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3 After Mess

 失望極まりない。ノイエ・ストラトス社はろくなGPASを置いていなかった。

 あの後、三機のGPASと遭遇したが、まるで手応えがなかった。

 マイトー社側が葬ったのは十七機。そのうちの五機が俺の手柄だ。こっちの被害はゼロ。

 GPASの戦闘では何よりもパイロットのスキルがものを言う。こっちの偵察、作戦に関する不備は、ノイエ・ストラトス社が烏合の衆しか置いていなかったという事実で救済された。

 マイトー社の重輸送コプターが頭上を通り過ぎていった。

 これから俺たちがやるのはここの守備だが、ノイエ・ストラトス社の衰えっぷりから考えると、契約が切れるのを指折り待つことになりそうだ。

 俺はノイエ・ストラトス社採掘場の周りにあった深い溝のふちに腰掛けた。試掘の跡だろうが、GPASの塹壕代わりに役立ちそうだ。

 味方トルーパー型GPAS『トト』、『えどまえ』、『リパ8』もここにいた。

 『リパ8』が近づいて来る。

「五機もやったの、おまえだろう、『メルレンジェ』? さすがだ。昇進おめでとう」

「どうも」

「『メルレンジェ』、おまえは……あー」

 俺のプロフィールを見ているらしい。

「本名はなんというんだ? 『メルレンジェ』はGPASの名前だろ?」

 俺は首を振った。

「『メルレンジェ』と呼べ。俺の本名に価値はない。GPASから降りた俺には何の能力もない」

「謙虚なランクAクラスもいたもんだぜ」

 後ろで『トト』が言った。ノイエ・ストラトス社のホバージープ四台でお手玉をしている。

「事実だ」

「『メルレンジェ』、今回のこれは我々傭兵に対するマイトー社の攻撃だとは思わないか? あのくそコマンドーに、作戦抜きの突撃だ。ノイエ・ストラトス社にまともなGPASがいれば、なぶり殺しにされるところだった。マイトー社は我々GPAS乗りの傭兵を恐れ、警戒してやがるんだ。奴らは小癪な手で我々の力を削ぐつもりだぞ」

「『リパ8』、この会話もマイトー社には聞こえてんだぞ」

 『トト』が口を挟んだ。

「それがどうした? マイトーの下種ども、なにかできるならやってみろ! 正々堂々とな! とにかく『メルレンジェ』、こんな侮辱に黙っているのか? 調戦管理局に訴えないのか? クラスAマイナス以上が四人もそろえば管理局も動くはずだ」

 パイロットの熱意が移ったかのように、『リパ8』の装甲外骨格は灼熱していた。

 多分に偏執的に聞こえる。企業が傭兵を攻撃するなら、もっと徹底的にやるだろうし、傭兵の支援を失って困るのは企業だ。

「ごめんね、『メルレンジェ』」

 『えどまえ』が言う。

「こいつ、企業そのものへの敵対に熱をあげてんのさ。他のみんなは陰謀めいた茶飲み話なんか興味ないのに」

 信じがたいことに、『えどまえ』は本当に茶を飲んでいた。

 手には史上最大のマグカップが握られ、その中にタンクローリー数台分の液体が満ちている。

 俺の視線に気付いて『えどまえ』は肩をすくめた。

「おかしいとは思わないだろ? みんなGPASでいろんな知覚を強化してるんだ。それに味覚を加えてもいいじゃないか。『メルレンジェ』もやってごらん」

「『えどまえ』が飲んでんのはGPAS液体燃料だぜ」

「それを美味いと感じるように、味覚を定義してあんのさ」

 人間にできることでGPASにできないことはない、というわけだ。

 俺は『リパ8』を向いた。

「悪いが興味ない。企業と敵対するつもりはない」

 そもそも傭兵同士仲良くするのが好きじゃなかった。マイトー社との契約が切れた翌日には別々の企業に雇われるかもしれない。そうなったら、おまえも俺の戦果アイコンの一つになるんだぞ。

