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辞訣  作者: 白空


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第5話.幻想

 今現在近くに頼れる人がいないのは確かだ。この子供を一人外に出したってしょうがない。ばいばい、とだけ言ってほかに人がいないかを探し始める。


 廊下に出て、隣の部屋に入る。


 入った瞬間、理解した。先ほどまでいた部屋はおかしかったのだと。

 特に気にすべき物品もなく、居住空間として、綺麗にまとまっていた。まとまりすぎていた。

 おぞましいほどに合理的だった。あの部屋には非合理性が欠けている。


 玄関近くにあるハンコ入れについた意味のない置物。

 買ったっきりで使うはずのない健康器具。

 ちょっとした紙ごみなども生活感を感じさせてくれる。


 間取りは同じなはずなのに、モノだけでここまで変わるとは思わなかった。


 生きた心地がしてくる。先ほどの部屋と位置だけは同じドアを開ける。



 ――人が死んでいた。



 暴動が起きた、その時点である程度の覚悟はしていた。それでも動揺がないわけではない。

 少し、自分に幻想を抱きすぎていたようだ。自分が殺される覚悟はあれども、死を目の当たりにする覚悟はできていなかった。少し、気を引き締めなおそう。


 殺す覚悟も……ちゃんとできているのだろうか。


 周りを少し確認して部屋を出る。別に弔いに来たわけではない。一応の確認だ。遺体をどうこうする理由もないし、余裕もない。


 爆弾を設置して、寝室を出る。人が死んでいたからと言って特別なことはしない。それは爆弾の設置についても同じだ。慈悲などない。


 リビングにも爆弾を設置して、もう片方のドアをを開ける。ここは……どうやら子供部屋なようだ。


 系統が統一されていない玩具(おもちゃ)

 片づけようとしてはいるが、結局箱に入れただけになっている。


 先ほどのコンクリ打ちっぱなしの部屋とは違う。


 そしてベッドの布団があからさまに盛り上がっている。


 ……子供のかくれんぼだろうか。


 とりあえず銃のスライドを引いて弾を装填しておく。

 銃口は……外側に向けておく。


 相手がこちらを見ていたとしても見えない位置に銃を構えて、布団をめくる。


「──わぁ!みつかった!!……あれ、おかあさんじゃない?」


 ──お母さんって言った?


「ねぇねぇ、誰?なんでここにいるの?」


 否定するのはやめよう。これこそ幻想だ。今さっきの死体はこの子の親だと考えるのが妥当だ。


「あれぇ?おかあさんは?ちょっとここでまっててっていわれたぁ~」

「うん。そう。──じゃあ、お母さんに一緒に来てって言われてるからついてきてくれる?」

「うん、わかった!」


 この子はとっても素直だ。この様子なら隣の子も任せられるだろう。


「隣の家の子も頼まれてるから、そっちに行くよ。──じゃあ、スパイごっこでもしようか。大人に見つかったら負け、ってことでいい?」

「うん!じゃあ、スタートっていうね?よーい、スタート!」


 スパイごっこという体で静かに行動させる。


 先ほどの部屋との間には特に人はおらず、安全に移動できた。彼ら(暴徒)も目的を履き違えるほどバカではないらしい。屋上の占拠を脅かす勢力以外の排除はしないらしい。


「はい着いた。その子と一緒にお外に行ってもらうから──」

「おそと!やったぁ!──ねぇねぇ、おそとってしってる?」

「……?」


 ──意外だ。外に出たことがあるのだろうか?


「『きれいで、たのしくて、なによりじゆうがある』っておかあさんがいってた!はじめてなんだ、わくわくしてる!」

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