第4話「鏡池の真実」
石神神社での撮影から一週間が経った。
蓮は朝の通学路で、いつものようにおばあさんの霊に挨拶をしていた。
「おはよう、おばあちゃん」
「あら、おはよう。顔色が悪いわね?最近、よく眠れている?」
おばあさんの霊は心配そうに蓮を見つめた。
「うーん……」
蓮は正直に答えた。
確かに、ここ数日は夜中に目が覚めてよく眠れない。
霊感が強くなったせいで、家にいても微弱な霊の気配を感じてしまう。
妹のさくらに心配されないよう、平静を装うのも疲れた。
「でも、結愛が心配だから……頑張るよ」
次の撮影場所が鏡池を伝えると、おばあさんの表情が曇った。
「無理は禁物よ。特に次の霊スポットが鏡池なら……」
「鏡池のことを知ってるんですか?」
「ええ。あそこの水無月美冴さんは……複雑な方なの」
おばあさんは慎重に言葉を選んでいるようだった。
「水無月美冴……」
蓮は名前を繰り返した。
「20年前に身投げした大学生よ。とても真面目で、でも完璧主義すぎて……」
「どんな霊なんですか?」
「最初はとても優しいの。頑張っている人を見ると、自分のことのように応援してくれる」
おばあさんの声が少し悲しげになった。
「でも、その人が苦しんでいると……『楽になろう』って誘うのよ。自分と同じ道を歩ませようとして」
蓮の背筋が寒くなった。
「水を操る力も持っているの。池だけじゃなく、水道や雨、涙まで利用するわ」
「そんな危険な場所に結愛を……」
「あなたが一緒なら大丈夫。でも、一人にしてはダメよ」
おばあさんは真剣な表情で警告した。
それから水無月美冴さんの特徴を教えてもらった。
学校に着くと、結愛が興奮して駆け寄ってきた。
「蓮!すごいことになってるの!」
結愛はスマホの画面を蓮に向けた。
石神神社の動画の再生回数が3万再生を突破していた。
チャンネル登録者数も300人になっている。
「コメントもすごいの、見て見て!」
結愛は嬉しそうにコメント欄をスクロールした。
『マジで鳥肌立った』
『次はどこに行くの?』
『鏡池の動画も見たい!』
『本物のホラーみたい』
『ニュースの時のやつじゃん!』
「鏡池のリクエストか」
蓮は複雑な気持ちになった。
「みんな次の動画を楽しみにしてくれてる!」
蓮の心配をよそに、結愛の目がキラキラ輝いている。
「でも、お母さんが『危ないことはしないで』って心配してるの」
結愛の表情が少し曇った。
「動画のコメントで『本当に危険なら配信停止してください』って書いてくれた人もいて……」
「お母さんの言う通りだよ」
蓮は結愛を説得しようとした。
「でも!」
結愛は首を振った。
「もう少しで、お母さんを楽にしてあげられる。広告収入は微々たるものだけど、このまま増えれば……」
蓮は結愛の決意の固さを感じた。
彼女を止めることはできないだろう。
「分かった。でも、僕の指示には絶対に従って」
「ありがとう、蓮!」
結愛は嬉しそうに蓮の手を握った。
でも蓮は気づいていた。
結愛の目に、まだ疑問の影が残っていることを。
石神神社での出来事以来、結愛は蓮を見る目が変わった。
信頼はしてくれているが、何かを探るような視線も感じる。
数日後の放課後、二人は電車で鏡池の最寄り駅まで向かった。
車窓から見える風景が、だんだん山深くなっていく。
「緊張してきた」
結愛は膝の上に置いた撮影機材を見つめながら呟いた。
「今回の動画、今までで一番大事」
「どうして?」
蓮は結愛の横顔を見ながら聞いた。
「登録者300人突破したでしょ?それに再生回数も初めて1万を超えた。みんなの期待に応えたいの」
結愛の声に責任感が滲んでいた。
「コメントで『YUAちゃんの動画、友達にも勧めた』って書いてくれた人もいて……」
「それはすごいね」
「うん。でも、プレッシャーもある」
結愛は窓の外を見つめた。
「もし今回の動画がつまらなかったら、みんながっかりしちゃうかも」
蓮は結愛の不安を感じ取った。
彼女は表面上だけ明るく振る舞っているが、内心では相当なプレッシャーを感じている。
「結愛らしくやれば大丈夫だよ」
蓮は優しく言った。
「結愛らしく?」
「素直で、真っ直ぐで……怖いものには怖いって言える正直さ」
蓮の言葉に、結愛の表情が少し和らいだ。
「ありがとう、蓮」
でも、蓮の心の中では警告音が鳴り響いていた。
鏡池の水無月美冴は、頑張りすぎる人を標的にする。
今の結愛は、まさにその条件に当てはまってしまっている。
おばあさんの言葉を信じてはいるが、蓮の内心の不安までは拭いきれない。