「なら『メルレンジェ』、おまえの興味は何だ? 金か? 力か? 刺激的な戦闘か?」

「『マキシマス』だ」

 『リパ8』は束の間のけぞり、それから軽蔑の笑みを浮かべた。

 もちろんGPASの頭部のセンサー類に変化なんてないが、それでも俺はGPASの表情ぐらい読み取れる。

「そうか……おまえ哀れなマキシマス追いか。ははは」

「何だと?」

「哀れだと言っているんだ。マキシマス追いは往年のロックミュージシャン間に見られた現象そっくりなんだよ。おまえは確かに強い。運がよけりゃ、いつかは『マキシマス』に追いつけるかもな。だが、その日におまえは気付くことになるぜ。『マキシマス』は神ではない、ただの人に過ぎないのだということにな」

 『リパ8』は大笑いした。

 ランクAクラスは喧嘩なんかしない。俺は反論すらしなかった。

 だから、おまえは『マキシマス』を追わないのか。『マキシマス』を追う力もない素人の言い訳だな。届かないブドウの木の下のキツネだ。第一に『マキシマス』は人間じゃない、GPASだ、間抜け! そういった言葉を浴びせなかった。

 俺は立ち上がってその場を離れた。

 『マキシマス』はただ者じゃない。奴は最強にして、王者。

 奴を突破した先には何かがある。何かが俺をそこに導くのだ。



(『ジパス・アドミニ』完全終了)

 堪え難いものがいくつかある。

 GPASから降りることは、その中でも特に嫌な行事だった。だが乗ったからには降りねばならない。

 眠っていた俺の肉体を目覚めさせ、精神を『メルレンジェ』からそっちへ戻す。

 待ち受けていた激痛がやってきて、俺は歯を食いしばった。

 くそ。だんだんだんだん『eーモルヒネ』やリアルの沈痛ドラッグの効きが悪くなっていきやがる。

 体はいつもの通りぼろぼろのようだった。そんなものはどうでもいい。骨が折れても内臓がやられても、生きてさえいれば回復できる。

 俺は震える手で顔からフェイスマスクをはぎ取った。

 ブチッと音がして、俺の脳血管関門へと伸びていた液圧チューブが抜けた。

 痛え!

「もっと優しく抜けないのか、『メルレンジェ』?」

 俺は息も絶え絶えに言った。だが、俺が抜けたGPAS『メルレンジェ』に個性というものは残っていない。俺の命じたプログラムに従っているだけだ。

 狭くて暗いコクピットは、焼けた熱可塑性樹脂と俺自身の分泌物の匂いが漂っていた。

 ハッチ開閉ハンドルを回す。『メルレンジェ』の胸甲が前後に開いた。

 粉雪が舞い込んでくる。畜生、ここは寒くてたまらない。

 『メルレンジェ』を駐機させたのは、占領した屋根のないGPAS整備アーモリーだ。前方には『トト』がひざまずいた姿勢で駐機してある。地面に転がるのは昆虫の死骸じみた見た目の、ノイエ・ストラトス社コプターの残骸だ。

 戦闘後に縄梯子を上り下りする元気など残らないと知っていたから、俺は巻き上げ式リフトを『メルレンジェ』に装備していた。

 今日はリフトで下りる元気さえ残っていなかった。

 途中で足を滑らせ、五メートルほど落下。ぼふっと雪に突っ込んだ。いまいましい。

 身を刺す冷たさのさなか、鉄の味を口の中に感じた。

 手を口に当てたが、指の間から血が滴った。

「やれやれ」

 赤が雪を溶かしていく。

 せっかく機能を強化してもらった内臓なのに、一回の戦闘で駄目になってしまったらしい。無駄な金を使った。

「たった……たった五機を倒しただけでこれか」

 俺は『マキシマス』の足下にも及んでいない。

 雪に足をとられながらマイトー社の医療スタッフが走ってくるのが見える。彼らの医療ロボが走るさまは、異星のマラソンランナーを見ているようで不気味だった。

 俺はそれから目をそらして、『メルレンジェ』を見上げた。

 『メルレンジェ』は巨大で、ここからでは顔が見えないほどだ。

 いかなる攻撃にも動じない無敵の巨人は、足下で這う俺を見て、なんと感じるのだろう?

