温泉のもとは温泉ではないがそんなのは些細なことなのだという話
私は風呂が好きだ。
毎日家で湯に浸かるのはもちろん、夏は朝晩、昼に入ることもあるほどで、月に一度はスーパー銭湯に行くし、半期に一度は遠方の温泉に出向いて大地から湧き出る湯に身を浸す、年がら年中ふやけている人種である。
そんな私の毎日のお風呂のお供といえば、温泉のもと…入浴剤だ。
幼い頃、祖母が「さら湯は年寄りに毒、一番寿命の長いやつが一番風呂に入れ」とさんざんわめいていたので、その記憶がこびり付いており…なんとなくお湯の荒ぶる性質を沈静化したい気持ちが湧き出てしまうのである。
タブレットタイプに粉タイプ、たまに液体状のもの、透明なやつに濁るやつ、シュワシュワするのにとろみのあるやつ…実にいろんな種類の温泉のもとや入浴剤を気ままに楽しんでいる。一昔前は入浴剤といったら、黄緑色のいいにおいのやつや茶色い如何にも健康増進目的のものが主流だったのだけれども、ずいぶんバラエティ豊かになったものだと思う。ああ、メーカーさんよ、豊かな発想とすばらしい効能および毎日を飽きさせない工夫をありがとう!!
そんな入浴剤大好き人間の私が好んで頻繁に利用しているのは、全国の有名温泉地の名前が冠されている品々である。
登別、草津、道後、奥飛騨、野沢、有馬、山代、別府、湯布院その他もろもろ……。
使用するたびに、まるでその温泉地に行ったかのような気分になれる。
遠く離れた地に湧き出している湯の面影をそっと我が家の160ℓのお湯に移し…静かに身を沈め、目を閉じ、しばし意識を現地へと飛ばして、凝り固まった身体と心を開放する。現実の狭苦しい圧迫感から解き放たれて、ただただぼんやりとしながら体表をふやかす幸せなひと時は…格別なのだ。
湯上りにほのかに香る、温泉の名残もまたどことなく雅で…たまらないのである。
温泉のもとでこれほどの癒し効果があるのだ、実際の温泉の効能はいかほどのものかと毎度思う。気軽に楽しめる温泉は…、温泉のもとは、温泉のもとでしか、ない。
本物の温泉に憧れを抱くようになるのも、自然な流れといえよう。
……だが、しかし。
いつも草津温泉のもとを使っていた私が、本物の草津温泉に入ったときの衝動といったらもう。
いつも熱海温泉のもとを使っていた私が、本物の熱海温泉に入ったときの衝動といったらもう。
いつも湯河原温泉のもとを使っていた私が、本物の湯河原温泉に入ったときの衝動といったらもう。
いつも蓼科温泉のもとを使っていた私が、本物の蓼科温泉に入ったときの衝動といったらもう。
そう、気軽に楽しめる温泉は、温泉のもとは、温泉のもとでしかない。実際の温泉をイメージした、人工的に生み出された癒しのもとは、温泉ではないのだ。
私の中に築き上げられたイメージと違う、現地の本場の温泉に浸かるたびに、どうしてここの温泉のもとは花の香りになったのだろう、どうしてここの温泉のもとは爽やかな香りになったのだろう、どうしてここの温泉のもとはあんなに甘いにおいになったのだろうと、ああでもない、こうでもないと…製品化するまでの物語を思い浮かべながら、湯あたりするまでふやける事になるのが常なのである。
逆のパターンも、ある。
かつて私は幼い頃、祖母の未亡人会のツアーで有馬温泉に連れて行ってもらったことがあるのだが、その時に石鹸が泡立たなくてひと悶着あり、さらにタオルが茶色くなった?だかで母親が機嫌を悪くしで…なんとなくイメージが悪くなってしまい、長く作為的に避けていた。
ある日、家族がもらってきた贈答品の中に有馬温泉のもとが入っていて、仕方無しに使ってみたら普通にいいにおいの入浴剤で…以降我が家の温泉のもとチームに仲間入りすることになったのである。
どんな温泉のもとも、どんな温泉も、入ってしまえば心地の良いお湯。身も心も優しくほぐし、極上の癒しを与えてくれる、温かなお湯。
至福の入浴タイムを楽しませてくれる、身近で気さくなパワースポット……。
ああ、願わくば、本物の登別の湯の白さを堪能したい。
ああ、できれば本物の別府の湯の青さを目の当たりにしたい。
ああ、ぜひとも本物の高湯温泉の臭さにくらくらしてみたい。
砂風呂も泥風呂も入りたいし、体中がびりびりするような炭酸泉にも入りたい、温泉も入るけどうまいもんも食べたいし面白そうなアクティビティも満喫したい、絶景も見たいでしょ、ゆるキャラも探したいし旅館内も探検したい、おみやげ物屋さん巡りしたいし試食もたらふく食べて―――!!!
私の温泉旅行欲が暴走し始めたので、今回はこの辺で失礼させていただこうと思います、ハイ…。