2 Metal Turmoil
GPAS。
ジーピーエーエス、ジパス、ギパセ。呼び方は自由だ。
人間の精神を、身長二十メートルの鋼鉄のボディに移すというテクノロジーが、それを作り上げた。
身長二メートルに満たない、何の力も持たないちっぽけな俺は、『メルレンジェ』に精神を移すことによって、プラズマをまとってピョンピョン飛んで、飛んでくる弾丸をガンガン弾くことができる。
GPASを作ったのはマイトー社の世紀の天才、リーク・ストイコフ博士。この名を知らない者は、文名人を名乗ってはならない。
それ以前にもマスター&スレイブ方式のパワードスーツといったものは存在したが、それらは好意的に言っても不格好な鎧でしかなかった。
GPASはそんなものと格が違う。無限の可能性を秘めている。
GPAS以外でも人間の精神をよそへ移す実験は行われた。だが、リークの発明品を除けば、いつも機械と人間の間の情報翻訳に失敗して、被験者に不思議なトラウマを残すだけに終わっていた。
俺が思うに、GPASは人型をしているのに意味があるのだ。
現在使われているGPASは、全てリークの発明品の模造品。
そして、GPASは戦場の、それから社会の様相を一変させた。
ノイエ・ストラトス社採掘場の居住区に入ると、そこは蜂の巣をつついた争乱の場だ。突進してくる巨人に恐怖した人々が逃げ惑っている。
と、敵対的な照準レーザーが体を撫でるのを感じた。ノイエ・ストラトス社の歩兵がロケットランチャーでこっちを狙っている。かわいらしい努力だ。
俺は適当にライフルをぶっ放した。弾着の衝撃波で歩兵は吹き飛んでしまった。ライフルから排出された、ドラム缶ほどの大きさの空薬莢がアスファルトにぶつかり、音を立てた。
悪いが、そんな玩具でGPASを止めることはできない。
横にあった車庫からはホバー装甲車が出現した。だが、何か悪いことをする前に『メルレンジェ』の踵落しが砲塔にめり込む。さらに俺は装甲車によじ上って攻撃を加えた。
装甲車や戦車はやけに硬いが、その長所を除けば、ただの薄のろの箱でしかなかった。
一方、対地攻撃コプターは最高にすばしっこいが、こちらは吹けば墜落する程度の防御力しか持ち合わせていない。
GPAS以前は戦場の主役であったかもしれない彼らだが、リーク・ストイコフの芸術の前には、とるに足らない存在だった。
俺は擱座した装甲車から飛び降りた。
敵GPASはどこだ? 弱いものいじめのような真似にはうんざりだ。GPAS乗りの中には人間を踏みつぶして、文字通り蹂躙するのを好む手合いもいるが、俺はそんな行為に何も意味を見いだせない。
GPASを止めれるのはGPASだけなんだ。
来た。
脚部スラスターを使って、氷の上を滑るような滑らかな動きで金属の怪物が姿を現す。『メルレンジェ』のようなトルーパー型GPASと比べて、横幅が二倍近く、より重厚な威圧感を与えてくる。
ミサイルマン型GPAS。重砲での支援を得意とするが、スナイパー型GPASと違って、ミサイルマンは格闘能力も備えている。人気のあるクラスだ。
(『ビブリオテーク』完全起動。容量不足。『肩の荷』強制終了)
情報は力。俺は記憶強化系のインプラントを起動した。
さっとミサイルマンの腕が跳ね上がる。先手を取られた。武器は握っていないが、収納されているに違いない。
封印されていたガスが解き放たれる音が戦場に響く。
敵が上腕から撃ったのはFEWATミサイル。音でそのことを知った。
