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4 Snatching Hound

 『メルレンジェ』から降りて戦場病院に担ぎ込まれて二十五時間後、俺は最新の肉体で元気いっぱい採掘場を歩いていた。

 メディックの言葉通り、採掘場にはマイトー社の戦力が集結していた。

 ネットを確認してみた。傭兵掲示板を覗くが、マイトー社が傭兵を攻撃したなんてニュースはなく、代わりに信憑性の薄い『マキシマス』目撃情報や、オーバーカムを避けるための新たな護符の宣伝、魔法使いが搭乗したGPASは魔法が使えるか、というバカらしい議論など。大した情報はない。

 戦況はやはりマイトー社が圧倒的だ。

 ノイエ・ストラトス社は本格的に撤退を始めたらしい。マイトー社の経済面攻撃は功を奏していた。

 ノイエ・ストラトス社はここの他でも有望な鉱床をとられ、GPASを減らし、株価は下行直線を描いた。企業間抗争の勢力図は変化を見せるかもしれない。

 そして、同盟企業のAA社が異常に高いGPAS撃破指数をあげている。

 これには様々な憶測が飛び交い、調戦管理局はいつもの通り、数値の改変を否定している。まあ、同盟企業なら気にかける必要はないだろう。

 その後、俺はアーモリーで『メルレンジェ』の整備をロボットに頼んだ。本格的な調整や改造にはプロが必要だが、ここにはそれがいない。バカなロボットを何度も罵りながら、面倒な作業を監督せねばならない。

 『メルレンジェ』は結構ひどい見た目だった。大きなダメージはない。だが、とんでもない機動に加えて、格闘戦ではパンチにキックに頭突きだ。小さなダメージは尽きることがなかった。

 もちろん格闘戦用アタッチメントは装備しているが、時速二百キロで五十トンがぶつかり合うインパクトの前には焼け石に水だった。

 俺はまだまだ素人だ。

 たった五機でこのざまとは。

 『マキシマス』の伝説いわく、奴は百機を無傷で倒すそうだ。話半分にしてもすごい。王者『マキシマス』の伝説は他のいかなるGPASの追随も許さなかった。

 『マキシマス』と比べれば、俺は何でもない。俺はもっと強くならねば。



 その晩。

 ドオオオン、と爆音が轟いた。

 一体何事だ。何時だと思ってやがる。

 爆音はさらに続き、ミサイル飛来の鋭い音まで聞こえた。

 戦闘か?

 十二時間ほど時間をずらして、また来てくれ。こっちは眠いんだ。

 俺はぶつぶつ言って、枕の下に頭を突っ込んで爆音をシャットアウトすると、再び夢の世界へーー

 内分泌系が自動発火したようで、快適な目覚めがやってきた。おはよう、太陽の光。

 巧妙な体内目覚ましを自分でプログラムしておいたらしい。

 俺は服を着ながら、たとえマイトー社といえども俺の眠りを妨げてはならない、と毎晩切って寝ていた戦術通信インプラントをオンにした。

 時刻は午前三時。

 通信ネットワークは大混乱だ。起きばなで不機嫌な奴らが、混乱をますます大きくしている。

(『能率的チャティー・レディー』受動的起動)

 俺が受け取る情報の整理はインプラントに任すとして、俺は部屋を飛び出た。

 廊下には部屋を持たない下級傭兵やマイトー社作業員がごろごろしていて、歩きづらいことこの上ない。どきやがれ、俺は戦いにいくんだ!

