知らない場所
目を覚ますと、私はふかふかのベッドの上にいた。
試しにほっぺたをつねってみると、ここが夢でも天国でもないことがわかり、不安が胸に広がった。
「お目覚めかな、お嬢さん」
「っ……!」
まさか横に人がいるなんて思わず、変な行動を見られてしまった。
「驚かせてしまったね。森の中で眠っていたから連れてきたんだけど、迷惑じゃなかったかな」
「いえ……迷惑なんかじゃありません。こんなふかふかなベッドで寝かせていただいて、ありがとうございます」
「それならよかった。あそこは危険だから、入っちゃいけないよ。……そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はハルト・フィランド。君は?」
「わたしは、マリア……といいます」
名乗ると、ハルトと名乗った青年はじっと私を見つめて黙り込んだ。
名前しか言わなかったのが、不自然に思われたのかもしれない。
「そうか……一度、診察をさせてもらってもいいかな。医者を連れてくるから、そこで待っていて」
「は、はい」
怪我は特にないし、よく眠れたから体調も問題ないはずだ。危険な森にいたから、一応の検査だろう。
それにしても、ここは一体どこなんだろう。待っている間、窓から外の景色を見渡してみる。
窓の外を見た瞬間、私は理解した。
ここは王宮だ。写真で見た街並みと、外観の雰囲気がまさに一致している。
さっきの青年の姓はフィンラント……フィンラントといえば、首都の国王と同じ名前だ。
どうしよう。王宮のベッドで眠ってしまった。私なんて身分が違いすぎる。しかも森の中で寝ていたのだから、汚れているに違いない。
ベッドの汚れを気にしようとしたその時、ハルト様がお医者様と一緒に部屋へ戻ってきた。
「こんにちは、マリア様」
「こんにちは……」
挨拶をすると、医者はためらうことなく診察を始めた。一通り診察が終わると、医者はハルト様に小さな声でささやいて部屋を出ていった。
するとハルト様の顔色が急に曇る。どうやら何か問題があったらしい。
「あの……」
「マリア、君はしばらくうちで療養したほうがいい」
「そんなわけにはいきません。迷惑をかけるだけですから……。そんなに結果が悪かったんですか?」
「そういう訳ではないんだが、とても疲れているように見える」
「でも私は部外者ですし、これ以上お世話になるわけにはいきませんので、すぐに帰ります」
「あんなところで寝ていた君に帰る家があるとは思えないけど?」
「そ、それは……」
言葉に詰まった私を見て、ハルト様は小さく息を吐いた。
「責めているわけじゃない。ただ、無理をしてほしくないだけだ」
「ですが……」
俯くと、ふかふかのベッドに落ちる影が揺れた。王宮の一室にいる現実が、じわじわと胸を締めつける。
「帰る場所がないのなら、なおさらだ」
「で、でも……身分が……」
そう口にした瞬間、ハルト様は少し困ったように笑った。
「ここでは、そんなものは気にしなくていい。少なくとも、僕は対等でいたい」
「……ハルト様」
その声は、意外なほど優しかった。
「医者の話では、君の体に大きな異常はない。ただ、長い間、不安を抱えて生きてきたみたいだと言っていた」
「……」
なんだか落ち着かなくて、視線を逸らすと、ハルト様は窓の外へ目を向けた。
「森で眠り込むほど、追い詰められていたんじゃないか?」
そうなのかも、しれない。
ゆっくりと自分の気持ちを振り返ると、胸の奥にしまい込もうとした寂しさが溢れ出してくるのを感じた。
「しばらく休めばいい。城には空いている部屋もあるし、使用人たちも口が堅い」
「そんな……そこまでしていただく理由がありません」
するとハルト様は、私をまっすぐに見つめた。
「理由ならある」
「え……?」
「僕が、君を放っておけないと思ったんだ」
一瞬、時間が止まったように感じた。心臓が大きく跳ねて、耳まで熱くなる。
ハルト様は、とても優しい方なんだろう。
「……わかりました」
「本当かい?」
「ご迷惑にならないよう、できるだけ大人しくしています」
そう言うと、ハルト様はほっとしたように微笑んだ。
「今日のところは、ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます、ハルト様」
彼が部屋を出ていくと、静けさが戻った。
ベッドに再び寝転んで天井を見上げる。
まさか王宮で過ごすことになるなんて思いもしなかった。ただ、ずっと居られるわけじゃないから、この後のことを考えないとね。




