第9話「それでも、味方」
蒼馬と慧の信念と意地の殴り合いの後処理をした刀花たちは慧が起きるのを待っていた。
慧は起きて早々暴れ出し、やむを得ず刀花は慧をロープで縛り、刀を取り上げた。
話をしても暴言を吐き散らすだけの慧に刀花と鹿之介は会話を諦め、遠くでゲームをし始めた。
2人は蒼馬をゲームに誘うが、蒼馬は言う。
「いや俺はもう少しここにいます。」
慧はその蒼馬の行動と言動を気味悪がり、拒絶する。
「お前。向こうにいけ。」
「いや。俺は貴方と話がしたんです。」
「チッ…!なんのつもりだ…!」
「……話しましょう。だって貴方は俺の命の恩人ですから…!」
「命の恩人だと…?」
「はい。あの夜、俺は禍霊に家族を殺され、右目を失った。あの瞬間、家族と右の視界だけではなく"俺の当たり前"が消えました。」
――ゆっくりと語る蒼馬。途中で慧は文句を言うだろうと思ったが、慧は静かに聞いていた。
「家族を失って、右の視界も失った。
あの夜、俺の“当たり前”は消えました。
——でも。
貴方の苦無が刺さった瞬間だけ、俺は思えたんです。
『まだ、生きていい』って。
――その時、『人間としての在り方』を取り戻せた気がするんです。」
「お前…家族いないんだろ…?」
「…はい。」
「じゃあなんでお前はその『人間としての在り方』とやらを取り戻せた?
家族も友達も故郷も失い。禍霊まみれのこの地獄での
――お前の生きる意味はなんだ…?」
その時、慧の声が弱々しく震えた。先程の威勢の良い態度が嘘かのように。
「……教えてくれ……!守るものがない俺は……!この世界で……何を頼りに、生きればいい……!」
「俺は――」
――そうつぶやくと蒼馬の脳裏には走馬灯のようにこれまでの出来事が溢れ出した。
「お母さん!頑張って!」
「んんっ…!痛い…!」
「真由美…!」
16年前の深夜。医者と父親の健三が母の真由美の出産を見守っていた。
そして蒼馬の体が少しずつ。真由美からでてくる。
「えーん!」
大きな鳴き声を上げ、生まれてきたのがこの天城蒼馬という少年である。
「お母さん!生まれましたよ!」
医者がそう伝えると真由美はそっと蒼馬を抱きかかえた。
「生まれた…!生まれたわ…!」
健三も蒼馬に触れる。
「なんて可愛い子なんだ。これは俺たちの宝物だ!」
「そうね。一生大事に育てましょう!貴方!」
蒼馬はとても大切に育てられ、すくすくと育っていった。
蒼馬はヒーローものが好きだった。誰かを助ける側にあこがれていた。
「蒼馬が好きっていうから今までの話、全部見てきたぞ!さあ今週から一緒に見ような!」
「わーい!パパ大好き!」
「フフ。蒼馬。健三。朝ご飯できるてるわよ。」
「おっ、朝ご飯か!ママの料理は世界一だぁ!」
「もう貴方ったら!」
蒼馬は毎日が楽しかった。父親も母親もほかの家族もみんな大切だった。
――そんな蒼馬にある日、妹が生まれる。
名前は「雪」だ。
「生まれたわ…!2人目…!」
「おめでとう!真由美!」
その現場には幼い蒼馬も立ち会っていた。
「僕の妹だぁ〜!生まれてきてくれてありがとう!」
…だがこの妹が、この先、蒼馬の人生に深く影を落とす出来事に巻き込まれるとは、この時の蒼馬はまだ知らなかった。
ある日の休日、蒼馬と父親は家にいた。
母親と妹は、少しだけ外出していた。
「蒼馬!今日は銭湯でも行くか!」
「いきた〜い!」
そんな何気ない時間の中、父親の携帯が鳴った。
「……え?」
電話を取った父親の表情が、見る見るうちに強張っていく。
「蒼馬……すぐ支度しろ。」
「え?どうしたの、パパ?」
返事はなかった。
ただ強く、蒼馬の手を握りしめていた。
連れて行かれたのは、白くて、静かな建物だった。
父親は医師と話をし、その場で膝から崩れ落ちた。
蒼馬は、あとから全てを知らされた。
母親は助かった。
だが――妹は、戻ってこなかった。
理由は分からなかった。
ただ、「突然の出来事」だった。
「あの……妹は……雪は……?」
蒼馬がそう聞くと、父親は、必死に笑顔を作って答えた。
――「雪はな……遠いところに行ったんだ。」
「……そっか。」
その時は、それがどういう意味なのか、よく分からなかった。
でも今なら分かる。
あの日、自分は二度と取り戻せない存在を失ったのだと。
――それでも…その後、新しい出会いがあったのもまた事実だ。
「てかさ今度ディズニーいかね!?」
「いいじゃん!天城と俺とお前の3人で!」
「いいね!行こう!」
沢山の友達ができた。別れはきっと出会いのための過程なんだ。
別れから学ぶこともある。
だから別れを噛み締めて、新しい出会いを大切にしたい。
この時から蒼馬はそう考えていたんだ。
全てを語った蒼馬は慧をまっすぐ見た。
「確かに…貴方の言う通り。ここは地獄のような世界ですよ。認めます。
普通に過ごしていたのに家族も右目も失った。
避難所にいっても禍霊が侵入してくるし、ここに来てから毎日禍霊に怯えて夜も眠れません…。
――でも…!」
――蒼馬は拳を握りしめた。その目はどこまでも真っ直ぐだった。
「俺は…ここにきて…仲間に出会えましたよ。刀花さん、問馬さん、そして貴方…!