 雷のように階段を下りて、宿舎から飛び出た。

 夜空をバックに八発のミサイルが視界を横切っていった。ミサイルマンの一斉射撃だ。狙いは発電ユニットに違いない。急がねばならなかった。

 こんな時間に攻めてくるだなんて非常識だ。株の下落のあまり、ついにノイエ・ストラトス社首脳は発狂したのか。

 朝の三時にミサイルを撃ったって、そのことに感動する視聴者がいない。みんな布団の中だ。その分、利益は激減する。

 加えて、こっちの夜間歩哨は何をやっていたんだ? 『えどまえ』と『トト』のはずだ。睡魔に負けて居眠りか? だとしたら、債務不履行でマイトー社は怒ることだろう。

 戦略状況を見ると、すでに二人の生命兆候はなかった。

 オーケイ、真面目な結論は一つ。敵はノイエ・ストラトス社ではない。

 『能率的チャティー・レディー』が不鮮明な画像を持ってきた。大陸風の球型肩甲のGPASが写っている。なるほど。

 敵はAA社こと、アイヴン・アンリミテッド社だ。

 マイトー社の同盟企業のはずだが、寝首をかきにやってきたということは、マイトー社はAA社の何か逆鱗に触れでもしたのだろう。たぶんマイトー社の社長がAA社社長夫人を寝取ったとかいう流れだろう。大企業首脳ってのはモラルに欠けてそうなイメージがある。

 それに、マイトー社やノイエ・ストラトス社など列島の企業と違って、AA社は大陸で勢力を伸ばしている。大陸はいまゴールデンタイムで、AA社は一方的に視聴率を稼げるわけだ。

 たぶん『えどまえ』と『トト』は見事なサイレント・キリングで排除されてしまったのだろう。その動画が公開されたら、AA社から買うことにしよう。

 そして、そのためにも俺は当然生き延びねばならない。

 『メルレンジェ』を駐機しているアーモリーは厳重に警備されているが、俺はさらに用心深い。職業病だ。眠っている間に『メルレンジェ』を盗まれてはたまらない。

 マイトー社のパスでアーモリーに駆け込み、さらに『メルレンジェ』に向けてインプラントからパルス信号を放った。この手順を抜かすと、『メルレンジェ』は触れるもの全てにフレシェット短針や高圧電流を浴びせるのだ。このトラップは独立した電源を持つため、『メルレンジェ』がエネルギー切れを起こしていても機能する。

 俺を認識して、『メルレンジェ』の胸甲が開き、さらにその向こうの酸素吸蔵チタン=モリブデンのハッチが開いた。この分厚い防御が俺の本体を、衝撃やNBCから守ってくれる。

 マイトー社のメッセージが入った。さっきAA社との、ノイエ・ストラトス社から奪った戦利品を巡っての会議が決裂。それから五分後に、軌道投下されたAA社の一軍がここへ攻めて来たらしい。同盟企業といってもそんなものか。

 俺はコクピットの肉食獣の顎並みに深い椅子に座り、ジャックインプロセスを開始する。後頭部と首筋にいろいろな物が突き刺さった。

(『ジパス・アドミニ』完全起動。GPAS『メルレンジェ』とメル間にリンク確立。データ転送開始)

 GPASから降りる瞬間は大嫌いだが、乗る瞬間も大嫌いだ。

 どうしようもない不安がやってくる。理由のない不安だ。たぶん本能に由来する不安。

 精神を人間からGPASに移す作業に何かミスが起こりはしないか? 精神がGPASに定着せず、人間側にも戻らず、ロストしやしないか?

 もちろん、そんなことが起こるはずがないことは知っていた。

 ネット上でもよく見かける、いわゆるオーバーカムと呼ばれる怪談、都市伝説だ。

 それでも、ジャックインの時間は永遠に感じる。

 俺の脳はナノボット処置でジャックインに最適化されているんだぞ。

 なんでこんなに時間がかかるんだ?

