ナワシロの娘
縄代家の邸宅は、村の中でもひときわ大きかった。
白い壁に黒い瓦。門扉の横には『ナワシロ』と刻まれた石碑が建っている。
農機具メーカー『ナワシロ』は、曽祖父の代からこの村で事業を営んできた。
今や全国に販路を持つ優良企業だが、本社は今もこの村にある。
私――縄代ほたるは、その社長の一人娘だ。
夕食の後、私は自室で机に向かっていた。
来年は受験。
毎日欠かさず勉強するようにと父には言われている。
でも、今日は全然集中できなかった。
ソクラテスさんの話。
イッチさんの体に浮き上がった痣。
そして、8月31日に迫る最終決戦のこと。
教科書の文字が、全然頭に入ってこない。
「ホタル」
部屋のドアがノックされ、父の声がした。
「入るぞ」
「は、はい」
私は慌てて姿勢を正した。
ドアが開き、父が入ってくる。
スーツ姿のまま。まだ仕事から帰ってきたばかりのようだ。
父――縄代誠也。
結果を求め、効率を重視する人。
私はずっと、そんな父の期待に応えようと努力してきた。
「勉強は捗っているか?」
「はい。順調です」
「そうか」
父は私の机の上を一瞥し、それから私の顔を見た。
「……最近、友達と遊んでばかりだな」
心臓が、跳ね上がった。
「受験まで時間がないぞ。遊んでいる暇があるのか?」
「あ、あの……遊んでいるわけでは……」
「毎日のように出かけているだろう。母さんから聞いている」
父の目が、鋭く光った。
「お前には将来、この会社を継いでもらわなければならない。そのためには一流の大学を出て、経験を積む必要がある。今の時期に遊んでいる余裕はないはずだ」
「……はい」
私は俯いた。
言い返せない。
父の言っていることは、正しいのだから。
幼い頃から、私は帝王学を叩き込まれてきた。
礼儀作法。経営の基礎。会計の知識。
同年代の子たちが遊んでいる間も、私は勉強していた。
それが、ナワシロを継ぐ者の宿命だと思っていた。
でも、今は違う。
一緒に戦う仲間がいる。
この村を守るために、私にもできることがある。
それを、父に言えない。
言っても信じてもらえるわけがない。
「……お父様」
気がついたら、私は口を開いていた。
「私、友達と遊んでいるんじゃないんです」
「なに?」
「私は……魔物と戦っているんです」
沈黙が部屋を満たした。
父は眉をひそめ、無言で私を見つめている。
「本当なんです。この村に魔物が襲ってきていて……私たちは、それを退治しているんです」
「冗談にも程がある」
「冗談じゃありません!」
私は立ち上がった。
「商店街が壊れたこと、覚えていますよね? あれは魔物の仕業なんです。村祭の日には巨大なゴーレムが現れて……みんなが戦って、やっと倒したんです」
「……………」
「お父様には見えないかもしれません。大人には魔物が見えないんです。でも、私には見えるんです。だから、戦わなきゃいけないんです」
私は必死に訴えた。
信じてもらえなくてもいい。
でも、このまま本当のことを告げずに最終決戦を迎えたくなかった。
父は暫く黙っていた。
呆れているのか。
怒っているのか。
私には父の表情が読めなかった。
やがて、父は口を開いた。
「──まさか、本当だったとはな」
その声は震えていた。
「お父様……?」
「ついてこい」
父は踵を返し、部屋を出ていった。
私は呆然としながら、父の後を追った。
◆ ◆ ◆
父が向かったのは、敷地の奥にある蔵の前。
扉にはでかでかと縄代の家紋が描かれている。
この蔵は、私が物心ついた頃からずっと施錠されていた。
危ないから近づくなと言われていて、中を見たことは一度もない。
父が鍵を開け、重い扉を押し開ける。
埃っぽい匂いが漂う。
父が壁のスイッチを押すと、蔵の中に明かりが灯った。
「これは……」
蔵の中央に、人型の鉄の塊があった。
高さは2メートルほどで、巨大ロボと呼ぶには小さい。
丸っこい胴体。太い腕と脚。胸には縄代の家紋。
頭の部分には操縦席のようなものが見える。
喩えるなら……首のない力士のような形だ。
農機具のパーツを寄せ集めて作られたような、無骨な機械。
錆びついているが、定期的に手入れされているのが見てとれた。
「これは……俺の祖父が作ったものだ」
父が静かに言った。
「ひいおじい様が……?」