撃ち落とすにも、攪乱するにも距離が近すぎる。
俺はマイクロセカンド間にきわどい選択をとった。
俺は思い切り上半身をのけぞらせた。『メルレンジェ』は俺の本体より体が柔軟だった。
傭兵でGPAS乗りたる俺の人生、基本オールインだが、賭けは成功した。
引き延ばされた時間の中、ミサイルが顔のすぐ上を通り過ぎていくのを見た。ミサイルの安定翼が束の間太陽を隠し、推進部のプラズマアークが空気を歪めていった。ミサイルに記されたメーカー名まで読めた。マッハの初速を持つ、ミサイル、のだ。これがGPASで強化された俺の知覚力だ。
敵は欲張ってヘッドショットを狙ったのだ。
セオリー通り胴を撃って、『メルレンジェ』のナノウェア装甲に威力をそがれるのを恐れたのだろう。素人が高等テクニックに手を出すから、こうなる。
敵ミサイルマンに正しいGPAS接近戦というものを教えてやるべく、俺は両足を投げ出して仰向けに倒れ、かまわずライフルを撃った。
敵はジグザグに瞬発機動を行い、路地に飛び込んだ。蹴飛ばされた自動車が空の果てに飛んでいった。道の奥では俺のライフル弾を浴びた倉庫が崩壊した。
逃がしはしない。こっちはスピードが売りのトルーパーだ。
と、けたたましいアラート音。
俺の視覚は三百六十度をカバーしているが、俺の背後でFEWATミサイルは天へと上昇した。そして、『ビブリオテーク』のデータ通り高度三百メートルでターンすると『メルレンジェ』目がけて急降下してきた。
最近のミサイルはしつこいのだ。
俺は転がるように起き上がると、駆け出した。ライフルの弾種を変更。
脚部スラスターで跳び、横にあった居住施設を蹴った。三角跳びの要領で路地へと飛び込む。俺に蹴られたビルが粉砕した。
空中で身をひねると、白煙を残しながらミサイルがすぐそこへ迫るところだった。その先端のロボット光学アイと『メルレンジェ』の視覚器の目線がぶつかり、火花を散らす。
そして、俺は引き金を引いた。『メルレンジェ』は地面に転がり、地震を生んだ。路地をコンクリート片がやたらめったら飛び交う。
俺が撃ったのはフレシェットウェブ弾。実際にはウェブというよりかはカーテンと呼んだ方が良さそうな、高密度のフレシェット短針が詰まっている。シンプルで、誘導弾を叩き落とすのに役立った。
対ミサイル防御を出し抜くダイヤモンドヘッドミサイルの噂なら聞くが、幸いまだ戦場ではお目にかかっていない。
念のため路地から『メルレンジェ』の頭を突き出してみた。ミサイルの姿はない。上出来だ。
その一帯はひどいことになっていた。何万本ものフレシェット短針が全てに突き刺さり、全てを引き裂いている。逃げ遅れた人間は、たとえどこに隠れていたにせよ、生き延びることはできなかったはずだ。
よその職業の人間は俺のこの行為を残虐だとか、非人道的だとか言うかもしれない。
だが、俺に何ができるだろう? こっちは神にも近い力を持った巨人。あっちは……脆弱な生き物。
そんな連中を気にかける余裕はない。人は簡単に生きて、簡単に死ぬものだ。だが、GPASは違う。
俺は路地裏を駆けた。
戦闘中に、どうでもいいことをいろいろ考えるのには理由がある。俺は感情制御や思考抑制のインプラントを備えていない。そんなものがあると、なんというか、このGPASの中での時間が不純になる。
十分にこれを感じ、楽しむことができなくなる。
さあ、敵ミサイルマンはどこだ?
