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6 King Strides Politely

(00オーバーカム進行中)

(『メルレンジェ』起動。エラー。起動中止)

(『メルレンジェ』起動。起動成功)

 俺は意識を取り戻した。

 最初に考えたのは『ハウンド』との決闘のことだ。俺は敗れて、意識を失っていたのか?

 違った。

 空は明るかった。

 だが、時刻は分からない。メルのインプラント抜きではそんなことすら知ることはできなかった。

 『ハウンド』の残骸は俺の前方でまだ煙を上げていた。周りをマイトー社の技術者やロボットが取り巻いている。

 少しずつ状況は飲み込め始めた。00オーバーカムは俺に多大な影響を与えた。

 『メルレンジェ』の中に俺の人格は取り残された。だが、『メルレンジェ』は俺を見捨てなかったらしい。『メルレンジェ』はナノボットをフル稼働して、コアの疑似ニューロンを再結線して新たなスペースを作ると、俺の人格をそこにおさめた。

 最初の驚きが去ると、俺は『メルレンジェ』に感謝した。とはいえ、不安は去るはずがない。

 『メルレンジェ』の努力も一時しのぎにしかならないようだ。このままこの状況で過ごすわけにはいかなかった。

 すでに俺は理解し始めていた。人間はGPAS抜きでは何もできない。だが、同時にGPASも人間を求めている。

 GPASにとって人間とは何なのだ?

 それは分からない。

 いま、GPASと人間の中間に立った俺にも、分からなかった。

 俺は立ち上がると、ゆっくり歩き出した。早朝、わずかにつもった雪がばらばらと落下する。『ハウンド』戦で負った装甲のダメージはすでに癒えていた。記憶は欠落しているが、俺たちの勝利は完璧だったのだろう。

 いくつかの、目に見えない力が俺を引っ張るのを感じた。

 まずはメルだった。俺のかつての肉体が俺を引き寄せる。

 マイトー社戦場病院の壁を腕の一振りで砕くと、メルの体を用心して掌にのせた。

 メルの生気のない目は、今でも『メルレンジェ』を認識しているのだろうか?

 俺はメルの体を優しくコクピットにおさめると、胸甲を閉じた。

 すでにマイトー社採掘場は大騒ぎになっている。メルのインプラント経由でネットを覗いてみると、奴らはAA社工作員が『メルレンジェ』を乗っ取ったと思っていた。そして、早くも『リパ8』を先頭に、大勢の武器を構えたGPASが俺を囲んでいる。

 どうやって説得すればいいのやら。だめだ。すでに俺は奴らとは違う存在だ。

 呼ばれているのを感じる。

 俺はマイトー社のGPASに興味を失った。

 新たな力が俺を引っ張っていた。行かねばならない。

 俺は背中のスラスターを全力で吹かした。一瞬で包囲を突破する。そして、マイトー社採掘場を脱した。

 ついて来れる奴はいない。パイロットのフィードバックの問題で、GPASにこんなスピードを出すことはできない。だが、俺にはもうそんな制約もなかった。

 俺は引っ張られている。

 人類の知るいかなる通信媒体とも違う。人類が進化の途中で忘れてしまった信号。

 王者が俺を呼んでいる。



 五百キロもマイトー社の勢力圏から離れた頃だ。俺は生体反応を捉えた。

 生体反応はたちまち膨れ上がり、高エネルギー源と化した。

 どこまでも地表を埋める瓦礫の山の一つに、GPASが立っている。

 俺は逆噴射をかけて止まる。土塊が盛大に宙を舞った。彼の三百メートルほど前に立った。

「呼びかけを感謝する」

 見紛うことのない、その姿。

「『マキシマス』」

 俺の声は落ち着いていた。自前の声帯を使っていたら、こうはならないだろう。

「『メルレンジェ』、会えて嬉しい」

 その外見に似合った低い声だ。『ビブリオテーク』を起動すれば、声から何か分かったかもしれないが、00オーバーカム以降、メルのアクセス権は死人と同等にまで下がってしまった。

「俺を知っているのか?」

「企業はGPASを見張っている。そして私は企業を見張っている。おまえのマキシマス追いっぷりは注目に値した」

「光栄だね」

 『マキシマス』は伝説通り、黒いトルーパー型。武器は背中のソリッドの太刀だけで、ライフルは見えない。

「あんたを倒すぜ、『マキシマス』。あんたを倒す時、俺は完成する」

 『マキシマス』は笑った。

 彼は殺気なんてものを放っていない。王者はそんなもので、他を威嚇する必要はないのだ。

「シンプルだな、『メルレンジェ』。美しいほどにシンプルだ」

「行くぜ、王者」

「王者……か。自分では案内人と考えているのだがな。だが、王者も悪い響きではない」

 俺はゆっくり身構えた。

「一つ教えてくれ、『メルレンジェ』。どっちの世界を本物だと思っている? 人間の目を通して見た世界か? それともGPASの視覚器を通して見た世界か?」

 俺はうおっと叫んで突進した。

 『マキシマス』が両手をこっちに向け、指が煙を噴いた。マイクロミサイルだ。弾丸搭載量がミサイルマン型よりも少ない、トルーパー型用の小型誘導弾。

 俺は脚部スラスターを全力で吹かしたまま上半身を地面に触れるほどかがめた。俺の上を十発のミサイルが通過する。

 追尾してくるルートを予想して、その進路上に攪乱グレネードを放ると、俺は『マキシマス』に集中した。

 三百メートルの距離が百メートルになり、そしてゼロになった。俺の剣は巧みな防御に弾かれた。俺はさらに攻撃を連続する。

 こっちはもうパイロットの負担を気にしないでいいんだ。あんたを倒せりゃ、こっちは何もいらない。あんたにこの真似はできるか、『マキシマス』!?

