第13話 モブ兄と悪役令嬢の妹
一つ屋根の下に、男女が二人。
義兄妹とはいえ、一緒にいて何もないはずがなく、男女の空気に──ならなかった。
「すー、すー」
消灯後、レニエが寝息を立てていたのだ。
そんな雰囲気は一切見せない。
対して、隣にお布団を敷くシアンは──
「……ッ! ……ッ!」
必死に胸を抑えていた。
(やばい! 心臓が破裂する……!)
毎秒爆発する勢いでバクバクとなる心臓を抑え、声を出さないよう歯を食いしばる。
この状況に、情緒がおかしくなりそうだった。
(推しが隣で寝てる! でも妹! だけど推し! うわあああああああ……!)
否、すでにおかしくなった情緒を戻すのに大変だった。
そんなシアンに、ふと声が聞こえてくる。
「──ねえ」
「……!」
「起きてる?」
レニエの声だ。
シアンは死ぬほど声を抑え、極力焦りが出ないよう答えた。
「ああ、起きてるぞ」
「……」
「ん、レニエ?」
「…………」
しかし、途端にレニエの返事がなくなる。
普通ならば意味が分からない場面だが、シアンは違う。
(あー、そういうことね)
レニエの意図を読み取った。
「そっか、これはレニエの寝言かあ」
「……!」
「じゃあ俺も独り言で答えるかあ」
「……ふふっ」
あくまで『レニエの寝言に独り言で答える』という体をとったのだ。
中々本心を言えないレニエへの、完璧な対応である。
逆に言えば、レニエはこうしてまで相談に乗ってほしかったとも言える。
かなり回りくどいが、シアンはこんな彼女も愛おしく思えた。
そうして、ようやくレニエが口を開く。
「私、不安なの。学園に行くのが」
「!」
この国では、貴族は全員学園へ行くことを義務付けられている。
原作でも“忌み子”と呼ばれるレニエが入学するのは、このためだ。
そもそも、レニエの周りの不幸は原因不明。
不吉ではあるが、証拠は不十分なのだから。
それでも、レニエは自責の念を感じていた。
「また周りを巻き込んでしまうかもって」
「……」
レニエだって、なりたくて歪んだ性格になったわけではない。
今までの環境がこうさせたのだ。
面と向かって悪口を言われないため。
これ以上、周りに被害が及ばないため。
それらを考えて、悪役令嬢のような毒舌が生まれた。
「少しは話せるようになった。でも、まだ人と関わるのが怖いの」
「……うん」
シアンを通して、エレノラとも話すようになった。
優しくしてくれる、リアとも話し始めた。
だが、あと一歩踏み出せていないことをレニエは自覚していた。
それには、シアンはが優しく答える。
「大丈夫」
「……!」
「レニエは何があっても俺が守る。そして、レニエが何も起こさないよう俺が見守る」
レニエはまだ人を信じ切れていない。
しかし、世界で唯一信頼できる人物がいる。
それがシアンだ。
愛が異常で、変人で、罵倒されても喜んでいる。
だが、レニエにとっては唯一無二の兄だ。
だからこそ、レニエはこくりとうなずいた。
「うん」
「ははっ」
珍しく素直なレニエに、シアンは思わず口にする。
「この甘えん坊め」
「……! ね、寝言だもんっ!」
「おっと、そうだった」
そして、シアンは最後に声をかけた。
「これからもレニエは好きなようにすればいい」
「……!」
「人と関わってもいい、関わらなくてもいい。勉強をしたり、魔法を学んだり、学園では今以上に好きなことをするんだ」
その言葉にはシアンの意思が込められている。
「阻む者はなにもない。俺が全て跳ねのけるからな」
「……ストーカーじゃん」
「ああ、俺は妹公認ストーカーだ!」
「公認してないんだけど」
レニエはいつものツンを発揮するが、その口ぶりは軽い。
心の底から安心しているかのようだった。
そうして、二人は再び目を閉じた。
「おやすみ、レニエ」
「……おやすみ、お兄ちゃん」