俺は裏路地を抜け、広大なコプター発着場にたどり着いて、はたと立ち止まった。
敵ミサイルマンがどっしりと立っている。『決闘』をやりたいらしい。
奴の通信レーザーがぎらりと光った。
「奇襲とは小癪な真似をしてくれるな、マイトーの走狗めが」
何か喋りかけてきやがる。
「この場で叩き斬り、我が剣の錆にしてくれよう。貴様はすぐに聞くぞ! 貴様の血が大地に滴る音をな!」
気の触れたおしゃべり好きなのだろうか。それとも、そういうプログラムを組んで喋らせているのかもしれない。
俺の視覚情報から『ビブリオテーク』は敵GPASのプロフィールを見つけて来た。
傭兵『PALEBONE』。ランクBマイナス。
Bマイナス? 阿呆が。
だが、それでも視聴者はこれにエキサイトすることだろう。決闘アイコンが灯った。
「貴様を倒してAランクへ上る糧にしてくれよう! 行くぞぉお!」
敵は吠えて、突進してきた。ヴィーンと耳にこびりつく特徴的な音とともに、光の剣が奴の手の中に姿を現す。
レーザーソードか。高エネルギーのコヒーレントレーザーを電磁潮汐で成型したもので、その見た目から根強い人気がある。
ライフルで奴の突進を止めきれないと判じて、俺は銃を捨てた。
こっちも剣で行こう。
背中から突き出た握りを右手で握る。だが、まだ抜かない。抜くのは、敵の一撃をやり過ごした後。敵が隙を見せたときだ。
敵は光の剣を振りかぶる。俺は身構える。
さあ、どこから来る?
信じがたいことが起こった。
敵はそのまま袈裟懸けに、剣を振り下ろしてきた。
なんなんだ、こいつは!?
レーザーソードは『メルレンジェ』の肩にめり込み、そこで止まった。剣も、『メルレンジェ』の肩甲も、オレンジ色にギラギラ輝き、空気が歪む。
『メルレンジェ』の肩甲は溶発シールドに、マイトー社製の最新鏡面ナノウェア処理を施している。これをレーザーソードごときで斬っても、斬る端から装甲内ナノボットが装甲を新たに形成していく。突破するには十年では足りないだろう。
おまえは敵対企業が何を開発したのか、ニュースで調べたりしないのか、『PALEBONE』?
こんな素人がいるだなんて、全く信じられない。
俺のソードがずばんっ、と奴の剣を持ってない方の上腕を斬り飛ばした。剣ってのは物を斬る道具なんだ。そのためにも装甲を覆われてない急所を狙え。
敵はあわてて一歩後退した。
俺の剣はソリッドの超硬度太刀だ。X線やら何やらを使った、幻の剣とは違う。
GPASの武器というと、いろいろ複雑なものを想像するが、こいつはただの金属の塊。『メルレンジェ』の装備の中で圧倒的な重量を誇る。
異様な存在感を誇る俺の剣は、持つだけで血をたぎらせてくれる。最高の武器だ。
突然、敵は顔からばっと何かを吹きかけてきた。
『メルレンジェ』の視界がブラックアウトする。そして、俺は喉の底から激痛に吠えた。素晴らしい痛みだ! 神経という神経が燃えている、と言おうか。
俺の外面は鋼鉄。今、内面は炎と化した。
敵『PALEBONE』は俺の『ビブリオテーク』が予想だにしなかった気色悪いトリックを使ってきた。
食らったのはただの酸で、攻性ナノボットと比べりゃマシだが、視覚はやられた。
本当に目がつぶれて戦わなきゃならないわけだ。
瞬時にドップラーレーダーを起動するだとかで、敵の攻撃に備えることはできるだろう。
しかし、俺はそれをしない。
なぜだろう、急に確信した。はっきりと、それが必要でないことが分かった。
さっと身を屈める。
『PALEBONE』の光る刃が体をかすめたのを感じた。
目で見えなくても、敵の稚拙な攻撃を頭に描くことができた。目に頼るまでもない。
第六感と予測。それで十分だ。
俺の剣が一閃した。奴の胴体に食い込んで、金属同士が金切り声をあげる。
『PALEBONE』はどしんと尻餅をついた。
(『eーモルヒネ』完全起動。自動投与開始。ダメージコントロール開始)
痛みを抱き、痛みと一つになり、そして世界を痛みで味わいたがっている俺にとって、鎮痛薬は不要だった。だが、こいつは自動プログラムだ。どうしようもない。
