第6話「狂気の料理人」
中華料理店の動画を公開してから一週間が経った。
蓮は朝の通学路で、いつものようにおばあさんの霊に挨拶をしていた。
「おはよう、おばあちゃん」
「おはよう。今日もいい顔してるわね」
おばあさんの霊は嬉しそうに微笑んだ。
「結愛ちゃんとの活動、うまくいってるのね」
「うん、まあ……」
蓮は頬を掻いた。
確かに、中華料理店の動画は予想以上の反響があった。
再生回数は8万回を突破し、チャンネル登録者数も800人に増えている。
「でも、人気が出すぎて少し大変なんです」
「どうして?」
「色んな人から相談が来るようになって……」
蓮は複雑な表情を見せた。
「それは良いことじゃない」
「そうなんですけど、僕にできることって限られてるから」
おばあさんは優しく微笑んだ。
「あなたができる範囲で、一歩ずつよ。無理をする必要はないのよ」
学校に着くと、結愛が既に教室で何かの紙を見ていた。
蓮の姿を見つけると、慌てたように手を振る。
「蓮、おはよう!」
「おはよう、結愛。何見てたの?」
「えーっと……」
結愛は困ったような表情を見せた。
「実は、昨日の夜に家のポストに入ってたの」
結愛は手紙を蓮に見せた。
便箋に丁寧な字で書かれている。
『YUAちゃんへ
中華料理店の動画を見ました。
とても素晴らしい企画でした。
実は私も小さな喫茶店を経営しているのですが
最近お客様が減って困っております。
もしよろしければ、私の店も紹介していただけませんでしょうか。
喫茶店「ブルーベリー」店主 田村より』
「手紙で来るんだ」
蓮は驚いた。
「うん。他にもメールで2件、YouTube のコメントでも3件くらい来てる」
結愛は苦笑いした。
「みんな『うちの店も紹介して』って」
「それって……」
「嬉しいんだけど、全部に応えられるかな?」
結愛は不安そうに言った。
「前回みたいに、うまくいくとは限らないし……」
昼休み、二人は屋上で相談していた。
「とりあえず、一軒ずつ見に行ってみる?」
蓮が提案した。
「うん、そうしよう」
結愛は頷いた。
「でも、霊がいなかったらどうしよう」
結愛が不安に思うのも無理もない。
そもそも店を繁盛させるきっかけが霊だったのは、たまたまだったと感じていた蓮。
「その時はその時で、何か別の方法を考えよう」
蓮は慰めるように言った。
実際のところ、蓮も不安だった。
放課後、二人は最初の依頼先である喫茶店「ブルーベリー」に向かった。
商店街の端にある小さな店だった。
「雰囲気は悪くないけど……」
結愛が店を見上げた。
確かに外観は清潔で、看板も可愛らしい。
でも客は全くいない。
「入ってみよう」
店内に入ると、50代くらいの女性が慌てて迎えてくれた。
「あ、YUAちゃん!本当に来てくれたのね!」
結愛のことを知っている人で、周りに彼女しかいないならば。
この人が田村さんだろう。
田村さんは興奮気味に近付いてきた。
「はい、お手紙ありがとうございました」
結愛は丁寧にお辞儀をした。
蓮は店内を見回した。
霊の気配は全く感じない。
内装も清潔で、コーヒーの香りも良い。
「どうして客が少ないんだろう」
蓮は疑問に思った。
田村さんと話をしているうちに、理由が見えてきた。
「実は、宣伝とかよく分からなくて……」
田村さんは恥ずかしそうに言った。
「看板も10年前のままだし、メニューも変えてないんです」
「SNSとかは?」
結愛が聞いた。
「SNS?」
田村さんは首をかしげた。
蓮と結愛は顔を見合わせた。
これは……単純に時代についていけていないだけな感じがする。
「とりあえず撮影させてもらいますね」
結愛は気を取り直して撮影を始めた。
でも、蓮には分かっていた。
この動画だけで劇的に変わることはないだろう。
その後、二軒目の八百屋、三軒目の古本屋を回った。
どの店も同じような状況だった。
霊はいない。
問題は経営する側の努力不足や時代の変化についていけていないこと。
動画で紹介しても、根本的な解決にはならないだろうと思った蓮。
「うーん……」
最後の古本屋を出た結愛が、困った表情で呟いた。
「なんか、私たちに相談されても困っちゃうよね。経営のプロでもないし」
「そうだね」
蓮も同感だった。
頬をぽりぽり掻く蓮。
「中華料理店は特別だったのかも」
結愛が愚痴る。
二人は歩きながら考え込んだ。
「でも、何とかしてあげたいよね」
結愛が言った。
