奪うはずだったのに、奪われている気がする
ユリカは、街で生きている。
恋愛も、遊びも、全部含めて。
男と会って、笑って、少しじらして。
そういう駆け引きは、嫌いじゃない。
むしろ――好きなほうだ。
今回も、いつも通りのはずだった。
適当に距離を詰めて、
いいところでキスをして、
少しだけ奪う。
それで終わる。
――そのはずだった。
「そろそろ、いいでしょ?」
ユリカは、軽く笑って男に近づく。
男も、嬉しそうに笑った。
「いいよ」
その声が、少しだけ甘い。
キスをする。
いつも通り。
何も変わらないはずの距離。
――なのに。
(……あれ?)
吸っている感覚が、ない。
いつもなら、確かにあるはずの“流れ”が。
何も、来ない。
それなのに。
男は、満足そうに目を細めた。
「最高だな」
(……何それ)
ユリカは、わずかに眉をひそめる。
もう一度、確かめるように触れる。
それでも。
――わからない。
吸っているのか。
吸えていないのか。
それとも――
「ねえ」
ユリカは、少しだけ低い声で聞いた。
「あなた、何者?」
男は笑う。
答えない。
ただ、楽しそうに。
体に異常はない。
でも、確実に何かが違う。
森にいる友達に聞いた。
「そんなの、聞いたことないわ」
「でも……噂なら、あるかも」
「不思議な種族がいるって」
「吸ってるのか、吸われてるのか分からなくなるって」
「気をつけなさいって、昔言われた気がする」
「ミアに」
ユリカは、ミアにも会いに行った。
「黒髪の男だった?」
「私は金髪よ」
「……じゃあ別ね」
「でも、多分――同じよ」
やっぱり――ユリカは、その男に会ってしまう。
わかっている。
おかしいのは、あの男だ。
それでも。
「……来てくれたんだ」
男は、嬉しそうに笑った。
その顔に、嘘はない。
「ねえ」
ユリカは、少しだけ距離を詰める。
「あなた、何をしてるの?」
男は、少し考えるように目を細めて――
それから、優しく言った。
「大丈夫だよ」
「俺、ちゃんとユリカにもらってるから」
「……え?」
言葉の意味が、すぐには入ってこない。
男は、くすりと笑う。
「甘いよね」
「最高だよ」
その声音は、まるで恋人に向けるものみたいにやわらかい。
「ユリカ」
名前を呼ばれて、胸が少しだけ揺れる。
「かわいいよ」
指先が、頬に触れる。
逃げるべきなのに。
離れなきゃいけないのに。
「大丈夫」
男は――迷いなく、言った。
「愛してるから」
――その言葉が。
どうしてか、少しだけ“安心”に聞こえてしまった。
「……ねえ、ユリカ。次は、もっともらっていい?」
男は、優しく笑った。
「ユリカのこと、大好きなんだ」
その言い方は、まるで恋人みたいで。
でも、どこかが――違う。
「ちゃんと全部、受け取るから」
指先が、そっと触れる。
逃げるべきなのに。
離れなきゃいけないのに。
「……ねえ」
少しだけ、声が低くなる。
「もっと、くれるでしょ?」
そう言って、男は笑った。
「……これ、私――取られてる?」
自分の声なのに、少し遠い。
男は、何も答えない。
ただ――
満足そうに、笑っていた。