「でも、もし危険だと思ったら、すぐに撮影をやめよう」
蓮は念を押した。
「特に鏡池は……」
蓮は言いかけて止めた。
美冴のことを詳しく話すわけにはいかない。
「特に?」
「特に危険な場所だから」
「また始まった」
結愛は苦笑いした。
「蓮って、心配性すぎない?」
「結愛が危なっかしいんだよ……」
つい本音が出てしまった疲れ顔の蓮。
「それに結愛、今すごくプレッシャー感じてるでしょ?」
蓮はシャキッと真剣な表情になって言う。
「え?」
結愛は驚いた。
「そういう時って、判断力が鈍るから……」
「大丈夫だよ」
結愛は首を振った。
「それに、もう視聴者さんにも『鏡池に行く』って約束しちゃったし」
「約束って?」
「コメントで返事したの。『次は絶対鏡池!』って」
結愛は申し訳なさそうに言った。
「もう後には引けないの」
「そんなことないよ」
逃げるが勝ちという言葉もある。
素直で真っ直ぐな性格を褒めても、どうしてこうまで猪突猛進というか……と、蓮は内心でぼやいていた。
「ある」
結愛は蓮の方を向いた。
「石神神社の時もそうだったよね。なんで危険って分かるの?」
蓮は答えに困った。
結愛の疑問は、だんだん核心に近づいている。
「勘だよ」
「またはぐらかす……」
結愛の目が探るような光を帯びた。
「蓮には何か見えてるんじゃない?普通の人には見えないものが」
蓮の心臓が跳ね上がった。
結愛の洞察力は鋭すぎる。
「そんなわけないよ」
蓮は必死に否定した。
「でも……」
「着いた」
蓮は話を遮るように立ち上がった。
結愛は不満そうな表情を見せたが、それ以上は追及しなかった。
言いたくない蓮と、聞きたい結愛との溝は埋まらない。
微妙な空気のまま二人は駅を出る。
駅から鏡池までは、山道を30分ほど歩く必要があった。
舗装されていない細い道を、二人で並んで歩いた。
「本当に人里離れた場所なんだね」
結愛は周りの森を見回しながら言った。
「昔はもっと人が来てたらしいよ」
蓮は知っている情報を教えた。
「キャンプ場もあったんだって。でも、例の事件があってから……」
「20年前の身投げ」
結愛の声が小さくなった。
「私も調べたの。大学生の女の子だったんでしょ?どうして死を選んだのかな」
蓮は答えに迷った。
おばあさんから聞いた美冴の話を、どこまで伝えていいのか分からない。
「分からない。でも、きっと一人で抱え込みすぎちゃったんじゃないかな」
「一人で……」
結愛が呟いた。
「私も時々考える。お母さんに心配かけたくなくて、YouTubeがうまくいかなくても平気な顔してるけど……」
「結愛……」
「本当は、すごく不安」
結愛は立ち止まって、空を見上げた。
「このまま再生数が伸びなかったら?コメントも来なくなったら?」
「そんな時は、僕がいるよ」
蓮は結愛の肩に手を置こうとした。
「一人じゃない」
結愛は蓮を見つめた。
その瞬間、二人の間に特別な空気が流れた。
「蓮……」
でも、蓮は自分の秘密を思い出して、手を戻し、視線を逸らした。
本当に結愛を支えられるのだろうか。
霊感のことを隠している限り、完全に信頼し合えるの?
蓮の中で、今も答えにたどり着かない問いが心に残る。
やがて鏡池に到着した。
周りは深い森に囲まれていて、昼間でも薄暗い。
静寂に包まれた湖面が、まるで鏡のように木々を映している。
「うわー、本当に雰囲気あるね」
結愛は少し緊張した声で言った。
蓮は池の周りを慎重に見回した。
霊の気配を強く感じる。
おばあさんの警告が頭をよぎった。
(頑張りすぎる人を標的にする……今の結愛は危険だ)
蓮はリュックから準備してきたアイテムを確認した。
塩、神社の水、お香、米、御守り。
でも、水を操る霊に対して、これらがどこまで効果があるか分からない。
(せめて池から離れた場所で撮影させよう)
「ここで本当に人が……」
結愛の声が小さくなった。
「結愛、僕の近くにいて」
蓮は結愛の腕を軽く掴んだ。
「絶対に池の近くに行かないで」
「分かってるよ」
結愛は蓮の心配を軽く受け流した。
「それでは、撮影開始!」
結愛はカメラを回し始めた。
「えーっと、皆さんこんにちは!YUAです!」
結愛の声が森に響いた。
「今日は視聴者の皆さんからリクエストをいただいた、鏡池に来ています!」
カメラが静かな湖面を映す。
「ここは20年前に……」
結愛が池の歴史を説明している時、蓮は水面の変化に気づいた。
わずかに波紋が広がっている。
風は吹いていないのに。
(この感じは……!)
