初夜に夫の愛人を寝室に呼ぶ。〜婚約者に愛人ができたので、私も自由に生きることにしました〜
私の婚約者、テオドール・クローディア公爵子息には愛人がいるらしい。
私の学園卒業直前に決まった政略結婚で、一年の婚約期間を経てもうすぐ結婚するというのに……。
私、ベアトリーチェ・グランヴェル侯爵令嬢との仲を深めるよりも、愛人を作る方が忙しかったらしい。
「……背が高くて美人でとても目を引く素晴らしい令嬢だけど、お父上が男爵だからなぁ。テオドール様とは釣り合わないから、仕方なく侯爵令嬢のベアトリーチェ様と婚約されたんだろうなぁ。身分が高すぎるのも考えものだよなぁ」
私が公爵家を訪ねると、テオドール様の従者が愛人のことを噂している。
「ベアトリーチェ様だってとても可愛い方だよ」
この従者は見どころがあるわ。
「俺もベアトリーチェ様の方がいいと思うけどな……」
え? 意外と公爵家での私の評判いいの?
……。
って、肝心のテオドールが私を好きじゃないなら意味がないのよね。
「テオドール様、私たちの結婚式の招待客とドレスのことですけど……」
「ああ、君の好きにしてくれ、俺はどうでもいい」
テオドールに聞いてもいつもこれだ。
全く私とあなたのことに興味がない。
「……いや、君が喜んでくれることが、俺の喜びだから、君の好きなようにして欲しいんだ」
テオドールがとろけてしまいそうな微笑みを作って言うけど……誰が信じますか?
まあ、でも、言ったからには何があっても喜んでいただきますわ!
浮気してるくらいの負い目で、私の全部を受け入れてくれるテオドール様が、私は大好きです。
◆◇◆
私は学園時代の友達とのお茶会に出かけました。
私が通っていた学園は淑女のみが通うことが許された女子学園だったけど、卒業してから久しぶりに会う彼女たちはちょっと疲れていました。
「あら、ヴィクトリア様の旦那様もなの?」
「エレノア様もなの……!」
「アンジェラの旦那様がそんな酷い方だなんて……」
「マリアンヌ様の方こそ……お辛かったでしょう?」
学園時代に仲の良かった令嬢同士で今の旦那様や婚約者の不満を言い合って慰めあっていた。
その様子を見ているだけでも学園時代に戻ったみたいで癒された。
「……っ!」
「どうしたの? ベアトリーチェ様。お辛い事があったの?」
「……カレン様ぁ!」
私は仲良しだったカレン様に抱きついた。
学園時代もなんでも相談できる親友だった。
「……学園で一番可愛らしくてみんなの憧れの的だったベアトリーチェ様が、公爵子息のテオドール様と婚約されて、絶対に幸せになると思っていたのに、何があったの?」
カレン様に髪を撫でられながら聞かれると、辛い気持ちがスーッとなくなっていく。
ずっとこうしていたい……そう思ったのに。
「カレン、ベアから離れて、ベアは私の百合の花嫁なのだから」
そこにマルセリーナ・フェルネス男爵令嬢——マルセルがいた。
「マルシー……来てたの……。あなたがいるなら、ベアトリーチェのことはあなたに任せるのがいいわね」
カレンは席を立って行ってしまう。
「ベア……」
少し寂しそうな顔でマルセルが私を見つめる。
私は目を逸らしてしまう。
「……っ!」
マルセルの顔が暗く悲しくなる。
こんな顔をさせたいわけじゃないのに……私はマルセルをずっと傷つけてばかりだ。
テオドールとの婚約が決まってからずっと……。
——学園では、私とマルセルは百合の花嫁と花婿だった。
学園の中だけで通じる恋人同士で、外には知られていない制度。
卒業したら終わるのが普通だけど……マルセルは私と別れたくないと言った。
特に婚約者が決まったことを話した時の反応は今も覚えている。
『そいつは身分だけで、ベアには相応しくない!』
テオドールが公爵子息だから言ったのだと思ったけど……。
今、思うとマルセルはテオドールを知っていたのね。
「テオドールの愛人はあなたね? マルセリーナ・フェルネス男爵令嬢」
「……」
マルセルは私を見つめて微笑んでいる。
背が高くて美人でとても目を引く素晴らしい令嬢……彼女の微笑みは今も私の胸を熱くさせた。
「テディとは学園に通ってる間に夜会で知り合ったのよ。『俺の愛人にならないか?』って最初から言われたのよ」
マルセルは男爵令嬢で、結婚相手を探しに夜会に行かなければいけないことは知っていたけど……そんなことがあったなんて……。
「……テオドール様のことをテディと呼ぶのね、マルセルは……」
婚約者の私でもそんなに親しい愛称ではまだ呼べないのに。
「……ベアに、あいつは相応しくないと思ったんだ……! だから、愛人になって破滅させてやろうと思ったのに……婚約者がいて愛人がいるだけでは問題にならないんだ! 問題行動を起こそうとしても、大体が『それじゃ、愛人にしておくしかないな』と言われて解決されてしまう……!」
「マルセル……」
上級の貴族社会の嫌な部分ね……。
世間体を気にするくせに、貴族同士はお互いに体裁だけ保てればいいと思ってる。
だから、私も自由に生きられる——!
