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1 Raid

 巨大な鋼鉄の足が地面を踏んで、世界を揺るがした。俺は高さ二十メートルに位置する視覚器を通して、強化された知覚を味わっている。

 俺が乗るのは『メルレンジェ』。最強の金属の巨人、GPAS。それがこいつだ。

 要所要所に装甲がアッドされていて、鏡より反射率の高い鏡面処理のおかげで、それには灰色の空と白い雪が写っている。

 『メルレンジェ』は長身だが、軽装快速を旨とするトルーパー型GPASのため、その姿は戦士というよりかはファッション・アーティストというべきすらりとしたもの。背負われたライフルと剣が体の線からはみ出している。

 この巨人の隅々にまでエネルギーを送っているのは極小のナノボットたちだ。

 大地のエネルギーが枯渇しようとしているのに対し、GPASの中で小都市をまかなえるだけのエネルギーが蓄えられているのは不自然に思えるかもしれない。

 だが、要はエネルギー効率の問題だった。

 似たような外見の巨人が周囲を歩いている。GPASの一小隊だ。

 『メルレンジェ』と同じトルーパー型GPASが四機、重装甲のミサイルマン型が二機、そして通信と指揮を司るコマンドー型が一機。

 今回の奇襲にスナイパー型やサボチュアー型、ヒーラー型の出番はない。

 ここはかすかに汚染された荒れ地で、新雪が積もっている。気温はマイナス十八度。いかなる生体反応も感じられない。死の世界だ。空気は戦いの予感に震えている。

 GPASの間を駆け巡るのは通信レーザーで、本来不可視のそれはデジタル処理でピンク色の線で表現された。

 戦術通信インプラントからの声は、耳元でささやく百人の小人の声のようで、そのまま聞いても意味ある情報は手に入らない。

(『能率的チャティー・レディー』完全起動。マイトー社ネットワークとリンク確立)

 今までとは桁違いの情報が入ってくる。

 俺を雇ったのはマイトー社だ。企業の中で最も好戦的で、GPAS開発に関しても一日の長がある。なにせ、今は亡きGPASの設計者リーク・ストイコフはこの社の人間だったのだ。

 俺がマイトー社と交わしたのは二週間契約のはずだが、詳しいことは覚えていない。どうでもよかった。この奇襲が成功すれば、マイトー社は満足するに決まっているのだ。

 俺たち七機はこれから、敵対企業ノイエ・ストラトス社のレアメタル採掘場を襲撃、可能なら占領する。敵対企業経済面への打撃によって、長期的に企業間抗争の優位に立とうというのが、今年のマイトー社の予定らしい。

 俺たちは軌道上からこっそり投下され、三分前に着地した。採掘場は目と鼻の先だ。

「最新のマップのダウンロードを始めろ」

 味方コマンドーからデータが転送されてくる。

 ここまで近づいてしまったら、もう隠密行動も無意味だった。巨人の足音は地平線の果てまで響いていることだろう。

 戦術マップ転送が終わったので広げてみた。

 何だこりゃ? 三次元マップですらない。平面の白黒画像だ。GPASのコアパーツ内で働いている俺の精神が表したのは、不満のデータだった。

「こんなの役に立たないぞ!」

「一体何の冗談だ?」

 高速言語で罵声が飛び交った。

「偵察衛星が敵GPASの対宇宙攻撃で撃ち落とされたらしい。コムサット・スキャンも封じられた」

 コマンドーが言う。

「そうならないようにするのがおまえの仕事だろうが!」

「おお、どうした? クラスAマイナスの傭兵ともあろうお方が、この程度のトラブルに、ずいぶんと弱気だな。臆病風にでも吹かれたか?」

 味方コマンドーはそう言ってがははと笑った。

 俺はマングースのごとく、この馬鹿に襲いかかり、この手で最期の教訓を授けてやる場面を想像した。

 俺には、『メルレンジェ』には、それができる。

 働かないコマンドーは案山子も同じだ。存在するだけ無駄。酸素やエネルギーの浪費でしかない。

 だが、作戦開始までTマイナス十秒。暇がなかった。作戦を遅延することがあっては、マイトー社は激怒するだろうし、大企業に訴訟されるだなんて事態を想像すると、俺たち傭兵の背中を冷たいものが走るのだ。

