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第7話「食材に忍び寄る影」

 元・温泉旅館での出来事から三日が経った。


「……?」

 ここ最近、朝だけに感じるようになった――妙な感覚がある。

 明確な霊の気配じゃない、なにかコソコソ動いているような……。


「気にしすぎかな……」

 タンスの裏にゴキブリが隠れていることを気にし出したら眠れないように、深く考えないようにした。

 

 蓮は朝の通学路で、いつものようにおばあさんの霊に挨拶をしていた。

 

「おはよう、おばあちゃん」

 

「おはよう……あら、浮かない顔ね」

 おばあさんの霊は心配そうに蓮を見つめた。

 

「何か嫌なことでもあったの?」

 

「実は……」

 蓮は三日前の出来事を話した。

 

 狂気に取り憑かれた料理人の霊、田口のこと。

 あの異様な雰囲気と、建物全体を揺るがすほどの怨念。

 

「それは……厄介ね」

 おばあさんの霊は深刻な表情になった。

 

「怨念の強い霊は、放っておくと周りに影響を与えることがあるの」

 

「影響って?」

 

「霊が抱えている感情が、現実世界に漏れ出すのよ」

 

 蓮の背筋が寒くなった。

 まさか、もう何かが起きているのだろうか。


 学校に着くと、結愛が険しい表情でスマホを見ていた。

 

「おはよう、結愛」

 

「あ、蓮!おはよう」

 結愛は振り返ったが、その顔は興味深々な表情だった。

 

「どうしたの?」

 

「実は、変なニュースが流れてるの」

 結愛はスマホの画面を蓮に見せた。

 

 地元のニュースサイトには、こんな見出しが並んでいた。

 

『商店街の食堂で謎の現象 食材がすべて消失』

『レストラン「ビストロ花」でも同様の被害 警察は調査中』

『飲食店経営者たちに困惑広がる』


 インタビューしている記者が被害者のオーナー会話も書いてあった。


『朝方、業者の方が食材を納品した時にはあったんですか?』


『えぇ。その後、少し目を離してトイレや朝食を作り終わるともう無いんです』


『防犯対策や、防犯カメラは?』


『これ一応、食在庫の鍵は必ず閉めていますし、納品前に全ての箱の中身を手間ですが確認もしていますが人の気配なんてなかったです』


『なるほど。……この食材の連続窃盗事件に続報がありましたら、引き続きお伝えします!』


 記事の内容はここで終わっていた。

 

「食材が消える?」

 蓮は眉をひそめながら記事を読み終えた。

 

 別の記事でも、朝に仕入れたばかりの食材が一瞬でなくなってしまうという。

 他の防犯対策として防犯カメラを設置した店舗のインタビューを見るけれど何も映っておらず、侵入の痕跡もない。

 まるで

 

「これって近所でしょ!その近くの霊に聞けば私たち活躍できるんじゃないかな?!」

 結愛はすごいなぁと感嘆とする一方で、朝のおばあさんの霊の会話を思い出した。

 

「田口さんの影響かもしれない」

 蓮は小声で呟いた。

 

 結愛の表情が真剣になる。

 

「まさか、あの霊が町に出てきてるの?」


「分からない……けど、無関係だとは思えない」


「山田先生に相談してみよ?」


 結愛と蓮は昼休みに先生の元へ向かった。

 

「先生、相談があるんです」

 蓮が切り出した。

 

「どうしたんですか?」

 山田先生は心配そうに聞いた。

 やりかけの資料を脇にずらして身体を二人に向ける。

 

 蓮は朝のニュースと、おばあさんの霊から聞いた話を説明した。

 

「なるほど……」

 山田先生は考え込んだ。

 

「怨念ですか……あの霊についてもう少し調べてみます」

 

「お願いします」

 結愛が不安そうに呟いた。

 

「でも、どうして食材を奪うんでしょうか?」

 蓮が疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「はっきりとしたことは分からないけど、もし田口さんの霊が原因なら。田口さんは料理人ですし料理がしたかったとか……ですかね」

 捻り出すようにして先生は話す。

 蓮が推測した。

 

「そうかもしれない!きっと、料理を作りたくて仕方ないんですよ!でも、材料がないから……取っちゃったとか!」

 楽観的な結愛の言葉にあながち間違いでは無いかと思った蓮。

 

「僕たちをお客さんだと思って料理を作ろうとした?」

 

「そうかもしれません」

 

 山田先生が立ち上がった。

 

「放課後、もう一度あの旅館に行ってみます」

 

「危険じゃないですか?」

 蓮が心配そうに言った。

 

「でも、このままでは町の飲食店が全部潰れてしまいます」

 山田先生は真剣な表情だった。

 

