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ひだまりのねこの夏の短編小説集

打ち上げ花火


「やっと……着いたか」


 重い身体を何とか支えながら、隼人(はやと)はローカル線の駅に降り立つ。


「本当にあるんだよな? 花火大会……」


 今夜花火大会が行われる割には、降りてくる乗客は、自分のほかに数人程度。もしかして、騙された? そんな疑念すら沸いてきてしまう。





 隼人は、東京のそれなりに有名な商社に勤めるいわゆるエリート商社マン()()()。 


 上司のミスをすべて押し付けられたうえ、婚約をしていた恋人までその上司に奪われた隼人は、勢いそのまま会社を辞めてしまったのだ。


 幸い結婚に向けて貯金はしていたので、当分働かなくても問題ない。


 大学を卒業してから7年、彼女とのデート以外、ろくに休日も取っていなかった隼人は、突然出来た自由時間を完全に持て余していた。


「くそっ……俺って、仕事が無くなるとこんなにも駄目な人間だったのか……そりゃあ、婚約者にも逃げられるよな……」


 退屈な時間は心を蝕む劇薬だ。嘲り笑う上司と婚約者の顔がチラついてどうにもならない。自分がどうしようもない人間に思えてきて、どんどん自分が嫌になってくる。


 そんなとき、SNSで仲良くしているAKIRAさんからメッセージが届いた。


『良かったら今度地元で花火大会があるんだけど、HAYATOさんも来ない?』


 実は、会社のことや婚約者のことも、AKIRAさんに盛大に愚痴っていた。おそらく時間を持て余し、心が病んでゆくのを見かねて誘ってくれたのだろう。有り難いことだ。感謝しながら二つ返事でOKする。



「でも、花火大会か……そういや大学のとき以来だな」


 仕事しかしてこなかった自分自身に呆れながらも、久し振りの高揚感が心地よい。


 隼人は、早速旅行の準備を始めるのだった。




 AKIRAさんの地元は、北陸地方の温泉が有名な町だった。聞いたことがない場所だったので事前に調べたのだが、温泉だけでなく、観光資源も多い実に魅力的なところなのだが……



「これでアクセスが良ければ、もっと有名になるんだろうけどな……」


 そう、とにかくアクセスが悪い。北陸新幹線からローカル線を乗り継いで、東京から6時間半もかかる。当然日帰りは不可能だし、知名度が無いに等しいので、観光客の選択肢に入ることはないだろう。



「うう……それにしても、身体が重い。自業自得とはいえ、少々情けない」

 

 興奮しすぎて昨日から一睡も出来ていないのだ。遠足前の小学生かと恥ずかしくなる。


 スーツケースをガラガラと引きずりながら、改札を出る。


 AKIRAさんの実家が温泉旅館だというので、宿の心配はない。しかもわざわざ駅まで迎えに来てくれるというのだから、本当に感謝してもし切れないほどだ。



「えっと……たしか、温泉旅館『志乃』だったよな……」


 ロータリーには数台のタクシーと送迎用のワゴンバスが停まっている。


「あ、あれか!」


 藤色のワゴン。車体に大きく温泉旅館『志乃』と書いてあるから間違いないだろう……間違いないのだが、降りてきたのは女将さん? にしては若すぎる女性。


「もしかして、HAYATOさん?」


「ふえっ!? あ、は、はい……そうですが」


「ぷっ、あはははは、なんですか、ふえっ!?って? HAYATOさん面白すぎます」   


 けらけらと笑う女性に顔が熱くなる。我ながら、ふえっ!? は無いだろうと思う。


「あの、AKIRAさんも来ているんですか?」


 恥ずかしさもあり、話題を変えようといまだに笑っている女性にたずねると、一瞬きょとんとして、また盛大に笑いだした。何故だ……解せん。


「あははははははっは……ひ、ひぃっ、く、苦しい……私を殺す気ですか? 私がAKIRAですよ? あはははは!」


「……は?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。ずっとAKIRAさんは男だと思っていたから。そして、理解したと同時に激しい後悔と羞恥心が襲ってくる。


「……あの、AKIRAさん、なんかすまなかった」


 男だと思っていたから、遠慮なく下ネタ全開な話もしていたし、女性が聞いたらドン引きしそうなことも相談していたのだ。まさか年下の女の子だったとは……死にたい。


「ふふふ~、良いんですよ、私はそういうHAYATOさんが気に入っていたんですから」


 にんまりと笑うAKIRAさんにドキッとしてしまう。


「ああ~! 今、ドキッとしましたよね? ね?」


 もうやめてくれ……俺のライフは心身ともにゼロだよ?




