 銀狐はその事に何ら感情を持たない。破壊したいわけではなく、寄ってくるから払っただけ。

 しかしそれは逆効果だった。

 恐れ戦く村人たち。激しさを増す攻撃。犠牲者は増えるばかり。

 その連鎖を解いたのは、神社の神主だった。

 神主は血に染めた銀の毛並みを揺らす二体のキツネの前で、祈祷を行った。三日三晩に及ぶ祈祷は成功し、銀狐は神社の奥へと消えたのだった。



「その銀狐は珪素生命体(シリカ)だったわけですね」

「そういう事だ」

 オレの問いに、珂澄さんは頷いた。

珪素生命体(シリカ)という存在は当時、まだ知られていなかった。が、神主が事を収めたことで、人々はその銀色のキツネが神の遣いであると思ったわけだ。まあ、当たり前と言えば当たり前か」

 それは自然な思考の流れ。

 ヒトは、理解できないモノに遭遇した場合、攻撃する。が、しかし武力で以て抵抗できなかった場合は、ヒトを超越した存在であると思いたがるのだ。

 神、精霊、妖怪。

 様々な単語で語られるそれらは、人類が始まった当初から全く変わっていない事を示している。

「神主も祈祷を行ったわけではなく、銀狐と会話をしていたのだと私は思う。その神主がどういった言葉(コトバ)でその場に縛り付けたかは分からないが、二体の珪素生命体(シリカ)は神社のご神体となり、神社の最奥に封印されたのだ」

 百年前の神主が、突如現れた得体の知れぬ白銀の生命体相手にいったい何を誓ったのか。いったい何を与えたのか。何を対価に、その二体をその場に縛り付けることに成功したのか。

 今となっては知りうる術もないだろう。

 言葉。

 ヒトの使役する最強の武器。

 人外のモノにヒトが対抗する唯一の術。

珪素生命体(シリカ)保護組織を名乗る『稲荷』が組織されたのはそれより少し後の話だ。神主がその銀狐の存在を総本山に伝えたのだろう。お狐様を信仰する稲荷神社が、美しい珪素生命体(シリカ)をご神体として欲しがるなど、ごくごく当たり前の流れだ。そして『製作者』千木良晴良博士の息子を抱き込み、誰より先に、何より先に珪素生命体(シリカ)の囲い込みを始めたのだ……と、話がずれたな」