蓮は警戒しながら、結愛の撮影を見守った。
「それでは、池のそばまで行ってみましょう」
結愛が池の縁に近づこうとした時、蓮は慌てて止めた。
「待って!」
「え?」
結愛は振り返った。
「近づきすぎるのは危険だよ」
「でも、撮影のために……」
結愛は困った表情を見せた。
「ここからじゃ、水面がよく映らないの」
「ここからでも十分映るから」
蓮は必死に説得した。
「お願い、結愛。今回は本当に危険な予感がするんだ」
でも、結愛は首を振った。
「蓮、ありがとう。でも……」
結愛は決意を込めて言った。
「300人のチャンネル登録者さんが期待してくれてるの。お母さんのためにも、ここで諦めるわけにはいかない」
結愛は蓮の手を振りほどいて、池の縁へ歩いていった。
「結愛!」
蓮が追いかけた時、もう遅かった。
急に水面が大きく波立った。
「あ、波が……」
結愛は驚いてカメラを水面に向けた。
蓮の警戒は的中していた。
もう始まっている。
その時、蓮には見えた。
水の中から、ゆっくりと女性の霊が浮上してくる。
長い黒髪に白いワンピース。
20代前半の美しい女性だった。
間違いない、おばあさんから聞いた特徴にそっくりだ。
あれは水無月美冴の霊だ。
美冴の霊は水面に立つと、優しい表情で結愛を見つめた。
『頑張っている子ね……』
蓮にだけ聞こえる声だった。
『私も昔、そうだった』
美冴の霊が手を上げると、池の水が柱のように立ち上がった。
幻想的な光景に、結愛は見とれている。
「すごい……なんて美しいの」
結愛の声に感動が滲んでいた。
美冴の霊は微笑みながら、水の柱で様々な形を作り始めた。
花、鳥、ハート……まるでアート作品のようだった。
「これ、全部録れてる?」
結愛は興奮していた。
でも蓮は、美冴の霊の真意に気づいていた。
これは結愛の関心を引くための罠だ。
優しい表情なのに目が笑っていない。
『この子は私に似ている』
美冴の霊が蓮の方を見た。
『頑張りすぎて、疲れ果てそうになっている』
蓮は身構えた。
美冴の霊の表情が、徐々に悲しげになってきている。
それなのに目が笑いだしている。
『でも、頑張っても報われない時がある』
美冴の霊の声に、怨念が混じり始めた。
『だったら、楽になった方がいいのよ』
その瞬間、池の水が一斉に結愛へ向かって伸びてきた。
水の触手のようなものが、結愛の足首を掴む。
「え?」
結愛が困惑した。
「足に……水が絡んで!?」
水の触手がより強く結愛を掴み、池の方に引っ張り始めた。
「きゃぁぁぁぁ!?蓮!助けて!」
結愛の声に恐怖が混じった。
蓮は慌ててリュックから塩を取り出して結愛へ近付きながら塩を振りまいた。
しかし、嫌がる素振りもない、効果が薄いと判断した蓮。
そうこうしているうちに徐々に引きずり込まれていく結愛。
美冴の霊は水を操る能力があまりにも強すぎた。
「離せ!」
蓮は米、御守り、持っているすべてを出鱈目に美冴の霊に向かって投げつけ、同時に叫んだ。
『この子のためよ』
美冴の霊は悲しい表情で答えた。
すべての持ち物を使っても効果がなかった。
焦る蓮。
『頑張りすぎる必要なんてない。私と一緒なら、もう苦しまなくて済むの』
結愛がどんどん池に引きずり込まれていく。
池の水が結愛の腰まで迫っていた。
「れぇぇぇん!助けてぇぇぇ!」
結愛は混乱していた。
必死に蓮を必要としている結愛の手を握って踏ん張るが、美冴の力は強い。
徐々に、ゆっくりと引きずり込まれていく。
「美冴さん!」
蓮は美冴の霊に向かって大声で呼びかけた。
「誰!?誰と話してるの!?」
蓮はもう隠している場合ではないと判断した。
結愛の命の方が大切だ。
「その子は違う!あなたとは違うんだ!」
『……何が違うというの?』
美冴の霊が蓮の方を向く。
「結愛は一人じゃない!」
蓮は必死に説得した。
「お母さんもいるし、僕もいる!みんなで支え合ってるんだ!」
『でも、苦しんでいるでしょう?』
