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2話

 結婚。それはレミアにとって前世では全く縁のなかった言葉だった。

 男との結婚生活を想像し、背筋の凍る思いがした。

 どうしたら結婚というバッドエンドを避けられるのか。レミアは悩んでいた。


「ねえヴォルグ、レミアのお見合いのことなんだけど」

 夕食後、ソファーに浅く腰掛け刺繍をしながらエリーゼが問いかけた。

「まだやめておいた方がいいんじゃないかしら。あの子、お見合いの話が出てからずっと暗い顔をしてるわ」

「そんなことを言ってたら一生このままだろう。将来をどう考えているのかわからないが、もう歳が歳だ。嫌だというのはよく伝わってくるが、何がそこまで気にくわないのかわからないよ。あいつには貴族としての自覚が足りない」

 ヴォルグは眉間にしわを寄せ、煙管の煙をくゆらせた。

「きっと人が怖いのよ。ちょっと臆病なだけ。それによく知らない人と結婚だなんて不安に決まってるわ」

「貴族間の結婚はそういうものだろう。割り切ってもらわないと困る。お互いのことは結婚してから知っていけばいい。レミアをいつまでも甘やかす訳にはいかない」

「じゃあ私たちはどうなの?」

 エリーゼはヴォルグの手にそっと自らの手を重ね合わせる。

「惹かれ合って結ばれることだってあるわ。ねえヴォルグ」

「あ、ああ……まあ、それはそうだが」

「明日4人で出掛けましょうよ。たまには羽を伸ばす事も必要よ」

「構わないがレミアがうんと言うかどうか……我が娘ながら恥ずかしいが、本当に家から出るのを嫌がるんだ」

「私がお願いしてみるわ」

「その気持ちは嬉しいが、別にあいつにそこまで気を遣う必要はないよ」

「そうじゃなくてもっとあの子と話してみたいのよ。せっかく家族になったんだから」

「う、うむ……わかった」


 列車に揺られること1時間。レミアはげっそりしていた。景色を見て気を紛らわそうとするが、何度も現実に引き戻される。

「ほら姉さん、あの花綺麗だよ。あまり見慣れないけど、何ていうのかな」

「さあ……」

「疲れてない?」

「多少は」

「調子が悪くなったらすぐ言ってね。あ、髪が乱れてる。直すからじっとしてて」

「!!」

 ノアの手がレミアの髪に触れようとした時、突然レミアの目が見開いた。

「ギャボワアアアアア!!」

「え!? 何、どうしたの!?」

 突如発せられた姉の奇声にノアは戸惑った。直後、姉の小さな拳がノアの頬めがけて勢い良く飛んできた。しかし即座に拳をキャッチした。無理もない。レミアの身体能力は著しく低かった。