――慧さん…!」
自分の名前を呼ばれた慧は驚く。
(コイツ…俺はあんなに酷いことをしたのに…仲間だと思っているのか…!?)
慧はこれまでの行動を振り返る。
「弱いやつは引っ込んでろ。」
「貴様は知る必要はない。」
初対面の蒼馬に対し、慧は何度も冷たい言葉をかけた。
「やめてください!」
「貴様…また邪魔をするのか。」
しまいには体育館で殴り合い。慧は蒼馬に大怪我を負わせた。
でも…蒼馬は一度も慧を見捨てなかった。
「お前…なんで俺みたいなやつを仲間だと思う…?」
慧は思わず、そう聞いた。
「確かに。貴方は冷たいし、酷い人ですよ。見ててめっちゃむかつきます。
――でも優しいし、ひたむきなんですよ。」
蒼馬は優しく微笑みながら言う。
「優しい…?俺が…?」
「だって俺を助けてくれたじゃないですか。こんなに沢山の人を避難させてあげてるし。」
「いや…俺は…禍霊を沢山殺すためだ…!そのついでに助けただけ…!」
「……理由はどうでもいいです。助けた事実は、消えない。」
「………」
「それに手の皮が剥けるまでとても真面目に鍛錬をしていた。だから一般人に馬鹿にされて苛ついてしまったんです。
…まあ殴るのはやりすぎですけど。
あと殴り合いの時もわざわざ木刀を捨てましたよね?」
「それは…」
「きっと優しさから木刀という凶器をすてたんですよ。
…貴方はきっと優しい人なんです。
俺は決して、慧さんを見捨てません。
――俺は慧さんの味方ですよ。」
「!?」
その言葉を聞いて、黒瀬との日々を思い出す。
「慧。百花のこと…残念じゃったな…。」
百花が死んでから慧の目は死んでいた。
「俺にもう…守るものはないです…。
一秒でも早く、一体でも多く禍霊を殺さなければいけません。
俺は任務行くので…。」
「慧!」
その呼びかけに慧は振り返る。
「ワシは…お主がどんな間違いをしようと決して見捨てん。お主はワシの宝物じゃ。
――ワシはいつでも慧の味方じゃよ。」
慧の目が見開かれる。だがこの時の慧には大きくは響かなかった。
「…はい。」
小さくそう答えると慧はまた禍霊を狩り始めた。
「黒瀬さん…百花…。」
慧は何かから解放されたかのように泣き始めた。
「慧さん…。」
蒼馬は優しく慧の手を掴む。
「俺は信じてますから…。」
「ありがとう…蒼馬…俺…大切なことを思い出したよ…。」
「やっと俺の名前を呼んでくれましたね…。慧さん。」
そうだ。
――振り返れば慧は蒼馬の名前を一度も呼ばずに「お前」や「貴様」としか言っていなかった。
「蒼馬…俺は…。」
そして慧は蒼馬に自らの過去を話した。
「俺は家族を禍霊に奪われた。
そこを黒瀬という人に助けられ、我が子のように俺を大切にしてくれた…。
――黒瀬さんは俺の親のようなものだった。
それだけじゃない俺は恋人がいたんだ…。
――百花という命よりも大切な。
でも…禍霊に殺されて死んだ…。
それから俺は家族と恋人の仇をとるため…禍霊を狩ることばかりで…他の大切なものが全く見えてなかったよ…!」
「…慧さんも辛かったんですよね。何も知らずに偉そうにすみません。では俺はこれで…。」
蒼馬はその場を去る。
「蒼馬…!」
蒼馬は呼びかけられ、振り返る。
「これからは…仲間だ…!」
蒼馬は微笑み、振り返る。
その目には曇りは一切なく、快晴の青空のように澄み渡っていた。
――「これから"も"ですよ。」
蒼馬は一言、そういうと刀花たちの元へと向かったのだ。




