第1話 推しとの初対面
新作です!
短編版の続きは第4話からです!
よろしくお願いします!
いよいよ推しとの対面だ。
この日をどれだけ待ち望んだことか。
この、推しが義妹になる日を。
「……!」
家の前に馬車が止まり、すらりと足が伸びてくる。
降りてきた美しい彼女に、俺は手を差し出した。
「は、はじめまして」
「……」
だけど、ぷいっと目をそらされる。
「────」
それから言い放たれたのは、なんとも俺に刺さる一言だった──。
★
「これって推しの服じゃね?」
飾られていた服を見つめて、俺はふとつぶやいた。
だけど、自分で言った言葉に自分で驚く。
「ん? ”オシ”ってなんだ?」
なぜか知らない単語を口走っていたんだ。
それと同時に、俺は忘れていたものを思い出すように前世の記憶を取り戻した。
「……!」
自動車、飛行機といった未知の乗り物。
高層ビルに、アスファルトが敷き詰められた道路。
今とは似ても似つかない世界の記憶だ。
そして、何より驚くべきなのが、この世界のこと。
ここは、前世で大好きだった『ブレイブテール』の世界じゃないか!
「まじかよ……」
ブレイブテール──通称『ブレテ』は、王道の学園RPGだ。
男主人公が中心となり、学園で起こる数々のイベントをこなしながら、ヒロインや友達と絆を紡いでハッピーエンドを目指す。
その多彩なシナリオ、個性的なキャラ達を以て、大人気のゲームだった。
そんな世界に転生していたなんて。
前世ではよく創作されていたジャンルだけど、まさか俺がそうなるとは。
「なんだか景色も違って見える気がする」
周りを見渡せば、剣や魔導書、貴族の飾り物がそこら中に置かれている。
ここは俺の家であり、一応貴族の屋敷だ。
男爵家と地位は高くないが、必要最低限の物は揃っている。
夢にまで見たブレテの世界観が広がる光景に、俺は感動すら覚えていた。
そんな中で、肝心な事を思い出してみる。
ブレテにおいて、俺の役割は──
「……モブだ」
何の変哲もない、ただのモブ貴族だった。
──シアン・フォード。
今年で十二歳になる、フォード家の嫡男だ。
原作では、可もなく不可もなく、ほどほどに生きている普通の貴族である。
立ち絵すら存在せず、本編には文字としてしか登場しない。
だけど俺は、そんなモブの名前を覚えていた。
彼には、一つだけ重要な事実があったからだ。
「俺って推しの兄じゃないか……!」
──レニエ・フォード。
いずれフォード家の養子となり、シアンと共に学院に通う少女だ。
年齢は同じだが、少しの差でレニエが義妹となる。
そんなレニエの立ち位置は、悪役令嬢だ。
主人公たちの前に何度も立ちはだかり、ことごとくシナリオの邪魔をしてくる。
一番長く生存した場合は、彼女がラスボスとなるんだ。
「でも、違うんだよなあ」
誰もが嫌いになりそうなレニエだけど、俺の“推し”だった。
その秘密は、クリア後に見られる情報にある。
レニエは、作中で唯一無二の【闇属性】を持っている。
この世界で【闇】は、不幸や弱体化の象徴と言われる。
それが起因してか、彼女の周りでは幼少期から次々に不幸が訪れるんだ。
家族は謎の死を遂げ、次に拾われた家族も不審死し……と続く。
そうする内に、彼女はいつしか“忌み子”と呼ばれるようになった。
“忌み子”に対しては、周囲の目はひどく冷たい。
蔑まれ、陰口を叩かれ、さらに噂に尾ひれがついていく。
そんな環境で、レニエが真っ直ぐに育つはずがなかった。
そうして、学院編が始まる頃には、悪役令嬢と評されるほど性格が歪んでしまっていたんだ。
「誰も手を差し伸べてくれなかったんだよな」
だったら殺せという話だが、その場合も周りに不幸が訪れる。
前世で言えば、旧神社を工事しようとすると事故が発生するのと同じだ。
結果、レニエは数々の家系をたらい回しにされる。
それで最後に行きつくのがフォード家ってわけだ。
上からの命令には従うしかない男爵家は、嫌々でも了承するしかない。
要するに、ゴミ箱扱いだな。
「時期的に、もう前の家族も亡くなっているか……」
レニエが義妹として家にやってくるのは、今から二年後。
本編である学園編は十五歳で始まり、ちょうどその一年前だったはずだからな。
だったら、今すぐにでも探しに行きたいところだけど、原作でもレニエの現在地は明記されていない。
「ここは我慢か……」
原作通りに進めば、レニエは確実にやってくる。
それに、下手な詮索をして何かある方が最悪の事態だ。
ならば、今の俺ができることは一つ。
「推しの破滅フラグを叩き折れるぐらい強くなってやる!」
レニエは、ルートによって様々な破滅フラグが存在する。
大体はラスボスとなる彼女だが、その前に彼女が死ぬルートも多くある。
だけど、それは俺が全て叩き折ってやる。
「なんたって、お兄ちゃんだからな」
そして、推しに伝えてあげたい。
世界は悪い事ばかりじゃないってことを。
良い事もたくさんあるんだぞってことを。
何より、俺は推しが幸せを掴む姿を見たい。
原作では見ることができなかった、彼女が笑っている姿を。
「よし、やるぞー!」
こうして、何の変哲もないモブだった俺は、この日から猛特訓を始めた──。
★
──そして、二年後。
ついにその日はやってきた。
「……っ」
ごくりと固唾を飲んで、俺は走ってくる馬車を見つめている。
そこに乗っているからだ。
夢にまで見た本物の“推し”が。
「……!」
近づいてきた馬車が、家の前でピタリと止まる。
同時に、俺の心臓がドキンと高鳴った。
この瞬間を緊張するなという方が無理だろう。
そうして、馬車からすらっと足を伸ばし、レニエは現れた。
「……あっ」
銀色のロングヘアには、所々紫がかっている部分がある。
作中でも、彼女だけの特徴的な髪色だ。
ギロリと鋭い眼光は、まるで人を寄せ付けそうにない。
お世辞にも綺麗な服装とは言えない。
でもそこには、確かに夢にまで見た推しの姿があった。
「「「……」」」
案内の者は嫌そうな顔をしている。
少しでも近づきたくないといった雰囲気だ。
隣に立つ両親も同じくである。
けど、そんなのは関係ない。
俺は「おい!」という両親の声を振り切って、一人で前に出た。
そのまま、レニエへすっと手を差し伸ばす。
「は、はじめまして。今日から兄となるシアンだよ」
「……」
返事はない。
周囲を凍らせるような冷たい視線は、チラリと僕を覗いて逸らされる。
でも、これは思っていた通りの反応だ。
これこそが“推し”レニエなんだよなあ。
「レニエって呼んでも、いい?」
「……」
ただ、計算外があったとすれば二つ。
一つは、この時点でレニエの毒舌がかなり進行していたこと。
「──キモ」
「……っ!」
もう一つは、悪役令嬢を推していた俺は、自分でも知らぬ間に目覚めていたことだ。
「よ、よろしくね……フフ」
推しの罵倒、染みるぅっ!
安心してください、デレます。