 敵に関する情報皆無。そして、それゆえこっちも作戦皆無。それで行くしかない。スアサイドなミッションだ。

 巨大な岸壁のように死が俺の前に立ちはだかっている。どうしようもなく、俺の心は踊った。危険が大きければ大きいほど、俺は戦いを感じることができる。近づく死が生を強調するのだろう。

 そして、それが俺を『彼』に近づけるのだ。

 味方ミサイルマンどもが地面に片膝をついた。ここから支援砲撃を行うつもりだ。連中の仮想照準カーソルが、青白い三角形となって大地を覆う。

「仕方がない。このまま突進して、斬り込むぞ」

 俺の言葉に、三機の味方トルーパー型GPASがうなずいた。

 彼らのプロフィールを再確認する。『トト』『えどまえ』『リパ8』……そして俺『メルレンジェ』。

 いずれもランクAマイナス以上の手練だ。大企業マイトー社に雇われているのだから、不思議ではなかった。

 だとしたら、作戦の要たるコマンドーがなんであんなクズなんだ? 大企業ってのは意外と抜けているものだ。

「敵の情報なしだなんて、目ぇつぶれて戦った方がマシだぜ」

「ったくだ。あん馬鹿、ぶちころしてえ」

 トルーパー型GPASたちは高速言語でぶつくさ言いながら、短距離走者がやるように身を沈めた。

「戦闘開始」



 直後、俺は光をまとい、神々しい巨人と化した。背中に装備されているクラスタースラスター式推進装置が白熱している。俺は矢のように雪原を飛んだ。プラズマ粒子成型の磁束吸着スラスターで、メーカーは不整地使用を推奨していない。だが、俺たち傭兵はメーカーの言葉なんか気にしない。この新雪は潤滑油も同じだった。

 奇襲攻撃では速度が重要なキーとなる。『メルレンジェ』の心臓で炎が荒れ狂った。金属の骨格はばりばり震え、俺を興奮させる。

(『eーエピネフリン』完全起動。安全用拮抗薬準備完了)

 ネットワークドラッグが俺を超人化していた。『メルレンジェ』は地面を飛ぶように進み、その背後で地面は焼けていった。俺は可能な限り身を縮め、全神経を機動に集中する。

 ちょっとでもバランスを崩せば、転んで大破するのは目に見えていた。傭兵ならではの、狂気のアクションだ。ファンどもは喜ぶことだろう。

 『メルレンジェ』コクピット内で俺の本体は、しっかりと防御されているにも関わらず、肉と骨がバラバラになりそうな振動に悶えていた。だが、俺の精神にそんなことを気にしている余裕はない。このバトルが終わるまでもってくれることを祈るしかなかった。

 素早いやり取りで、四機のトルーパー型GPASは四方向からノイエ・ストラトス社採掘場に突っ込むことを決めた。広域拡散系の反撃で二機以上をいっぺんにやられるのを防ぐ意味もあるが、こっちに有効な作戦がない以上、白兵戦の他にとるべき手なんてなかった。

 地平線の染みでしかなかったノイエ・ストラトス社の採掘場はたちまち迫ってきて、3Dの存在感を持った。俺たちは信じがたいほど騒々しい音と、視覚的インパクトをまとっていたので、容易に発見された。

 頭の裏に、ロックオン警報音が響き渡る。死者をも起こすけたたましいアラート! まさに危険が迫っている、という感じで、このアラートを気に入っている。

 俺は背負っていたGPASライフルを構え、引き金を引いた。別に何を狙うわけでもない。

 この巨大ライフルの発射速度はせいぜい毎分五百発。だが、有薬莢弾というのが重要だ。パワフルな反動はブレーキの役にも立つ。

 加えて逆噴射もかけて速度を殺す。同時に脚部ベクトルスラスターを点火。『メルレンジェ』はその姿勢を変えずに、出し抜けに横方向の移動を始めた。

 直前まで俺のいた場所を、ぶっといレーザーが貫いたらしい。巻き上げられた雪煙がまっぷたつに切り裂かれた。

 間一髪って奴だ。俺はしびれた。

 レーザーは直進する。俺はレーザーが飛んできた方向目がけてライフルを斉射する。

 戦果アイコンが灯った。レーザー臼砲か何かをぶっ壊せたらしい。

 俺はノイエ・ストラトス社が設置した高層ビルのようなバリゲードに走り寄った。大いに跳躍してそれに飛びつくと同時に、背中のスラスターを吹かす。俺は壁を垂直に駆け上っていった。こういう芸はエネルギー消費こそ激しいが、なかなか役に立つ。意表をついた侵入方法で、地雷原や待ち伏せ場所に誘導されるのを避けるわけだ。