「落ち着いて姉さん。何か見えてるの?」

 ノアは姉を宥めようと背中を優しく摩った。

 そうしたらレミアはますます荒ぶり始めた。

 ひょっとしたら、彼女は悪魔に取り憑かれているのではないだろうか。

 幸いなことにこの車両にマクゼール家の他に乗客はなかった。

「父上母上、姉さんが……」

 両親の助けを求めたものの、父は母の膝枕で眠っていた。母も眠っていた。

 揺さぶってみたが起きそうにない。

「じゅ、熟睡……!?」

 家族水入らずで過ごしたい。

 そんな父の発案から、今日は従者を1人も連れていなかった。

 ノアは危機管理の甘さを危惧したが、彼は剣の腕が立ち武道にも優れている方なので何かあれば自分が家族を守るつもりでいた。

 レミアを見やると、焦点の合わない瞳を天井に彷徨わせながら泡を吹いていた。

「今日はちょっと暑いし脱水症状かも……喉が渇いていたのかな。とりあえず水を」

 水を飲ませようとするが、レミアはなかなか口を開けようとしない。

 強い意志で閉ざしているようだった。そんな具合なので、レミアの口に無理矢理水を突っ込む形になってしまったがなんとか飲んでくれたのでほっと胸を撫で下ろした。

 しかし水を飲み干したレミアは白目を向いて気絶していた。

「姉さん? 姉さん!!」

 いくら呼び掛けても返事はない。顔色はすっかり青ざめ、ノアの腕の中で項垂れている。

 そんな一行を乗せ、列車は目的地まで進んでいった。


「良かった、目が覚めたのね!」

 レミアの眼前には継母エリーゼの美しい相貌があった。

 強く抱きしめられ、柔らかな双丘に思い切り顔を突っ込む恰好になった。

 どういう状況だかわからないが、レミアは鼻の下を伸しながらその柔肉を満喫した。だがふと気付いてしまったのである。この乳は全て父のものなんだと。

「呼吸が荒いわ。熱はなかったのに」

「うっ……ひっく……」

  父が憎い。こんな巨乳美女を独り占めして。自分には何もなかった。金も女も何もなかった。

  転生したかと思えば男ですらなく地味な女だ。おまけに黙っていても女が寄ってくる勝ち組男と同居などあり得ない。法が許すのならぶっ殺したい。

「あらあら、泣かないで。大丈夫よ。すぐに良くなるわ」

  白く滑らかな手がレミアの頭を優しく撫でる。

  エリーゼがあまりにも優しいので勘違いしそうになるが、彼女は所詮エロ親父のものである。甘い夢を見てはいけない。人のものに焦がれること程虚しいことはない。

「す、すみません……大丈夫です……起きます」

  起き上がると、澄んだ湖が目に入った。辺りには青々とした草木や色とりどりの花が咲き誇っていた。

「姉さん、目が覚めたんだね」

「レミア!」

  ヴォルグとノアが駆け寄ってきた。

「大きな声出さないで。病み上がりなんだから」

  エリーゼにぎゅっと抱き締められ、レミアは興奮した。

「すまなかった」

  ヴォルグがレミアの手を握る。その表情はいつになく苦し気だった。

「えっ」

「お前がここまで見合いを嫌がると思わなかった。体調を悪化させるほどとは……本当にすまない」

「……」

  それももちろんあるが、体調はノアに絡まれたことが主な原因であった。

「お前がその気になるまで待とう。無理に事を進めても良くないからな」

「ヴォルグの言うとおりよ。ねえノア、あなたもそう思うでしょう?」

「うん。姉さんの気持ちが何より大事だから」

  その後皆で美味しくサンドイッチを頂き、森林浴をして帰宅した。

 レミアはエリーゼにベッタリで何やかんやでご機嫌になった。


  それ以降、結婚は急かされなくなった。レミアはその事にひどく安堵した。父も気を遣ってかあまり干渉してこない。気を遣うというよりもう諦めの境地に入っているのが正しい。

 エリーゼも優しく見守るといった具合だ。ノアは何かと気遣うように声を掛けてくるのでうざい。偽善者気取りなのだろう。

  とりあえずは落ち着いて一人の時間が持てるようになった。そこで考えることは家出についてである。 レミアはまだ諦めていなかった。

  この前のように、夜中にこそこそ出ていけば怪しまれる。かといって日中だと目立ってしまう。

  大切なのは念入りな準備だ。前回はあまりにも無計画だった。次こそは用意周到に、完全なる家出を遂げて見せる。 まず必要なのは余裕だ。余裕がなければ落ち着いて行動できない。そのために必要なのは心の充足である。本棚を眺める。あるのは堅苦しい小説、歴史書、聖書。

「ラノベと漫画……」

  この世界には圧倒的に萌えが足りなかった。自給自足では満足できない。となればやることは一つだ。

「開拓しよう」

 

  そんな訳でやって来たのは町外れの小さな書店である。何冊か手に取るが、いかんせん萌えない。小説は美青年と美女のロマンスもので溢れかえっていた。感情移入できるはずがない。ちなみに冴えない男と美女の話もあったが男が死んだり捨てられたり騙されたり美丈夫に寝取られるような悲恋しかなかった。結局のところ引き立て役か悪役しかないじゃないか。この世界の民はこの本のどこが面白いんだ。世界と嗜好が合わないことに、レミアは内心舌打ちした。

「お嬢さん、何かお探しで?」

  後ろから声がした。振り返ると大層地味な青年であった。ここの店員のようだ。まだ若いが前髪も後退気味だし、多分童貞だろう。勝手な親近感を抱いた。

  彼ならきっと自分の求めているものを理解してくれるだろうと思い、こんな話が読みたいと説明した。社会的地位が低く地味で見目もあまり良くない男が、美女にひたすら好かれ無双する。イケメンがざまあな目に遭う。そんな素敵な物語がないか。青年は困ったように頭を掻いた。

「ええと、随分変わった趣味だね。お嬢さんくらいの年頃だと皆さんこういったロマンス小説をさ、夢中になって読むんだけど」

  そういって青年が手にとって見せたのは、やはり夢見る娘が美形男と繰り広げる恋愛ものである。

「そういった話は全く興味がありません。全くときめかないので」

  レミアは普段どもりがちだが、同族認定した相手であれば流暢に話せるのだった。失礼極まりない。

「俺みたいな男が言うなら理解できるけど、お嬢さんがそんなものを読みたがるのは解せないな。まあ、どっちにしてもその手のものはあまりないんだよな。みんなお貴族様やお城なんかに憧れるモンだからさ。お嬢さんのその格好、いいところのお方だろう? 近くに王子様はいないのかい? というか、お嬢さんのような子がこんな薄汚い店に……」

 レミアはキッと青年を睨みつけた。

「悪い、喋りすぎたね。とにかくそんな話はないんだよなあ」

  青年は腕組みしてうーんと唸りながら悩んでいる。

「じゃあいいです。帰ります。お手数お掛けしました」

  肩を落とし店を出ていこうとするレミアを、青年が慌てて引き留めた。

「あっ、あのさお嬢さん。確かにここにお嬢さんの求める話はないんだけど、実はない訳じゃないんだ」

「矛盾していませんか」

「そうなんだけど、俺、物書きを目指してて。お嬢さんが探してるような物語をいくつか書いてるんだ」

「ほう……」

「それで、恥ずかしいけど、良ければ持ってくるよ。素人が書いたものだし差し出がましいかもしれないけど、なんなら色々指摘してもらえたら直すから。どうだろう」

  お手並み拝見と行こうじゃないか。上から目線でレミアは息巻いた。

  青年テッドと明日町外れのカフェで会う約束をし、レミアは店を後にした。


 

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