「そうだ。名を元也という。100年前、この村は魔物に襲われたらしい。元也は当時10歳で、その襲撃を経験した」
私は目を見開いた。
100年前の襲撃。
ソクラテスさんが経験した、あの戦いのことだ。
「元也は生き残った後、農機具メーカーを興した。農業の機械化を進めるためだと、表向きにはそう言っていた」
父は機械に近づき、その胴体に手を触れた。
「だが、本当の理由は別にあった。元也は、次の襲撃に備えていたんだ」
「これを……作っていたんですか?」
「ああ。農機具の技術を応用して、子ども専用の戦闘機械を作った。俗に言う『パワードスーツ』というやつだ」
父は振り返った。
「『ナワシロの子が、もし魔物と戦うと言い出したら、これを渡せ』──祖父の遺言だ」
「遺言……」
「正直、俺は信じていなかった」
父は苦笑した。
「魔物なんて、いるわけがないと思っていた。祖父は年を取って呆けていたんだろうと」
父の目が、真剣になった。
「だが、代々受け継がれてきたものを粗末にはできない。俺は……この機械の整備をずっと続けてきた」
私は父を見つめた。
厳しくて、冷たくて、仕事のことしか考えていないと思っていた。
でも、父は信じてもいない祖父の遺言を、ずっと守り続けていたのだ。
「ホタル」
父が、私の肩に手を置いた。
「お前が魔物と戦っているというのが本当なら……俺は止めない」
「え……」
「ナワシロの血を引く者として、この村を守る責任がある。祖父もそう思っていたはずだ。だから――」
父は機械を指さした。
「ホタル! これに乗れ!!」
私はもう一度、機械を見た。
丸っこい胴体。太い腕と脚。
これに乗り込んだら、どこからどう見てもメカ力士だ。
「祖父が魂を込めて作った傑作だ。きっとお前の力になる」
「いや……そのぅ……」
父の気持ちはうれしい。
曽祖父の想いも、ちゃんと受け止めたい。
でも、私は思わず口に出していた。
「や、やだぁー……! かわいくない……!!」
◆ ◆ ◆
翌日、私は防衛隊のみんなにパワードスーツのことを話した。
ナワシロの蔵に来てもらい、みんなにお披露目する。
小学生たちは大喜びで、目を輝かせながら「ロボだ」「すげぇ」と騒いでいる。
他のみんなも、だいたいそんな感じだった。
「100年前の技術でこれを作ったのか……。これは貴重な資料だな」
湯水准教授が興味深そうに機械を観察している。
「それで、ホタルはこれに乗りたくないの?」
瀬凪が聞いた。
「……乗りたくないです」
私は正直に答えた。
「だって、かわいくないんですもん……」
「いやいや、ホタル」
アリサが真剣な顔で言った。
「これ、すごい戦力になるよ! 絶対役に立つ!」
「そ、そうですかぁ……?」
「かわいくなくても、強けりゃいいじゃん。あたしだってガーディアン操縦してるけど、あれだって別にかわいくないよ?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
アリサの言ってることはわかる。
みんなの生死や世界の命運がかかっている時に、かわいいだのかわいくないだの、そんなことを言っている場合ではないことも重々承知している。
でも、このデザイン、もう少し何とかならなかったのかと思ってしまう。
きっと女子が乗ることになるなんて想像もしてなかったのだろう。
あるいは、100年前はヒーローといえば力士で、かっこいいつもりで作ったのかもしれない。
「最終決戦なんだよ? みんなを守るために、ホタルにしかできないことがあるんだよ」
アリサの言葉が胸に刺さる。
そうだ。私もずっとみんなの役に立ちたかった。
たとえメカ力士と呼ばれようとも、これで戦えるなら、それでいいじゃないか。
「……わかりました。私、乗ります」
みんなが歓声を上げた。
「よっしゃ! これで戦力大幅アップや!」
ローリーが拳を突き上げる。
「ホタル、かっこいい!」
瀬凪が微笑んだ。
私は改めてパワードスーツを見上げた。
丸っこくて、太くて、やっぱり全然かわいくない。
でも、これはひいおじい様が遺してくれた宝物だ。
私は深呼吸をして、操縦席に乗り込んだ。
「……意外と快適です」
「よかったやん! 見た目で判断するなっちゅうことやな!」
ローリーが笑った。
8月31日まで、あと数日。
私は、メカ力士の姿で最終決戦に臨むことになった。
……やっぱり、ちょっと恥ずかしい。




