第8話.推定
あぁ、初めて死体を見たからか、テンションがおかしくなっていた。少し、気を引き締めよう。
階段を上るときは特に気を付ける。死角が多くなってしまう。
慎重に歩みを進めるが、ここら辺に人の気配は感じない。おそらく屋上からの射撃準備に集中して警察の侵入を抑止しているのだろう。
ところどころにある血痕なども発見する。こういった情報もいざというときには使えるのだ。
警戒をしているとはいえ人っ子一人いないとそれなりに早く辿り着く。
ドアを開けると足元には血の海が広がっていた。
血の入ったペットボトルをひっくり返した……いや、ペットボトルをひっくり返したとしてもここまで飛び散らずに血が一面に広がることはないのではないか。
わざわざここで血を落としていったとしか考えられない。人を殺して、あまつさえ死体を弄った、そんな残虐さを感じる。
とりあえず、爆弾を設置する。
寝室、リビング、物置。どこも今起きている緊急事態を感じさせないほど平和だ。
窓から格子越しに外を見る。先ほどまでは別の棟にも暴徒がいることが確認されたが、今は見当たらない。警察に制圧されたのか、この棟にだけ集中できるように人員をあつめたか。真偽はわからないが、少なくとも外からの危険性は減った。
心に余裕もできたので、窓の外、正しくは窓についた格子を見てから思いに耽る。
果たしてあの子供たちはこのことがなかったら解放されることはなかったのだろうか。彼ら、彼女らにとっては初めての外に出る機会になるかもしれない。強制的に外に出され、ほとんど自由は与えられないだろう。とはいえ、大切なものを知る機会にはなるのではないか。
それとも、このままここに残ることのほうが正しかったのだろうか。この格子だって自由を制限するためだけにあるわけじゃない。本来なら、外からも物理的に、もしくは精神的にも守る役割だったはずだ。
それでもこの牢獄から解放したのは、他でもなくただのエゴからだ。だから希望を託した。
失敗するつもりは毛頭ない。革命自体は成功する。しかし、革命が成功したとて先導者がいなければ国は崩壊する。彼ら、彼女らに実務は厳しいだろう。
でも、プロパガンダに利用することはできる。
旧体制時代に社会的弱者とされ虐げられた者の末路。この上なく簡単に民意を扇動できる材料となる。
……正直言ってプロパガンダは嫌いだ。自分だってプロパガンダに巻き込まれてこうなったのだ。自分にされて嫌なことは他人にしてはいけない。この教えを破ることにはなる。
でも、ここを逃せば後はない。ここが最大のチャンスである。仕方がないんだ。許してほしい。
あぁ、あともう一つ気付いたことがある。死体を情報としか見ていなかった気がする。
玄関にあった花瓶から花を取る。血の上に花を手向ける。
静かに、手を合わせる。