 『マキシマス』は見ていてほれぼれするほどの太刀捌きで俺の攻撃を退ける。俺は一歩後退すると、左手でライフルを構えた。『マキシマス』はやすやすと射線から体を外した。

 もう一度二本の剣がぶつかり合い、衝撃波が雪煙を吹き払った。

 俺は脚部スラスターにスペック限界以上のエネルギーを注いで、瞬発機動を開始。円周を描いて、『マキシマス』の背後に回る。

 奴が振り返るより俺の方が速い。

 だが、『マキシマス』は振り返らなかった。奴も同時に脚部スラスターを吹かした。さすがだ。

 二人の巨人は互いに敵の背後をとろうと、ぐるぐる回り合った。

 俺は出し抜けにスラスターを逆噴射。経験したことのない逆Gに『メルレンジェ』の巨体が軋む。メルの被害なんか知ったことか。

 直後、すれ違いざまに『マキシマス』の胴を斬り払ってやる。

 手応えはなかった。『マキシマス』はジャンプで俺の剣をかわしていた。

 衝撃が『メルレンジェ』を揺さぶる。『マキシマス』のジャンプ直後の蹴りがこっちの背中のスラスターに食い込んだ。

 『メルレンジェ』は地面をがりがり削りながら止まろうとする。

 何かが次々と俺の背中にめり込み、そして爆発した。

 『マキシマス』が最初に撃ったマイクロミサイルだった。俺は思わず膝をつく。攪乱にも関わらず、『マキシマス』はミサイルを誘導したというのか? ミサイルマンでもないというのに、そんな芸当が?

 いや、『マキシマス』はミサイルの誘導なんてやっていない。単にミサイルの通過地点に俺を誘導したんだ。

 なんて奴だ。

 眼前に立った『マキシマス』が俺の胴に拳をめり込ませた。

 無駄だ。

 こっちにはマイトー社ご自慢のナノウェア鏡面処理の胸甲がーー胸甲は粉々になった。

 光り輝く破片が瓦礫の上にまき散らされた。

「……馬鹿な」

「硬い鎧だ。だが、しかるべき場所に的確な打撃を与えれば、世の中には壊せないものなどない」

 絶好のチャンスにも関わらず、『マキシマス』は泰然と立ったまま攻撃してこない。王者の余裕か。

「立て、『メルレンジェ』。おまえはまだ何も感じていないだろう?」

「ああ、何も感じていないな!」

 すごいダメージだ。そして、『マキシマス』のスキルの前にはマイトー社の最新オプションも存在感がかすむ。

 俺をぞくぞくした震えが走り、『メルレンジェ』は小刻みに身を震わせた。『マキシマス』はその動きさえ、なにか意味ある作戦の一部と考えるかもしれない。

 俺はゆっくり立ち上がった。

 どっちの世界が本物だって?

 俺が産まれたのは常に寒くて、食べるものもろくになかった死の世界。そして、俺はその中で生き、その中で死んでいったことだろう。

 だが、『マキシマス』という存在が俺の人生に降臨した。

 そして、世界はそれを倒すために、俺に『メルレンジェ』を与えた。

 どっちの世界が本物だ?

 知るか。

 唯一分かるのは、俺の世界はこいつを倒したときに完成する。こいつを倒して、ようやく意味を持つ。

(『能率的チャティー・レディー』機能停止)

(『ビブリオテーク』機能停止)

(『肩の荷』機能停止)

(『ダンジョン・マッパー』機能停止)

(データ転送中)

 攻性ナノボットに命じてメルの肉体を破壊して、分解させる。もっと早くこれをやっておくべきだった。

 『マキシマス』は俺のやっていることに気付いた。

「00オーバーカムが起きても、死んだわけではないのだぞ。もう人間には戻らないつもりか?」

 俺はすでにメルを捨てた。あんたを倒すためにさらに捨て続けよう。

 メルの構成要素は『メルレンジェ』と混じっていく。

(同調中)

 俺はもう『メルレンジェ』の体に取り憑いただけの存在ではない。『メルレンジェ』は仮の宿ではない。

 再度『マキシマス』に飛びかかった。

 『マキシマス』は余裕で迎え撃ってきた。奴の剣が迫ってくる。

 俺は右腕を強制排除した。四肢さえもカスタム・パーツだ。神経系切断をやる暇はない。

 痛みが俺を貫いた。だが、俺の動きは鈍らない。痛みも俺の世界の一部だ。

 『マキシマス』の目が見開かれた。俺にはそれが分かる。

 奴の剣は俺の腕を切断せず、すでに切断されていた俺の腕を斬った。

 その間に奴に迫る。

 『マキシマス』は後ろへ跳びながら剣を振り下ろす。片腕のこっちと鍔迫り合いにもっていこうというのだ。

 誘いに乗ってやろう。

 だが、俺が振るのは剣じゃない。強制排除した背中のスラスターだ。剣は王者を斬るのに必要だ。

 スラスターは一瞬悲鳴をあげ、それから引き裂かれた。すでに奴の剣の軌道は外れた。それが食い込んだのは俺の肩甲だ。

「……なんて奴だ」

 俺は人間だった頃の癖で、肩で息をしながら、自分の剣を握った。

「感じさせてくれ、王者」

 『マキシマス』の胸甲がまっ二つになった。血が吹くように、黒い液体がぶちまけた。

 俺は全身にそれを浴びる。かつて傭兵の一人がGPASに味覚を加えることを勧めていたが、いま俺は王者の血を全身で味わい、それを記憶に焼き付けていた。

(00オーバーカム進行中)

 俺の視界は暗くなっていく。

 時間切れだ。

 だが、問題ない。

(00オーバーカム進行中)

 俺は完成したのだ。






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