「誰かがやらなければ。――それに、私の霊感が少しでも事件解決に役に立つのなら教師としても人としても、鼻が高いですからね」


 危険なことは先生に任せようと、弱気になっていた蓮が隣の結愛を見ると「絶対についてく」という顔になっていた。


 これは……動画のネタにするつもりだな。


「結愛?」


「にひひっ、蓮も行こ!」


「わかったよ……」


 放課後、三人は再び廃墟の温泉旅館に向かった。

 

 建物に近づくにつれて、異様な臭いが漂ってきた。

 

「うっ……」

 結愛が鼻を押さえた。

 撮影用のスマホを持つ手がブレる。

 

「腐った魚の臭い?……大丈夫?結愛」


「ちょっときついかも」

 

 蓮の霊感がより強く反応していた。

 前回とは比較にならないほど、強烈な霊的エネルギーを感じる。

 

「かなり危険です」

 蓮が警告した。

 

「私が先頭を歩きます、本当に危ないと思ったら教えてください」


 先頭を歩く先生の足は小刻みに震えていた。

 先生にも少しながら霊感がある分、怖い存在がいるのが分かるのだろう。

 旅館の中に入ると、光景は一変していた。

 

 床には魚の血が飛び散り、壁には肉片がこびりついている。

 まるで狂気の料理人が暴れ回った後のようだった。

 

「ひどい……」

 結愛が息を呑んだ。

 

 奥の厨房から、包丁で何かを叩く音が聞こえてくる。

 

 三人は恐る恐る厨房に向かった。

 

 そこには、血まみれの調理台で狂ったように料理を作ろうとする田口の霊がいた。

 

『材料が……材料が足りない……』

 田口の霊が呟いている。

 

『なぜだ……なぜ美味しくならない……』

 

 霊は蓮たちに気づくと、凶暴な表情を向けた。

 

『わたしのぉ……邪魔をするなぁ……!』

 

「田口さん」

 蓮が勇気を出して話しかけた。

 

「町の人たちが困ってるんです」

 

『知らん!私はぁ……料理を作らなければならないぃぃ!』

 

 その時、結愛が突然声を上げた。


「料理を作るのに人に迷惑かけちゃダメだよ!!」


 『ぐっ……うるさい……うるさいぃ!!』

 

「じゃあ、料理対決で雌雄を決めましょう!」

 

 蓮と山田先生が驚いて結愛を見た。

 

「結愛?」

 

「たぶん、料理作りたいから取っちゃったんでしょ?」

 結愛は田口の霊を見据えた。

 

「本当に料理が上手いなら、勝負で証明してみてください!」

 

 田口の霊の表情が変わった。

 

『面白い……』

 霊がにやりと笑った。

 

『いいぃ!だろうぅ!わたしのぉ技術をぉぉ見せつけてやるぅ』

 

「でも、相手がいないと……」

 蓮が困った。

 

 その時、山田先生の体が突然震え始めた。

 

「先生?」

 結愛が心配そうに近づく。

 

 だが、山田先生が顔を上げた時、その表情は全く別人のものだった。

 

「その勝負、私が受けましょう」

 

 それは、最初に聞いたときの田口さんの優しい声だった。

 山田先生の体に田口の霊が憑依したのだ。

 

「せ、先生!」

 蓮が慌てた。

 

「大丈夫です。少々、お身体をお借りします」

 憑依された山田先生が答えた。

 

「私が、この勝負を受けます」

 

 蓮は混乱した。

 田口の霊が二人いるということか?

 

 いや、違う。

 憑依された山田先生の方は、どこか穏やかな表情をしている。


『クククっ!優しさだけが取り柄のお前に何ができるぅ!?』

 

「料理とは相手を想い、作るもの。憎悪に飲み込まれたあなたには負けるつもりはない」


 混乱している結愛と蓮に気付いた憑依された山田先生が簡単に説明する。

 

「あちらは……私の怨念と狂気だけが残った残滓です」

 

『黙れ!お前が偽物だ!』

 元の田口の霊が叫んだ。

 

『私こそが本物の田口料理長だ!』

 

「これ以上、問答をしても意味はないようですね」

 憑依された山田先生が冷静に言った。

 

「料理で決着をつけましょう」


 突然、厨房のドアが開いた。

 

「あなたはそのままで?」


 『フンッ!素人の身体よりぃ、このままの方がいいわ!』


「技術がすべてではないことを教えてあげますよ」


 両者の視線がバチバチと火花を散らす。

 結愛はカメラを構えて撮影モードに入っていた。

 蓮だけが、心配そうに見守るが……食材がないことに気づく。


「あの、まずは買い出ししませんか?」


「……そうですね」


『……そうだな』


 なんとも微妙な空気の中、蓮はこれからどうするか考えた。

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