 頂上まで駆け上り、それでも止まらず、『メルレンジェ』はそのまま大気圏を突破して惑星外へと飛び立っていくかに見えた。もちろん、スラスターにそんな力はない。『メルレンジェ』は空中で一回転して、ずしんとバリゲード頂上に着地した。

 ここからノイエ・ストラトス社採掘場が見渡させた。採掘メンバーの居住区や器具収容場所、コプター発着場、エンジニアリングベイ、マスドライバーなど、ちょっとした街のような大きさだ。

 『メルレンジェ』の視覚器は大した性能ではないが、こんな情報でもないよりはマシだろう。俺はデータを味方トルーパーとコマンドーへ転送する。

 そして、俺は強化された知覚にさらに集中して、敵GPASの姿を探す。

 『彼』はいないか? 『彼』は?

 ノイエ・ストラトス社なら『彼』を雇っていても不思議ではあるまい。

「『メルレンジェ』、アップロードを感謝する」

 味方『えどまえ』からだ。

「採掘場東部4-3でGPAS用弾薬供給装置を発見した。CPバルカンやFレーザーが尽きたら、寄ってらっしゃい」

「了解だ、『えどまえ』」

(『ダンジョン・マッパー』完全起動。座標位置把握完了。オートマッピング開始)

 白黒の二次元マップに、俺がアップした光景が加えられ、さらにグリッド表示がなされた後、『えどまえ』が言っていた場所が補給場所の色に染まった。

 『彼』らしき姿は見当たらない。そして、のんびりすべき時でもなかった。

 バリゲードの上にたたずむ巨人というのは興味深い的になるらしい。下から銃弾がやってくる。敵GPASがバリゲードの下で片膝を付いて、こっちに銃口を向けていた。

 俺はひらりと身を踊らせ、地上目がけてダイブする。

 敵GPASがみるみる迫り、そいつの驚きっぷりは手に取るように見えた。もちろん、このまま体当たりしてやっても、十分すぎる攻撃になるには違いないのだが、そんなことをすれば飛び降り自殺をした人間のように、こっちもめちゃめちゃになる。

 俺は空中で回転して、背中を地面に向けた。そして、背中のスラスター全力で吹かした。

 強烈な逆G。『メルレンジェ』内で俺の本体が圧縮されて、平べったくなるのを心の片隅で感じる。

 だが、俺の下にいる敵はもっと悲惨だ。プラズマの炎をまともに浴びて地面に押し付けられ、ずぶずぶと沈んでいく。GPASの装甲は持ちこたえたとしても、最高レベルの断熱処理を施していないと、無駄だ。コクピット内部の気温は軽く千度を越えていることだろう。

 俺は敵GPASの上に柔らかく降り立ち、周囲の世界はもうもうとした湯気に包まれた。

 戦果アイコンが灯る。

 敵は体の大半が地面に沈んでしまっていた。俺の動きに驚くのは分かるが、反撃と行かないまでも、回避ぐらいしてくれないものか。バトルにもなりやしない。

 無茶をしたせいで、『メルレンジェ』の背中のスラスターは焼けこげている。俺はそのことを火傷のしつこい痛みで知覚した。俺はスラスターに繋がる神経の切断を命じ、スラスターそのものを強制排除した。

(『肩の荷』完全起動。現在重量を標準値と定義。誤差修正開始)

 捨てたスラスターの分の重量を計算させ、新たな体重を体性感覚系になじませなければならない。

 スラスターを捨てたため、ここから先のお仕事は二本の足で、というわけだ。

 俺はクリームブリュレの表面のようになった地面を踏み割りながら駆け出した。

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