 俺の意識は失われていく。



 意識を取り戻すと、金属の棺の中、金属の腕に拘束され、冷たい液体に浸され、一糸まとっておらず、いろいろな管を体に突っ込まれいてーーつまりいつもの通り回復中だった。

 全身を一万本の針でちくちく刺されているような感じがあるが、医療ナノボットが俺の細胞に出たり入ったりしているショックなのだろうか。

 麻酔はないのか? 麻酔は!?

 歯を食いしばっているうちに、口の中の管は全てちぎれ、奥歯はがりがり音をたて始めた。そういえば奥歯も削れて、生えてきたときの半分の大きさになっている。これも新しいのを移植せねばならない。

「おはよう、メルさん」

 どこか遠くから声が聞こえた。メルというのは『メルレンジェ』を降りたときの俺の名だ。

 顔の前にホログラムが現れ、眉間にしわを寄せた若い女の顔になった。

「ずいぶんと無茶したね。『メルレンジェ』で全力出したらメルさんの体が持たないと言ったでしょ。本当にあなたたちGPAS乗りは困った人々だ」

 ……どこかでお会いしましたかな?

 たぶん前回マイトー社に雇われたときにも、彼女に回復してもらったのだろう。

 世の中には俺の頭に留まりたがらない知識ってのがある。

 ……GPAS関連以外全てがそれだ。この女に関しても何も思い出せなかった。

 『ビブリオテーク』も持ち主の欠点を受け継いだのか、人間のデータはちっともたまっていなかった。ま、本格的に困ったら機能強化のインプラントを新たに入れればいいんだ。

 俺は声帯を動かせなかったが、使うこともない。

(『能率的チャティー・レディー』能動的起動。リンク確立)

「おい! 麻酔を忘れているぞ!」

「耐性作ったのはメルさんだよ。いまナノボットに新たな受容体を作らせているから」

 麻酔を効かすために、俺は痛い目に合っているわけか。くそっ。

「メルさん、激しすぎる痛みが人を殺すこともあるんだ。あなたにはまだあと五回ぐらい移植手術が必要だろうし」

 そうかい。

 GPASの中では痛みさえも素晴らしいものに感じたが……いま、俺を責めさいなんでいるのと同じ痛みとは信じられない。

 GPASの中で感じるものは……全て俺に生きているということを実感させてくれた。

 それに比べてここは?

 感じるもの一つ一つに苦痛がつきまとう。

「メディック、俺はいつここを出られる?」

「ゆっくり処置すれば三日かな」

「ふざけるな! マイトー社には俺が必要だ!」

「それはないと思うけどね。兵隊も機械の巨人もぞくぞくと集まってきてるから」

「とにかく一日で出せ! 『メルレンジェ』に踏みつぶされたくなけりゃ、そうしろ!」

「はいはい。自分の主治医を脅すのはお利口じゃないよ、メルさん」

 女の顔はため息をついて、消えた。俺は棺桶の中に残された。



 面白いのは、GPASというものは、改造を前提に設計されているということだ。

 俺は『メルレンジェ』を入手して以来、絶え間ないカスタマイズにさらした。初期パーツで残っているものはほとんどないだろう。

 だが、それだけじゃない。

 設計者リーク・ストイコフは二つと同じGPASが存在することを許さなかった。徹底的に許さなかったのだ。

 GPASはカスタム・パーツに合わせて、コア・パーツが『成長』していく。生物的な成長だ。コアのナノボットが結合して作る疑似ニューロンは複雑極め、GPASの外ではいかなる知能もそれをシミュレートすることができなかった。

 そして、そこに人間の精神が転送されてくる。

 すると今度はそのパイロットの精神に合わせてGPASは適化していく。

 リークは設計者という肩書きで呼ぶべきではない。彼は造物者だ。

 そして、このGPASの特徴が、俺のような職種を作っていた。企業が世界を牛耳っているにも関わらず、傭兵のGPAS乗りは大きな力を持っている。

 パイロットの適性がGPASの力に直結する。適性の高い者がGPASに乗ればGPASは正しく成長する。加えて適性の高さは高シンクロを生み出す。

 GPAS乗りとして俺は『メルレンジェ』の強化に全てを注いできたし、これからもそうする。

 俺自身がよりうまく『メルレンジェ』を操作できるように、俺は様々なインプラントを移植してきた。

 コミュニケーション強化の『能率的チャティー・レディー』、記憶強化の『ビブリオテーク』、空間把握強化の『肩の荷』と『ダンジョン・マッパー』。これらを常備しているし、他にも必要に応じて追加する。