「みんな一生懸命やってるのに……」
「そうだね」
蓮は頷いた。
こう言うところが結愛の魅力の1つだ。
「もし、料理の得意な霊とか、商売上手な霊がいればいいんだけど」
蓮なりに考えた末に突飛な発想を思いつく。
「そんな都合の良い霊、いるかな?」
「探してみる?」
蓮が提案した。
「えー、どこで?」
猫がストレッチするように身体を伸ばした結愛が聞いてくる。
「昔、商店街だった場所とか、市場があった場所とか……」
結愛の目が輝いた。
「なるほど!商売に縁のある場所なら、そういう霊がいるかも!」
翌日の放課後、二人は町の古い商店街跡を探索していた。
今は住宅地になっているが、30年ほど前まで賑やかな商店街があったという。
「う〜ん、何もいないね」
蓮は首を振った。
霊の気配は全く感じない。
「次は旧市場跡に行ってみよう」
旧市場跡も同様だった。
既に新しい建物が建っていて、昔の面影はない。
「やっぱり都合よくはいかないか……」
蓮が諦めかけた時、結愛が手を振った。
「あ、山田先生!」
振り返ると、担任の山田先生が歩いてきた。
いつもより少し緊張した表情をしている。
「田中くん、佐藤さん。こんなところで何を?」
「えーっと……」
結愛は答えに困った。
「ちょっと調べもので……」
蓮が誤魔化す。
「そうですか……」
山田先生は何か言いたそうな表情をしていた。
「あの……少し聞きたいことがあるのですが」
「はい?」
山田先生は周りを見回してから、小声で言った。
「中華料理店の件、君たちが解決したんだよね?」
蓮と結愛は驚いた。
「え?」
「動画を見ました。とても良い企画でしたね」
山田先生は微笑んだ。
「それに……あの霊が居なくなったことと、動画の件があれば。なんとなく想像がつきます」
蓮の心臓が跳ね上がった。
「せ、先生?」
「実は……」
山田先生は恥ずかしそうに俯いた。
「私も、少しだけ霊が見えるんです」
結愛の口がぽかんと開いた。
「え、ええええ?」
目を大きく開けて驚く結愛の声に、山田先生は慌てて人差し指を口に当てて静かにするようにジェスチャーした。
「昔からなんですが、人には言えなくて……」
山田先生は人見知りらしく、もじもじしながら話した。
「でも、田中くんが霊と話しているのを見て、同じような人がいるんだと思って」
「先生、僕が霊と話してるところを見てたんですか?」
蓮は慌てた。
「はい。たまたま見えたんです」
結愛は状況を整理しようとしていた。
「つまり、先生も霊感があるってことですか?」
「ええ。でも田中くんほど強くないと思いますよ」
山田先生は謙遜した。
「ぼんやりと姿が見える程度で、会話はできません」
蓮は安心した。
同じ能力を持つ人に出会えて心強い。
「それで、何か困ったことでもあるんですか?」
山田先生が心配そうに聞いた。
僕たちの誤魔化しはとっくに見破っていたらしい。
「実は……」
蓮は事情を説明した。
依頼が増えたこと、でも霊がいない店ばかりだったこと、商売上手な霊を探していること。
「なるほど……」
山田先生は考え込んだ。
「それでしたら、心当たりがあります」
「本当ですか?」
結愛が身を乗り出した。
「ええ。でも、ちょっと不気味なんですよね」
「不気味な場所?」
「廃墟になった温泉旅館があるんです。そこに、昔料理人だった霊がいると聞いたことが……試しに行ってみたら確かに居ました。それが料理人かどうかは分かりませんが」
手がかりすらなかったところへ出てきた新情報。
蓮は結愛をチラッと見て、言う。
「行ってみます」
蓮が即答した。
「結愛は先に帰っていて」
「やだ」
結愛も即答した。
仕方ない……いざとなれば逃げよう。
「私も一緒に行っていいですか?」
山田先生が遠慮がちに聞いた。
「もちろんです!」
蓮が元気よく答えた。
「先生も仲間ですね!」
結愛も答える。
三人は日程を合わせて温泉旅館へ向かった。
町の外れ、山の麓にある建物だ。
不気味なまでに廃墟。
草が壁を張っていて、天然のコーティングかと思うほどにうっそうとしていた。
「10年前に閉館したんです」
山田先生が説明した。
「こう言うのに興味があって調べたら廃墟になった原因は経営難みたいです。でも、昔は有名な料理人がいた旅館だったそうで人気があったそうですよ」
建物に近づくにつれて、蓮の霊感が反応した。
「います」
蓮が断言した。
「それも、かなり強い霊です」
肌は寒気を感じていない。
