第12話.軌跡
三階の様子は今までとは違った。
廊下には血痕が至る所についている。死体はないが、本当にどこを見ても血が視界に入る。
それでも物音はほとんどしない。嵐の後の静けさという事なのだろうか。
ここまで荒れていると、部屋の中に入りたくなくなる。中がどうなっているのか、恐ろしくてしかたがない。
けれども、しっかりと爆破してきれいな瓦礫の山とならなければ意味がない、と考えている。この建物は「牢獄」という俗称に名前負けはしない程度には頑丈には作られているのだ。
一室でもある程度修復が可能な状態で残れば、見世物にされる。
血が残っているところから、残虐性を示したり、生活の悪さが分かる粗を探して末路を示したり。そういう切り抜きでの印象操作に利用されるのだろう。
あぁ、そういえばあの最初に入った部屋、記録としてテレビに流されていたっけか。
政府が行った更生の成功例として。綺麗な姿で夫婦一緒に写っていた記憶がある。おそらくあのころにはもうすでに子供もいたのだろうけれども。
でも、そんなテレビ用に作られた生活じゃない、本当の私生活が死後に晒される。この上なく気持ち悪い。
だからすべてを爆破して、記録としての価値をもなくしてやろうと。
──たとえ彼ら彼女らが望んでいないとしてもやり遂げる。これは慈善活動ではない。ただのエゴだ。
覚悟を決めて、一室目のドアを開ける。
見るも無残な姿になった人。引きずり回された跡。明らかに一人分ではない血しぶき。ぼこぼこになった壁。ついでに着弾痕もある。公共放送に流せるような状態ではない。
だが、それだけ抵抗した、という事だ。今までになく、生命を感じる。
近くに武器は落ちていない。もしも終わった後に武器を回収されていたとしても銃は持っていなかったことだろう。
たとえ包丁を持っていたとしても、銃の前では無力に等しい。丸腰とほとんど変わらないだろう。
その状態で戦う。それが、どれだけ怖かったことだろうか。この勇敢さは称えたい。
でも、この部屋がこのまま残ったら?今の社会情勢のまま残ったら?
間違いなくここの住民が暴力を振るったことだけを切り抜かれて、悪意のある報告のされ方をするだろう。
一方的に暴力を振るった。日常的な壁への損壊があった。
そんな報告が公正な立場の機関から提出されるのだろう。
考えただけで吐き気がする。
……これは被害妄想でしかないのかもしれない。自分の生きた証拠を消して、罪をなくしたいだけなのかもしれない。
正当性を作って、それをまた自分で壊して?なんだか自分が馬鹿みたいに思えてくる。
……だめだ、だんだん感情すらをもぐちゃぐちゃにされる。
──爆破するかどうかは、まだ決まり切ったことではない、か。起爆スイッチ代わりのスマホのメールを送らない限り実行されないのだ。
なら、まだ余裕はある。
ひとまず設置するだけ設置して部屋を出る。何が正しいのか、そのことに対する思考は絶えず続く。




