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奪うはずだったのに、奪われている気がする

作者: 桐原悠真
掲載日:2026/04/24

 ユリカは、街で生きている。

 恋愛も、遊びも、全部含めて。


 男と会って、笑って、少しじらして。

 そういう駆け引きは、嫌いじゃない。

 むしろ――好きなほうだ。


 今回も、いつも通りのはずだった。


 適当に距離を詰めて、

 いいところでキスをして、

 少しだけ奪う。


 それで終わる。


 ――そのはずだった。


「そろそろ、いいでしょ?」


 ユリカは、軽く笑って男に近づく。

 男も、嬉しそうに笑った。


「いいよ」


 その声が、少しだけ甘い。


 キスをする。

 いつも通り。

 何も変わらないはずの距離。


 ――なのに。


(……あれ?)


 吸っている感覚が、ない。


 いつもなら、確かにあるはずの“流れ”が。

 何も、来ない。


 それなのに。


 男は、満足そうに目を細めた。


「最高だな」


(……何それ)


 ユリカは、わずかに眉をひそめる。

 もう一度、確かめるように触れる。


 それでも。


 ――わからない。


 吸っているのか。

 吸えていないのか。

 それとも――


「ねえ」


 ユリカは、少しだけ低い声で聞いた。


「あなた、何者?」


 男は笑う。

 答えない。

 ただ、楽しそうに。


 体に異常はない。

 でも、確実に何かが違う。


 森にいる友達に聞いた。


「そんなの、聞いたことないわ」

「でも……噂なら、あるかも」

「不思議な種族がいるって」

「吸ってるのか、吸われてるのか分からなくなるって」

「気をつけなさいって、昔言われた気がする」

「ミアに」


 ユリカは、ミアにも会いに行った。


「黒髪の男だった?」

「私は金髪よ」

「……じゃあ別ね」

「でも、多分――同じよ」


 やっぱり――ユリカは、その男に会ってしまう。


 わかっている。

 おかしいのは、あの男だ。


 それでも。


「……来てくれたんだ」


 男は、嬉しそうに笑った。

 その顔に、嘘はない。


「ねえ」


 ユリカは、少しだけ距離を詰める。


「あなた、何をしてるの?」


 男は、少し考えるように目を細めて――

 それから、優しく言った。


「大丈夫だよ」


「俺、ちゃんとユリカにもらってるから」


「……え?」


 言葉の意味が、すぐには入ってこない。


 男は、くすりと笑う。


「甘いよね」

「最高だよ」


 その声音は、まるで恋人に向けるものみたいにやわらかい。


「ユリカ」


 名前を呼ばれて、胸が少しだけ揺れる。


「かわいいよ」


 指先が、頬に触れる。


 逃げるべきなのに。

 離れなきゃいけないのに。


「大丈夫」


 男は――迷いなく、言った。


「愛してるから」


 ――その言葉が。


 どうしてか、少しだけ“安心”に聞こえてしまった。


「……ねえ、ユリカ。次は、もっともらっていい?」


 男は、優しく笑った。


「ユリカのこと、大好きなんだ」


 その言い方は、まるで恋人みたいで。

 でも、どこかが――違う。


「ちゃんと全部、受け取るから」


 指先が、そっと触れる。


 逃げるべきなのに。

 離れなきゃいけないのに。


「……ねえ」


 少しだけ、声が低くなる。


「もっと、くれるでしょ?」


 そう言って、男は笑った。


「……これ、私――取られてる?」


 自分の声なのに、少し遠い。


 男は、何も答えない。


 ただ――


 満足そうに、笑っていた。

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