少なくとも、見つかったら即死ではないようで安心する。
旅館の玄関は開いていた。
中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。
「こんばんは……誰かいますかー?」
蓮が声をかけた。
奥の方から、ゆっくりと人影が現れた。
汚れのない白色のコックスーツを着た60代くらいの男性の霊だった。
長いコック帽も付けて清潔な身なりをしている。
ここが廃墟じゃなかったら美味しい料理を作ってくれそうな方だ。
『おや、珍しいお客さんですね』
霊が蓮に向かって話しかけてきた。
その声は、とても穏やかで親戚のおじいちゃんを連想させる優しい声だった。
「ちょっとお話が出来たらと思って来ました」
相手の目を見て話す。
『私の声が聞こえるのですか?』
料理人の霊は少々驚いた風に聞き返した。
答えを求めての質問じゃなかったのだろう。
「はい」
「あなたは料理人の方ですか?」
『ええ。この旅館で40年間、料理長を務めていました』
霊は誇らしげに答えた。
『私の名前は田口と申します』
「僕は田中蓮です。こちらは佐藤結愛さんと山田先生」
蓮は仲間を紹介した。
でも、何かがおかしかった。
霊が、途中で変わったのだ。
まるでノイズが走ったかのように元の綺麗なコックスーツは血や汚れが散見され、長いコック帽は所々穴が空いている。
最初は穏やかだったのに、だんだん暗い表情になっていき。
別人と思える様相に変わってしまった。
肌に寒さを感じる。
『料理……料理を作らなければ……』
霊が呟き始めた。
その声は、だんだんと歪になり元の優しい声が消えていた。
『お客様が……お客様が待っている……』
まるでゾンビの声とでも言うべきか、かろうじて聞こえる言葉には不気味な何かを感じる。
蓮は警戒と疑問を抱いた。
途中から肌寒く感じる霊がいるなんて思わなかった蓮。
『作れない……材料がない……どうして……どうして……』
霊の声が次第に大きくなっていく。
「蓮?」
結愛が心配そうに声をかけた。
僕は相手を刺激しないようにゆっくりと動く。
「どうしたの?霊さんはなんて言っているの?」
結愛がまた聞いてくるが、静かにするようジェスチャーをした。
『なぜだ……なぜ誰も食べてくれない……』
霊の表情が一変した。
穏やかだった顔が、怒りと絶望に歪んでいる。
肌寒く感じていた肌が、鳥肌が立つぐらい更に冷えた。
『40年間……40年間頑張ったのに……』
蓮は後ずさりした。
合わせて下がるようにみんなにジェスチャーする。
これは、ただの料理人の霊なんかじゃない。
何かに取り憑かれている、または強い怨念を抱いている。
想像以上に闇が深いものを背負っている。
「みんな、ここから離れよう」
蓮が小声で仲間に向かって言った。
「今すぐに」
みんながゆっくりと後ずさりするのを霊が見てしまった。
『待て……待てぇ……』
霊の声が響いた。
『私の料理を……私の料理を食べていけ……』
建物全体が不気味に軋み始めた。
「逃げろ!」
蓮の合図で一斉に来た道を全力で走り、逃げ出す。
後ろから、霊の叫び声が聞こえてくる。
人通りがある場所まで来たところ、三人は息を整えた。
後ろを振り返ったけれどここまで追ってくる気配はない。
「あの霊……普通じゃなかった」
蓮が震え声で言った。
「どういうこと?」
結愛が心配そうに聞いた。
「分からない。でも、何かがおかしい」
山田先生も青ざめていた。
何かしら霊から漂う悪意を感じたのだろう。
「あの霊……とても危険な感じがしました」
蓮はうなずき、考え込んだ。
今まで出会った霊とは明らかに違う。
中華料理店の霊や美冴さんとは、全く異質な存在だった。
「とりあえず、今日は帰りましょう」
山田先生が提案した。
「あの霊には近付かない方が良い、絶対に」
その言葉で、今日は解散することにした。
帰り道、蓮は不安でいっぱいだった。
あの霊の狂気じみた表情が、頭から離れない。
(身近に危険な霊がいるなんて……)
「疲れたし、寝よう」
平和だった町おこし活動に、新たな影が忍び寄っていた。
どす黒く……得体の知れない……何かが、ひた、ひた、ひた。
そのことに起きた蓮が早めに気付けたのは霊感が強くなったおかげだった。
ちょっとホラー感を強くしてみました(`・ω・´)キリッ
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