「……マルセル、私とテオドールの結婚式には来てね」
「ベア……夫の愛人を結婚式に呼ぶなんて……君はそれでいいの?」
夫の愛人と暮らしている人だっている。
「夫の愛人がマルセルなら、こんなに嬉しいことないでしょう?」
結婚式には夫の愛人のマルセルにも、ずっと付き合ってもらうことにする。
初夜の寝室で朝まで——!
◆◇◆
結婚式の初夜に寝室に行くと、妻と俺の愛人が抱き合っていた。
「…………っ」
言葉が何も出てこない。
この異常な状況に何を言えばいいんだ。
「……テオドール様の愛人とは仲良くできそうです」
今日妻になったベアトリーチェが言う。
「テディ、ベアは私のものだから……」
俺の愛人のマルセリーナがベアトリーチェを抱きしめていた。
ベアトリーチェはマルセリーナに抱きしめられて、胸の中から愛おしそうにマルセリーナを見上げていた。
この顔を、何度愛おしいと思ったか……。
婚約が決まる前に、婚約者の候補として知らされたベアトリーチェを街で見かけたことがある。
背の高い友人と一緒に歩いていて、笑顔が印象に残った。
思い出して心を乱されるたびに、勝手に決められた婚約者で満足したいくないと思った。
世の中にはいくらでも女性がいるのに、最初に出会った女性と一生添い遂げろと!?
そんな人生は嫌だと、俺は愛人を作ることにした。
もし、婚約者が完璧に愛する君でなければ、愛人なんて作らなかったのに……。
「ベア、今日の君はとても綺麗だったよ」
「マルセルも私の結婚式のために綺麗にしていてくれてありがとう」
「私にとっても特別な日だから」
ベアトリーチェとマルセリーナが抱き合って語り合っている。
俺はただベッドの横にいた。
「…………俺、いるか?」
「「いります! 一番大事でしょう!!」」
二人一緒に俺を見る。
俺の、『何が大事』なのかは聞けなかった。
※おまけ
「愛人に怒らない奥さんなんて素晴らしいな!」
「まあな……」
テオドールのお友達が遊びに来た。
「お前も婚約したんだって?」
「ああ、君の奥さんと同じ女子学園に通っていた令嬢だけど、君の奥さんのように愛人に理解があるかなぁ」
愛人に理解のある女なんているわけがないでしょう。
公爵って馬鹿しかいないのかしら?
でも、テオドールが暗い微笑みを浮かべた。
「愛人に理解がある令嬢のことなら、うちの奥さんが詳しい」
言われて私はお友だちの婚約者の名前を聞く。
「ああ、その令嬢ならこの令嬢を愛人にされたら喜ばれますよ」
かつて百合の花嫁の花婿だった二人だもの。
お友達は満足して帰って行き、私もいいことが出来て嬉しい。
テオドールも黒い笑顔を浮かべている。
「ははは、誰も幸せになんかしてやるか!」