「オレは割とそっちも興味ありますけど」

「まあ急くな、少年。その年で生き急ぐこともあるまい」

 珂澄さんはひらひらと手を振った。

 細く長い指がゆらゆらと揺れる。

 と、その指がオレに突き付けられる。

「さて、話を戻そう。先ほどの話には続きがあるんだ。二体の珪素生命体(シリカ)がご神体となってからだいたい70年後だな。今から30年ほど前の話になる」



 神社の最奥へと珪素生命体(シリカ)を縛り付けた神主は亡くなり、その息子が後を継いでいた。

 そして、後を継いだ息子は、さらに二人の息子を授かっていた。

 最初の神官から見れば、孫になるその二人の兄弟は全く異なる性格をしていた。一人は奔放。一人は真摯。ありがちな対比は、兄の奔放さを浮き彫りにした。

 奔放さ故、父から見放された兄は、行き場を求めてご神体と接触するようになった。

 数十年の監禁に退屈していた銀狐も兄の訪問を受け入れた。他愛ない話をしていたのだろう。が、その小さな時間は、兄にとっては人生を揺るがす大事だったわけだ。

 最初は一言、二言交わすだけだったが、成長し、家を出る頃には毎日のようにご神体の元へと通うようになっていた。

 奔放な兄は村を離れ、遠くの都市へ行くことになり、ご神体にお礼を言った。

 貴方たちのお陰で僕の進む道は決まった。本当にありがとう。

 そしてその感謝を込めて、二体に名を贈った。雌型の銀狐には『小夜(さや)』。そして、雄型の銀狐には――『夙夜(しゅくや)』。

 兄が村を出て行ったあと、真面目な弟が神主となり、神社を継いだ。



 珂澄さんは、そこで息をついた。

 山間の小さな村で、小さな神社にご神体の珪素生命体(シリカ)がいて。

 奔放な神社の息子がご神体に名を与えて。

 そしてその名が――

「『夙夜』」

 反芻で思わず口からこぼれた名に夙夜は少し目を伏せた。

 珂澄さんはそれに気づかぬふりをして続けた。

「弟が神社を守り、兄はそのまま行方をくらました……そろそろ分かると思うが、私と私の姉はその村で生まれ育ったんだ。だから、私も姉も、神社の兄弟とは仲が良かった」

 珂澄さんは悲しげな表情で言葉をきった。

「私の両親は、まあ、なんというか研究者に近い存在でな。村へ入った目的はご神体を調べることだった。無論、稲荷とは何の関係もない、海外機関に属していたよ。今思えば兄の方は、私の両親の目的を知っていて疎んじていた節もあるが……と、また話がそれてしまうな。ややこしい話はナシにしよう」

 もう一度ひらひらと手を振って。

 わき道にそれそうな話を本筋へと戻してきた。

「さて、話を続けよう。時代は、ようやく現代に戻ってくる。稲荷が組織されて数十年、全国の神社がその拠点となり、珪素生命体(シリカ)の多くを捕獲した後の話だ」



 兄が村を去ってから数年、平和だった村にまた転機が訪れた。

 神社を継いだ弟が結婚し、女児を授かっていた。その女の子はご神体と同じ『小夜(さや)』と名付けられ、大切に育てられていたのだが、不思議な事にその少女は、珪素生命体(シリカ)と心通わす事に長けていたのだ。

 ヒトでない存在と、簡単に会話をし、コミュニケーションを図ることができる。

 稲荷の言う、『適合者(コンフィ)』と呼ばれる存在だった。

 強力な適合者(コンフィ)の存在に気付いた稲荷は、今度は少女の獲得に迫った。そして獲得のため、組織から派遣されてきたのは――

 家を出たはずの、兄だった。

 兄は、自分の姪にあたる小夜を組織に引き取る為、村へと帰ってきた。

 村を出た兄は一人、大学で研究に没頭し、研究員として稲荷に入っていたのだ。それは、神社に生まれ、珪素生命体(シリカ)と交流し名を与えた者として必然の道だったのかもしれない。

 当時5歳だった小夜は兄に連れられて組織へと入り、後には生まれたばかりの小夜の弟が残された。



「少年。もうだいたいの想像はついたかもしれないが――」

 少し、話すことをためらうように夙夜に目くばせする。

 夙夜はいつもどおり、へらへらと笑った。

「その神社こそが、夙夜の実家だ。最初の適合者(コンフィ)として稲荷に連行された小夜は、夙夜の姉だ」

 珂澄さんは、そこで息をついた。

 途中からだいたいの想像はついていたが、夙夜は山奥の村の神社の息子らしい。事あるごとに『俺、田舎生まれだから』などと誤魔化していたが、本当だったようだ。

「それじゃ、夙夜もその姉の小夜さんと同じように、稲荷にいたってことですか?」

 知らず、膝の上に握りしめた拳が震えていた。

「……ああ、そうだ」

「白根葵や神谷泉樺のように?」

「神谷少年については分からんが、白根という名に覚えがある。おそらく正解だ」

 夙夜の姉が稲荷にいた? 適合者(コンフィ)として?

 稲荷が適合者(コンフィ)を集めている?

 白根や神谷もいわゆる適合者(コンフィ)なのか?

「夙夜、それじゃあ、オマエも過去は適合者(コンフィ)として稲荷(イナリ)に所属してたって事なのか……?」

 とんでもなく耳がよくて、とんでもなく目がよくて、とてつもなく勘のいいケモノのような感覚を持つコイツが、組織の目に留まらぬはずはない。

 ましてや、姉が既に組織に取り込まれた後ということであれば、叔父の研究員が見逃すはずはない。

 夙夜は答えずいつものように笑った。

 とても悲しそうに。

 ごめんね、と声なき声で言いながら。

 それじゃあ、オマエはそれじゃあ、この物語がこの場所にたどり着くことを、最初から知ってたってワケか?

 何だ、ソレ。

 怒りとも悲しみともつかぬ激しい感情が燃え上がり、喉の奥を焦がした。勢いが強すぎて喉を震わせることさえできなかったその激情は、オレの肩を震わせて、胸のあたりに留まった。


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