バックアップの視覚がよみがえった。主視覚器には免疫系と回復系のナノボットを向かわせる。
『PALEBONE』は火花を散らし、傷から黒い液体を噴き出している。
俺は奴に笑いかけた。
「どうした? 立て! 斬り掛かってこい! Aクラスは目の前だぞ!」
敵は忌々しげに唸った。
本物の声帯を使っているのか、興味深い唸るプログラムを持っているのか。
「俺はまだおまえから何も感じていないぞ! 立て立て立て!」
「この戦闘狂め……」
ミサイルマンは立ち上がって、レーザーソードで突いてきた。
俺はその手を蹴り上げ、大柄な敵の懐に飛び込む。猛然と掌底を浴びせる。敵の装甲越しに振動を与えて、敵がひるんだところへ肘を食い込ませる。
さすがはミサイルマン型。見事な硬さだ。殴っているこっちが痛い。
だが、始まった俺のコンボ攻撃は止まらない。
『メルレンジェ』の脚部スラスターが吠え、勢いの乗った蹴りが『PALEBONE』の股間にぶち込まれた。さしものミサイルマンも体が宙に浮く。
空中で敵がとれる回避行動はない。こっちも跳んで敵に肉薄する。
俺の剣が奴の胸甲の隙間を貫き、背中から切っ先が飛び出た。さらに『メルレンジェ』は剣の握りを軸に回転すると、『PALEBONE』の脳天に蹴りをめり込ませた。奴の顔面部のセンサー類がひしゃげ、神経ケーブルがむき出しになった。
とてつもない重量を誇る巨人たちが絡み合いながら地面に突っ込み、コプター発着場のコンクリートがもりもりとめくれ上がった。
俺は剣を敵の体から引っこ抜いた。
『PALEBONE』からの通信レーザーは沈黙した。
おまえの負け、俺の勝ちだ。戦果アイコンが灯った。俺は剣を背中に戻す。
悪いが、技術不足の代償は命で支払ってもらうってのが、この業界でのルールだ。技術だけじゃない。運の不足、GPAS性能の不足。様々な要素が命を奪いにくる。
さあ、次へ行こう。
ここに『彼』はいない。
『マキシマス』はいない。
だとしても、こんな素人より、俺に今を実感させてくれる敵手はいるだろう。
『メルレンジェ』は再び駆け出した。
GPASという無敵の巨人の存在は、熱核戦争後、荒廃した世界で暮らす、沈みがちだった人類の心に光を投じた。
GPASに人生を動かされた人間は多かった。
企業の全天候型アルコロジーに住む人だけではない。熱核戦争が残した瓦礫の下、村に一つしかないテレビの前で、飢えた餓鬼どもはGPASの勇姿に目を輝かすのだ。
俺もそんな餓鬼出身だから、知っている。
瓦礫の下に住む人間にとって、GPAS乗りになることが成功への最も確実な手段だった。
GPAS乗りにとってどこで産まれたか、とか、どの企業に忠誠を誓っているか、なんてことは問題でない。
問題なのは適性と腕。それだけだ。
俺は十五の歳でGPASに取り憑かれた。まあ、もちろん、俺は自分の本当の年齢なんて知りはしない。だが、十五歳というのは目標ある人生を始めるのにいい年齢に思えた。
十五の歳に俺はあの一戦、『マキシマス』と『Eチジウム=Bロマイド』の決戦を目にした。
前者は正体不明の流浪の戦士、後者は最高ランクの傭兵だった。
いまでもあの状景をありありと思い出すことができる。無論、様々なメディアであの一戦を再生することは造作もない。だが、当時、リアルタイムであれを見たときの衝撃を筆舌に表すことなどできはしない。
『Eチジウム=Bロマイド』の謎めいた問いかけ。無言の『マキシマス』。銃声と剣戟、吠える巨人の戦士たち。
現代によみがえった神話の一幕の後、地に伏したのはランクAプラスの傭兵『Eチジウム=Bロマイド』。
正体不明の伝説的GPAS『マキシマス』はその神話を不動のものとした。
あの一戦に影響を受け、GPASを選んだ人間の数は知れない。
いわゆる、マキシマス追いと呼ばれる世代を作ったほどだ。
だが、その中で今も生き残り、『マキシマス』を追えている人間は多くはないはずだ。
あれから六年。
俺は苦痛は味わえど、敗北は味わわずに『マキシマス』を追っている。
戦果アイコンがきらめいた。
俺はランクAマイナスからランクAに上がった。