 『メルレンジェ』操作中でも俺の自前の脳を経由して、インプラントを起動することができる。

 俺自身インプラントを通してネットと常に接続することができ、膨大な情報を得ている。

 こういった道具は俺と『メルレンジェ』を強くする。

 だが、まだだ。

 まだ強さが足りない。

「現代医学の作りうる、最高に丈夫な臓器を移植してくれ」

 俺は移植手術が可能になると、メディックに注文した。

「はいはい」

「それから、骨格も、皮膚も、何もかも最高に丈夫な奴が欲しい」

「サイボーグ化時代の先駆けになりたいの?」

「とにかく俺は、メルの体が『メルレンジェ』にとって邪魔にならなくなれば満足なんだよ」

 幸い、俺の金銭的な将来は明るい。いまやランクAクラスの傭兵なのだ。

「人間じゃなくなっちまうよ」

「そんなに人間であることにこだわっちゃいない」

「……まあ、かまわないけど。あなた、すごい人だね」

 『メルレンジェ』にとって邪魔にならないくらい、すごい人にならなきゃならないんだ。

「メルさん、気付いてないかもしれないから教えてあげるけど、あなたたちは道化に過ぎないんだよ。企業の統治のための道具さ。民衆を熱狂させて現状への不満を忘れさせるサーカスさ。ついでに企業のメディアの莫大な収入源にもなってるし」

 気付いているぞ。

 GPASの動きは全て撮影され、放映されている。カメラはあらゆる所にある。GPASの中のナノボットから、軌道上のカメラ衛星まで、あらゆる所にだ。全てが戦闘中の俺たちに目をこらしている。

 ネット化のおかげで世界のあらゆる出来事はエンターテイメントとなったが、戦争は中でも最高のエンターテイメントだ。

 なぜだかよく分からない理由で俺を好いているファンも多い。もちろん俺は全てのネット出演依頼を断っているのだが。

「なんでそんなことを言う、メディック? 俺たち傭兵に企業をぶっつぶしてもらいたいのか?」

「まさか。ただ、なんでGPASなんかのために自分の一部を捨てようとしているのか分からなくて」

 ま、こんなメディックに分かるはずもない。

 熱核戦争以前の世界は企業ではなく、国家というものに統治されていた。現代人にはちょっと国家というもののニュアンスが分からない。

 そしてこの国家の軍人や政治家は最低だった。自分たちだけ地下深いシェルターにこもると、熱核爆弾で世界を吹き飛ばしてしまったのだ。ダイナミックな間抜けもいたものだ。

 これは教訓だ。現代の戦争には明確なルールがあるし、スコアもある。観客もいる。

 GPAS乗りの傭兵は軍人ではなく、戦士。

 企業に雇われはするが、何に忠を尽くすかを決めるのは、自分自身だ。

 そういうわけで、GPAS乗りはそこいらのエンターテイナーとはわけが違う。

 適性に由来する特権階級というのもあるが、同時に俺たちは常に命を賭けている。俺たちのアクションは誰にも真似できない。巨大な金属のボディに憑くことが、俺たちを変える。

 俺たちは普通の人間が持っているものを、すでに捨てた存在なのだ。

 GPAS乗りの鋭さは、カミカゼパイロットや自爆テロリストに共通するものがある。

 加えて俺はマキシマス追いだ。俺は特にクリアな存在。『マキシマス』の他のいかなるものも眼中にない。

「おめでとう、メルさん。最新の体があるよ」

 メディックは言った。

 悪くない。強敵はなく、『マキシマス』の情報こそ手に入らなかったが、今回の契約は実入りの大きなものとなるようだ。

「でも、GPASで無茶するようなら、この体もすぐに壊れちゃうね」

 くそ、所詮は一時しのぎか。


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