魂の架け橋
執筆にあたり生成AIを使用しています。
大手損害保険会社「大和損害保険」の商品開発部、坂本哲也(42歳)のデスクには、1枚の報告書が置かれていた。それは、ある交通事故の保険金支払いに関するものだった。
被害者は中東出身の技能実習生。過失割合は相手方にあったが、問題はそこではなかった。遺族が「火葬」を頑なに拒否したのだ。彼らの宗教において、火葬は最大の禁忌。遺体は土に還さなければならない。しかし、日本の火葬率は99.9%。土葬可能な墓地は極めて稀だ。
地元住民の反発も根強かった。
「土壌が汚染される」「なぜ日本の習慣に従えないのか」
そんな声が連日のように上がり、実際に――墓地でもない土地に無断で遺体が埋められるという事案まで発生していた。
この混乱に、一部の政党や政治団体が飛びついた。
「土葬反対だ! 嫌なら日本から出ていけ!」
「外国人を差別するな! 土葬を認めろ!」
街頭では、互いに相手を罵倒するデモがぶつかり合い、事態は対立構造へと急速に変質していった。
遺族の願いは同じだった。「土葬が許されないなら、せめて母国へ、そのままで帰したい」
だが、遺体を棺に納めたまま空輸する費用は、エンバーミング(防腐処置)、特別な亜鉛製の棺、航空運賃を含めると150万円から200万円近くにのぼる。それは、彼らが日本で稼いだ貯金をすべて吐き出しても足りない金額だった。
「結局、彼らは借金をして遺体を搬送したそうです……」
後輩からの報告を聞き、坂本は胸が詰まった。日本を支える労働力として彼らを招き入れておきながら、死後の尊厳を守る仕組みがこの国にはない。
「……作るしかないな。彼らが安心して日本で働けるための、最後の翼を」
坂本が企画書の1行目に書き込んだのは、『国際遺体搬送費用補償保険』――通称、「帰郷の翼」だった。
社内の反応は冷ややかだった。
「ニッチすぎる」「リスク計算ができない」「宗教的なトラブルに巻き込まれる」
役員会では否定的な言葉が飛び交った。しかし、坂本は食い下がった。
「日本の在留外国人は300万人を超えています。彼らの多くが、死後、母国の土に還ることを望んでいる。これはビジネスチャンスであると同時に、企業の社会的責任(CSR)です」
情熱に押され、条件付きでの開発許可が下りた。だが、本当の戦いはここからだった。
坂本はまず、航空会社へと足を運んだ。
「遺体搬送? 貨物扱いになりますね。ドライアイスの管理や、検疫の問題が……」 渋い顔の担当者を、坂本は何度も説得した。スムーズな搬送ルートを確保するため、世界各国の航空会社と協定を結ぶ必要があった。
次に立ちはだかったのは、「遺体処置」の壁だ。未火葬で搬送するには、高度なエンバーミング技術が不可欠だが、日本には施術できる業者が少ない。坂本は全国の葬祭業者を回り、IFSA(日本遺体衛生保存協会)のガイドラインに準拠できる業者と一つひとつ提携を結んでいった。
そして最も重要だったのが、外国人コミュニティとの対話だった。 坂本はモスクへ通い、キリスト教の教会を訪ね、ヒンドゥー教の指導者と膝を突き合わせた。
「保険? 死を金で買うのか」 最初は警戒された。だが、坂本はあの実習生の事例を話し、誠心誠意訴えた。
「あなた方の信仰を守りたい。家族に負担をかけず、魂を故郷へ帰すための切符を作りたいんです」
あるムスリムの長老が、坂本の手を握って言った。
「サカモトさん、あなたの目は真剣だ。我々も協力しよう」
航空会社、葬祭業者、宗教指導者、大使館。点と点が、坂本の足で線になり、やがて強固なネットワークという面になった。
構想から2年。ついに『国際遺体搬送保険』が発売された。
月々わずかな掛金で、万が一の際、遺体保存処置から航空機の手配、現地空港までの搬送費用をフルカバーする。さらに、24時間対応の多言語サポートデスクも設置した。
発売初月、契約数は予想を遥かに上回った。
技能実習生の受け入れ企業が、福利厚生として一括加入するケースが相次いだのだ。
「これで安心して暮らせる」「国にいる母も喜んでいる」 SNS上には、様々な言語で感謝の言葉が溢れた。
半年後、実際に第1号となる保険金支払いのケースが発生した。南米出身の労働者が急死した案件だった。
坂本が構築したルートは完璧に機能した。遺体は美しい状態で母国の空港に到着し、待ちわびた家族の元へ、土葬のために引き渡された。
そのニュースは業界を駆け巡った。
「大和損保が独走しているぞ」
競合他社は慌てふためき、次々と類似商品の開発に乗り出した。市場は一気に活性化し、在留外国人向けの保険は一つのスタンダードとなった。
年度末の全社表彰式。 スポットライトを浴びた坂本は、社長から金一封とトロフィーを受け取っていた。
「坂本君の粘り強さが、我が社に新たな市場と、社会的な信頼をもたらした」
会場からの万雷の拍手。同僚たちが「やったな!」と肩を叩く。
しかし、坂本の胸ポケットには、一通の手紙が入っていた。それは、先日遺体を搬送した南米の遺族から届いたものだった。
『あなたは、夫の体だけでなく、私たちの心の平和も守ってくれました。夫は今、故郷の丘で静かに眠っています。グラシアス(ありがとう)』
坂本は壇上で小さく微笑んだ。
他社が追随したことこそが、最大の成功だ。これで、日本に住むすべての外国人が、安心して故郷へ帰れる道が開かれたのだから。
「これは、僕一人の手柄ではありません。国境を越えたいと願う、すべての魂が作らせた商品です」
坂本の言葉は、静かに、しかし力強く会場に響き渡った。
(了)




