第10話.飛翔
次の部屋のドアを開けると風が吹き抜ける。窓を開けっぱなしのまま出ていったようだ。
紙がバラバラに落ちていたり、窓際に花が落ちていたり、ビニール袋が飛び回っていたり。いろいろとカオスだ。
春のほのかな温かみを感じる風だ。日もしっかりと出ていてとても良い日だ。玄関に置いてある花も生き生きしている。
別にすべての部屋に仕掛けなければならないわけではないが、丁寧に一部屋ずつ設置してゆく。この施設に恨みがあるか、そう聞かれると「ない」と答える。悪いのは社会なのである。
……本当なら、「死刑囚の最終処分所」として後世に負の遺産として残すべきかもしれない。もっと穏便に、犯罪者の権利を保障できたなら。
絶対に過去の過ちを繰り返さない抑止力となる。それほどまでに重要な施設の中の、一つの建物なのだ。
逆に言えば、この施設の犯罪者の収監能力の高さは人々に安心感を与えていたことだろう。今回、外部からの暴徒侵入があったとはいえ、まだ、内部からのみの脱獄はできていない。
社会の危険因子を貯めておける。不変。それだけで安心感が生まれる。
その安心感は単なるハリボテであると。安全を作っているのではないと。危険増幅装置なのだと。そう知らしめなければならない。
暴徒による占領から立て続けに起きる爆破。この上ない絶望を感じることだろう。
なびくカーテンの間から綺麗に見える空を見る。
日常的に見て見飽きてしまったと思っていた空。大きな行動をする前は必然的にきれいに見えるのだろうか。
──少し、空が見たくなった。
窓際に進んで、カーテンを開放する。
目の前には視界を遮るものもなく、きれいな空が見えた。
目の前には何も遮るものがなかった。
人々に安心感を与えていた、あるいは自由を制限していた鉄格子すらもない。
足元に落ちている紫色の花。品種はわからないが明らかに不自然だ。窓際には花瓶なんてない。
恐る恐る窓から下を覗く。鉄格子の上にある人影。
まて、ここは二階だ。ここから飛び降りたとて、せいぜい骨折が限度なのではないだろうか。例えば逃げるために格子を外して飛び降りた。そこで骨折して動けなくなった。その可能性だってある。
だって、この人にだって生きる理由が──
──いや、止そう。無駄な希望を持つのはやめよう。たとえここが二階だったとしても、今こうやって考えている間に一度も動かなかった。考えなくとも分かる。
最期に自由を感じられたのだろうか。その飛翔があの人にとって良かったものであると、そう願ったほうがいい。