美冴の霊の声が哀しげだった。
『頑張っても、現実は思うようにいかない』
「それでも」
蓮は叫んだ。
「それでも!僕が一生を賭けて結愛を助ける!そばにいる!」
先ほどよりも大きな声で蓮は叫ぶ。
結愛と蓮は池に引きずり込まれてしまった。
冷たい水が体を包む。
冷たい池の水の中で蓮は目を開け、ぼやける視界の中で結愛を見つめる。
蓮は結愛の手を掴んだ。
その手には、僕から離れるな!という強い意志があった。
必死に結愛を抱えて岸まで泳いだ。
二人が岸に上がった時、美冴の霊も水面から静かに現れた。
『あなたには……分からない』
美冴の霊が涙を流していた。
『一人で頑張り続ける苦しさが……』
「分かる」
蓮は息を切らしながら答えた。
「僕も一人で秘密を抱えてきた。でも、結愛がいてくれるから頑張れるんだ」
蓮は結愛の手をより強く握った。
「結愛にも、僕がいる。一人じゃないんだ」
美冴の霊の表情が、わずかに和らいだ。
『本当に……この子を守ってくれるの?』
「絶対に」
蓮は断言した。
美冴の霊は長い間、蓮を見つめていた。
そして、小さく微笑んだ。
『……分かったわ』
水の触手が結愛から離れた。
「はあ、はあ、はあ……」
二人は岸で激しく息をついていた。
「蓮……今の……」
結愛は震え声で聞いた。
「水の中で誰かと話してたよね?」
蓮は答えに困った。
もう隠し通すのは無理だ。
結愛との関係がこれ以上溝を深めたままだと、元に戻れなくなりそうで怖かった。
「結愛……」
「見えるの?」
結愛が直球で聞いてきた。
「霊が見えるの?」
蓮は長い間、結愛を見つめていた。
もう嘘をつく意味がない。
「……うん」
蓮は小さくうなずいた。
「見える」
結愛の目が大きく見開かれた。
「やっぱり……」
結愛の声が震えていた。
「ずっと気づいてた」
池の向こうで、美冴の霊が静かに池に沈んでいった。
今度は悲しげではなく、穏やかな表情で。
二人は無言で池から離れた。
重い沈黙が続いた。
山道を戻る間、結愛は何度も蓮を盗み見していた。
濡れた服がまだ乾いていなくて、二人とも少し震えている。
でも、結愛の震えは寒さだけではなかった。
結愛の頭の中で、今までの出来事が走馬灯のように蘇った。
旧校舎での「危険だ」という言葉。
石神神社での突然の帰宅提案。
そして今日の、池で誰かと話している姿。
全てに説明がつく。
蓮には、普通の人には見えないものが見えている。
「蓮」
結愛は勇気を出して声をかけた。
「何?」
蓮は振り返ったが、その表情には明らかに困惑があった。
「さっき、池で……」
結愛は言葉を選んだ。
「誰と話してたの?」
蓮は立ち止まった。
長い沈黙の後、小さな声で答えた。
「……水無月美冴さんだよ」
「見えなかった」
結愛も立ち止まった。
「でも、蓮には見えてたんだよね」
未だ半信半疑の結愛は、確かめるように蓮に聞く。
「本当に……そんなことってあるの?」
「子供の頃からなんだ、霊が見えるの」
「そう、なんだ。ずっと変だと思ってた」
結愛は座り込んだ。
「最初は確信が持てなかったけど、やっぱりそうなんだ」
結愛の声が途切れた。
蓮も結愛の隣に座った。
二人は山道の脇の石に並んで腰を下ろした。
「いつから疑ってたの?」
蓮は恐る恐る聞いた。
「石神神社の時かな」
結愛は震え声で答えた。
「蓮の『危険だ』っていうタイミングが、あまりにも……」
「……ごめん」
「隠してたから……気持ち悪いって思われるかもしれないし……」
結愛は長い間、黙っていた。
蓮は最悪の展開を覚悟した。
「……怖くないの?」
結愛がやっと口を開いた。
「霊を見るって」
「最初は怖かった。でも、慣れちゃって」
「私には見えない人と、蓮は話してたんだよね」
結愛はゆっくりと理解しようとしていた。
「今日、池で私を助けてくれたのも……」
「うん」
また長い沈黙が続いた。
結愛は自分の中で何かと戦っているようだった。