(『メルレンジェ』起動)



 アーモリーから『メルレンジェ』が飛び出る。さながら銀色の風だ。

 突風でマイトー社の人々は倒れ、窓ガラスは一斉に爆砕した。

 『メルレンジェ』の背中でスラスターが叫喚している。

 マイトー社は自社採掘場内でこんなめちゃくちゃな動きをする巨人を好まないだろうが、おかげで俺はAA社の度肝を抜ける。

 俺は跳んだ。さっきまで泊まっていた宿舎が足の下を通過する。

 道路を闊歩する二機の敵GPASが目に入る。躊躇は無用だ。

 俺はそのまま跳び蹴りを浴びせた。金属が激突して、現代最強の装甲が悲鳴を上げた。

 一点に収束した『メルレンジェ』のスピードとパワーは敵GPASのコクピットを叩きつぶす。

 直後、俺の剣が夜を切り裂き、もう一機の頭頂からおとがいまでを二つに割った。

 まずは二匹。

 回避ぐらいしろってんだ。戦果アイコンが二つ灯った。

 とはいえ、さすがの『メルレンジェ』もいまのは応えた。下半身にひどいしびれが来ている。

 しかし、一方でここはマイトー社側の拠点だ。『ダンジョン・マッパー』を起動するまでもなく、どこに何があるか頭に入っている。

 弾薬でもナノボットでも使う端から補給できるわけだ。

 一つ、神出鬼没の夜間ゲリラ戦で、AA社の傭兵と視聴者に恐怖を刷り込んでやろうか。さっそく、即席の策を味方に送ろうとした。

 そのとき、敵対的な通信レーザーが俺を小突いた。くそ、何だ?

 俺はさっと振り向いた。

 AA社のGPASが黒い姿で悠然と立っている。トルーパー型だろうが、見たことのないデザイン。そして、俺に接近を悟られずにここまで近づいただと?

(『ビブリオテーク』完全起動)

 『ビブリオテーク』に頼るまでもなく、こいつがただものじゃないことは分かった。今のが通信レーザーでなくて、攻撃レーザーだったなら困ったことになったはずだ。

 敵の放つ殺気が『メルレンジェ』の装甲をびりびりと圧する。

 もちろん『マキシマス』ではないが……だとすると、こいつは一体何者だ?

 普段なら、既知と予測のデータをずらずら並べたがる『ビブリオテーク』だが、この敵を前に怖じ気づいたのか、口数が少ない。

 それでも『ビブリオテーク』は一つのプロジェクトをあげた。

 それは何だ?

 六年前、『マキシマス』と『Eチジウム=Bロマイド』の一戦はAA社にも多大な影響を与えた。

 AA社はGPAS適性の高い人間を人為的に作り上げるプロジェクトを開始。優れたGPASのみならず、優れたGPAS乗りまでもを作ろうとしたのだ。攻性ナノボットで脳に損傷を与えて、白紙状態の人間を作り、それからGPAS適性を高めるといわれる要素のみの環境の中で育てていく。

 AA社が目標としたのは『マキシマス』だった。『マキシマス』に関する手に入る限りのデータを分析し、彼を破るためあらゆるシミュレーションを構築した。最強の『マキシマス』を倒せるなら、あらゆるGPASを倒せるという考え方だ。

 そのプロジェクトがついに完成した可能性がある。『ビブリオテーク』はそう告げて言葉を切った。

 なんだこのプロジェクトは? 狂ってやがる。AA社はクレイジーな馬鹿だ。

 こんなの初耳だった。たぶん、俺がランクAクラスに上がったことで、アクセス権が増えて教えてくれたのだろうが……。

 敵のプロフィールも見つかる。名前だけだ。『ハウンド』。

 最近のAA社の好調はこいつのおかげなのだろう。適性だけじゃない。『ハウンド』にはAA社の技術の粋が詰まっているに違いない。あらゆるオプション兵器、遮蔽装置、あるいは想像さえできない品々。

 背筋がぞくぞくした。

 たまらない。

 来いよ、『ハウンド』。どっちが正統なマキシマス追いか、はっきり決めようぜ。

 決闘アイコンが灯った。AA社とマイトー社双方のカメラが俺たちに集中するのを感じる。

 俺と『ハウンド』は同時に動いた。



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