次の日から、レニエの顔は今までよりずっと明るくなっていたという──。
★
そして、二年後。
「ついにかあ」
晴れ渡る空の下、シアンが手で日差しを遮りながら、つぶやいた。
今日は、いよいよ出発の日。
王都にある学園へ旅立つ日だ。
フォード家の庭には馬車が止まっている。
また、メイド達もずらりと並んでいた。
そんな中でも、リアは一人のメイドと話している。
「屋敷は任せましたよ。また定期的に帰ってきますので」
「はい!」
メイド長の引き継ぎを行っているのだ。
リアはこれから、王都へ向かうためである。
シアンと、レニエの付き添いメイドとして。
それから、シアンが改めて屋敷を振り返り、ふと口にする。
「長いようで短かったな」
シアンにとっては、色々な意味が込められた屋敷だ。
生まれ育った場所でもあり、前世の記憶を思い出してから、感動した場所でもある。
そして何より、推しの妹レニエと出会った場所だ。
(あの夜から、レニエはちょくちょく屋敷にも来てくれたっけ)
一緒に寝た夜以来、レニエは少しずつ積極的になった。
結果、別館を出てくることもあったのだ。
最後まで「シアンに会いに来た」とは認めなかったが。
その証拠に、メイド達はレニエとも距離が縮まっている。
「「「レニエ様、お気を付けていってらっしゃいませ」」」
馬車に乗り込むレニエに、メイド達が一斉に頭を下げた。
今では、彼女に嫌な顔をする者はいない。
だが、当の本人の態度は──
「ふ、ふんっ! 別に挨拶なんていらないわよ!」
相変わらずツンツンしていた。
「「「ふふふっ」」」
「な、なによ、ニヤニヤしてー!」
それでも、みんな分かっている。
これは素直になれないだけで、本当は嬉しいのだと。
レニエの“ツンデレ”はしっかりと共通認識だった。
(ほほえましい光景だ)
シアンはまたふっと笑みを浮かべる。
また逆に、ここにはいない者も想像した。
(両親は結局来なかったか)
シアンが記憶を思い出してから、約五年。
数回は家に帰ってきた両親だが、最後までレニエとは会わなかった。
邪魔者とでも思っているのだろう。
(残念だけど、仕方ないか)
今のレニエを見てほしかった。
そんな気持ちは残るが、すぐに切り替える。
今から始まる学園が楽しみでならないのだ。
「ちょっとアンタ、早く行くわよ!」
「あ、ごめんごめん」
物思いにふけっていると、先に馬車に乗ったレニエに急かされる。
レニエも同じく、早く行きたくてウズウズしているみたいだ。
そうして、馬車に乗り込むシアンへ、メイド達が頭を下げる。
「「「いってらっしゃいませ、シアン様」」」
「はい! ありがとうございました」
これで屋敷とはしばらくお別れだ。
それでも、シアンの目標はずっと変わっていない。
(レニエが幸せになれますように)
前世からの推しであり、妹のレニエ。
彼女を幸せにするため、これからも全力を尽くす。
その思いを込め、シアンは改めて決意をした。
(これからが本番だ!)
ゲーム本編である、学園編。
レニエが多少変わったとは言え、何が起こるかは分からない。
だからこそ、今一度気を引き締めた。
「それじゃあ、出発!」
こうして、シアンとレニエは王都へ向けて旅立った。
原作では、モブ兄のシアンと、悪役令嬢のレニエ。
だが、シアンが前世を思い出し、推しのために努力をしたことで、すでにシナリオは変わり始めている。
二人が導くのは、ハッピーエンドか、バッドエンドか。
ついに本編である学園が始まる──。
モブの兄であることを思い出したシアンは、立派なお兄ちゃんに成長してますね!
その姿勢に、レニエも時折デレを見せます笑。
果たして、二人はどんな学園生活を送るのか!
お楽しみに!
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