第15話 最初の出会い
<三人称視点>
「やめてください!」
学園の玄関前にて、少女の声が響いた。
少女は、貴族の大男に絡まれているようだ。
「おいおい、ここはクリスタリアだぞ。貧乏人が来るとこじゃないんだぜ?」
「そ、そんな縛りはないはずです!」
貴族の大男は、ニヘラっと笑いながら口にする。
たしかに、少女の姿はきれいとは言えない。
同じ支給の制服を身に付けているが、持ち物が貴族らしくなかった。
大男はそれを見てバカにしたようだ。
そんな事態に、シアンとレ二エも駆けつける。
(あー、やっぱり)
ただ、シアンは「なるほど」とうなずいた。
このイベントに覚えがあったのだ。
学園には、同年代全ての貴族が集まる。
他には、商人の子・地主の子など、金持ちの家系だ。
だが、ごく少数 “試験枠” が設けられている。
貴族や金持ちのような顔パスではなく、試験によってのみ合格を許された者だ。
つまり、地位としてはただの平民である。
「おい貧乏人、名前はなんて言うんだ?」
「貧乏人じゃないです! ワタシは『ティル』です!」
少女の名は──ティル。
原作メインヒロインの一人だ。
金色がかった白いセミロング。
腰に差した細剣。
制服のリボンの色から、シアン達と同じ新一年生である。
ティルに対して、シアンは目を細めた。
(メインヒロインか……)
シアンはきっての原作ファンだ。
もちろんティルへの愛着もある。
しかし、どちらかと言えば“警戒”をしていた。
(これは要注意だぞ!)
ティルは、見た目通り剣士だ。
順調にいけば主人公パーティの前衛を務め、とあるパートでは、最後にレニエを斬るシーンもある。
同じくメインヒロインだが、商人のエレノラとは違う。
ティルはちゃんとした戦闘員だ。
だからこそ、エレノラの時とは違って警戒心を抱いているのだ。
(破滅フラグ筆頭ちゃんだ!)
そんな思いから、変なあだ名まで付けていた。
ティルを直に見られて喜びを感じたのも束の間、すぐにレニエお守りモードへとモードチェンジした。
過保護の極み、シスコンの極みである。
だが、一応たずねてみることにする。
「どうする? レニエ」
「……別にどうもしないけど」
すると、レニエは一歩前に踏み出した。
「あいつだけは気に入らないわ」
「!」
そのまま野次馬を抜け、大男の前に出る。
「アンタ、どいてくれない?」
「ああん?」
「邪魔なんですけど、こんな玄関前で」
口調はいつものレニエだ。
だが、明らかにティルを庇うように立っている。
平民だからと、彼女が強く反抗できないことを考慮しているのだ。
それにはシアンも目を見開いた。
(レニエ……!)
レニエも長らく謂れのない非難を受けて来た。
だからこそ、不当な扱いを受けるティルに共感したのだろう。
気遣いができる子に育ち、シアンは心底嬉しかった。
だが、同時に思うところもある。
(ティルは将来の敵かもしれないぞおおお!)
レニエに「好きにしていい」と言った手前、彼女の勇気を止めることはできない。
ならばここは、少し見守るのが兄の役目だ。
しかし、内心ハラハラして仕方なかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
群衆から見守っているシアンが、なぜか一番激しく脈打っている。
それに気づいた周りの者は、思わず身を引く。
(((え、こわっ……)))
そのまま数人がすーっとシアンから離れた。
関わっちゃいけない人だと思ったようだ。
その間にもレニエと大男の言い合いは続く。
「なんだ、よく見たら“忌み子”じゃねえか」
「……っ!」
「小汚い者同士、かばい合って惨めだなあ」
「アンタねえ!」
だが、大男は言い過ぎてしまったのだ。
「おい」
「ああん? ──ッ!」
大男の後方から、ガッと肩に手が乗せられる。
「今なんつった?」
「ひ、ひぃっ!?」
乗せられたのは、シアンの手だ。
怒りが込められた手は、メリメリと大男の肩に食い込みそうになる。
少し見守ろうとしたシアンだが、限界はすぐに来たようだ。
妹の悪口は絶対許さないマンである。
「それだけは言っちゃいけねえぞ」
「ぐっ、離しやがれ!」
「無理」
「!?」
大男がシアンの手を払おうとするが、シアンは決して離さない。
払おうとすると力を入れられるため、大男は代わりに声を上げる。
「“忌み子”を守るってことは、てめえはシアン・フォードか!」
「そうだが?」
身分が分かると、優位に立った気になったようだ。
めっちゃ痛い肩を我慢しながら。
「俺に逆らって済むと思ってるのか! 俺はお前より上の子爵家だぞ!」
「ああ、だから殴りはしねえよ」
「あん? ──っ」
シアンがギロリと睨んだ瞬間、大男は目の焦点が合わなくなる。
闘気を頭へとぶつけ、一瞬で気絶したのだ。
大男はそのまま後ろへと倒れそうになる。
「おっと」
だが、シアンがさっと大男を支えた。
そのまま見えない速度でゴスっと腹を殴り、強制的に大男を起こす。
「ごふっ──え、あれ?」
そして、シアンは今度はニコっと笑顔を浮かばせた。
「よかった、冷静になってくれたんだな!」
「……ッ!!」
早すぎる一連の動作に、周りは何が起きたか理解していない。
だが、唯一分かっている大男には、その笑顔が恐ろしく見えた。
「く、くそっ! うわああああああっ!」
敵うわけがない。
そう直感した大男は、一目散に逃走した。
「「「……」」」
そんな光景に、周りはぽかーんとしてしまう。
しばし無言となる中、ティルが口を開いた。
「あ、あのっ!」
身を乗り出して、まずはレニエへ目を向ける。
「庇って下さり、ありがとうございました!」
「……! ベ、別に! ただアイツが邪魔だっただけよっ!」
だが、レニエはふいっと視線を逸らす。
お礼を言われ慣れていない、レニエらしい反応だ。
もちろん内心は嬉しがっている。
(ほっ、よかったわ)
それからティルは、シアンに視線を移した。
「お兄様もありがとうございました!」
「いや全然。でもお兄様って呼ばれる筋合いはない」
「……え?」
あくまで「お兄様」と呼んでいいのはレニエだけ。
まだ警戒心を抱いていることから、そんな意向を示しておく。
厄介なオタクぶりを発揮するシアンだが、ティルはまだ言いたいことがあったようだ。
「あの、もしよければ……」
「なんだ?」
そうして言い放たれたのは──
「ワタシの師匠になってくれませんか!」
耳を疑うような言葉だった。
「へ?」
「は?」
シアンと同時に、レニエも目を点にする。
だが、シアンはそういえばと思い至った。
(あ、やっべ!)
レニエを庇おうと冷静さを失っていた。
だが今思えば、このイベントの主役は自分ではない。
(これ、主人公とティルが出会うイベントじゃねーか!)
早速原作を改変してしまったのだ。
また、そんな状況を示すかのように、この様子を一人の少年が覗いていた。
「……すごいや」