「ねえ、蓮」
結愛がやっと顔を上げた。
「私、実際に霊がいる場所に来て怖いって思った。でも……」
「でも?」
「蓮のことを気持ち悪いなんて思わない。今日だって蓮が私を守ってくれたでしょ?」
結愛の目に、わずかに安堵が見えた。
「それに……一生、私を……助けるって、そばにいるって……」
恥ずかしさに顔を赤くした結愛とは反対に蓮は寒さで震えていた。
「でも、普通じゃないよ」
蓮は自嘲気味に言った。
「普通って何?」
結愛は立ち上がった。
「私だって、普通の中学生じゃないもん。YouTuberやってるし……」
結愛は蓮に手を差し伸べた。
「今時、普通だよ……それくらい」
「でも、でも!普通じゃなくても……世界に1つだけの花みたいな、特別でも良いんじゃない?」
私の、という言葉までは言えなかった結愛。
恥ずかしさのあまり、別の言い方で蓮をフォローする。
「あと!そういうのってさ!人を助けるためのものなんじゃない?」
蓮は結愛の手を取って立ち上がった。
「結愛……」
「まだ怖いけど」
結愛は正直に言った。
「でも、蓮は蓮だから。これからも頼りにしてるからね!」
蓮の胸が温かくなった。
完全に受け入れてもらえたわけではないかもしれない。
でも、結愛は蓮を拒絶しなかった。
「これからも、守ってくれる?」
結愛は少し不安そうに聞いた。
蓮の胸が温かくなった。
今まで一人で抱えてきた秘密を、こんなに自然に受け入れてくれるなんて。
「うん」
蓮は力強くうなずいた。
「絶対に守る」
二人は歩き始めた。
でも、今度は沈黙が重くない。
むしろ、お互いをより深く理解できた安堵感があった。
「そうそう」
結愛は突然思い出したように言った。
「今日の動画、どうしよう」
「え?」
「最後の方、私が池に引きずり込まれそうになったところ、全部録画されちゃってる」
結愛はスマホを確認した。
「蓮が誰かと話してるのも録れてるかも」
蓮は青ざめた。
霊感のことがバレてしまう。
「大丈夫」
結愛は蓮の心配を察して微笑んだ。
「編集で調整する。蓮の秘密は私が守る」
「結愛……」
「その代わり」
結愛はいたずらっぽい笑顔を見せた。
「これからも一緒に霊スポット巡りしてくれる?」
「え……」
「今度は、二人の秘密として」
蓮は複雑な気持ちになった。
結愛は霊感のことを受け入れてくれた。
でも、それは同時に、より危険な場所への挑戦を意味する。
「でも、危険すぎる場所はダメだよ」
蓮は条件を出した。
「分かってる」
結愛はうなずいた。
「蓮が『危険』って言ったら、絶対に従う」
駅が見えてきた。
山を下りながら、結愛があの言葉を小声で反復していた。
「一生……にへへぇ~」
蓮は結愛がおかしくなったのかと不安になったが、聞きたいことを聞けたからだろうとあえてツッコミはしなかった。
蓮も、新しい信頼関係への期待があった。
その後、電車に乗った。
行きと同じくらいガラガラの電車は結愛との会話で賑やかだった。
今日のこと、動画の編集について二人は話し続けた。
「水が勝手に動くところは絶対に映す。でも、蓮の声は消音にして……」
蓮は結愛の横顔を見つめていた。
こんなに自然に秘密を受け入れてくれる人がいるなんて、思ってもみなかった。
もう一人で抱え込む必要がない。
結愛となら、きっと大丈夫だ。
でも同時に、蓮の心の奥で小さな不安がささやいていた。
これから先、もっと危険な霊に遭遇したら?
蓮の力だけで結愛を守り切れるだろうか?
窓の外に流れる夕焼けが、二人の新しい関係の始まりを照らしていた。
とりあえずここまで。
続きはランキングに入ったらメインに書いていきたいと思います。
入らなくても、細々と続けていこうかなと。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
良ければ、ぜひ!ブクマ!評価!応援コメントよろしくお願いします!!!
やる気が上がります!!!