「じゃーん! ここが我が家、温泉旅館『志乃』ですよ! どうです?」


「おお……なかなか風情のある良い旅館じゃないか……」


 おそらくは立派な建物だったのだろう。古くなりだいぶ傷んできてはいるが、歴史と風情を感じられる隠れ家的な雰囲気の旅館だった。


 聞けば、AKIRAさんは、地元の高校を卒業したばかりで、現在、実家の旅館を継ぐために勉強しているらしい。



「ほら、行くよ! 急がないとね」


 部屋に着くなりすぐに連れ出される。もうすっかり忘れていたが、そういえば花火大会を見に来たんだった。疲れた体に鞭打って宿を出る。 



「え? まだ早くないか? 打ち上げは暗くなってからだろ?」

 

 外はまだ明るい。場所取りするにしては、そこまで混雑しそうにないのに。



「んふふ~、ここの花火大会、実は別名、鬱上げ花火大会っていうんですよ」

「う、鬱上げ花火大会!?」


 ダジャレなんだろうか? よくわからないが、反応に困る。


「さあ、HAYATOさんも思い切り日頃の鬱憤を込めて書き込んでください!」


 AKIRAさんによれば、人々の不満や鬱憤、人に言えない悩みなどを短冊のような紙に書いて打ち上げ花火とともに空へ打ち上げるのだという。 


 言われてみれば、周囲の人々は鬼気迫る集中力で、何やら短冊に書き込んでいる。正直怖い。


「AKIRAさんも書くの?」

「当たり前じゃないですか。年に一度ですからね。気持ちいいですよ。打ち上がった瞬間にスカーッとしますからね」


 こんなに天真爛漫なAKIRAさんが一体何を書くのか気になる。まさか俺のことじゃないだろうな?


 急に不安になってAKIRAさんを見ると、にっこり笑って、ペンと短冊を渡される。なんか怖い。


「よし、書くぞ」


 一度書き始めたら止まらない。結局短冊10枚も書いてしまい、AKIRAさんを苦笑いさせてしまった。闇が深くてすいませんね。




 ひゅるるるる~……ドーン……パラパラパラ…… 



 夜、旅館の三階にある特等席から花火を鑑賞する。


 先ほど書いた自分の鬱憤が夜空に打ち上げられて美しい花火となって散ってゆくのは、思っていたよりずっと気分が良い。あの花火一つ一つに人々の黒い思いが詰まっていると思うと実にシュールではあるけれど。


「HAYATOさん、どうですか? すっきりするでしょう?」

 

「そうだなあ……なんだか嘘みたいにすっきりしたかも」


「それは良かったです。色々ありましたからね~」


 悪戯っぽく隣で笑うAKIRAさんの背後に咲き乱れる大輪の花。


「……綺麗だな」

「はい、この町の花火職人は腕が良いのですよ」


 自慢げに微笑むAKIRAさんだけど、褒めたのは花火だけじゃないんだけどな。


 

「……よし、決めた」

「……え? 何をですか?」


 きょとんとした表情のAKIRAさんから目を逸らす。


 今はまだ言えないけど、明日になったら伝えよう。


 無期限延泊お願いします……とね。 



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― 新着の感想 ―
[良い点] いいですね!こんな出会いも! なにげなーく会いに行って「ふえっ!」てのは 思わず場面を想像して笑いました [一言] 最初は心配してたけど途中からは ニヤニヤしながら読んじゃいました こうゆ…
[良い点] 周回遅れでようやく読みましたにゃあ 鬱アゲ花火とは、うまいですにゃ〜 なろう作家さんでも、性別間違えたことが何度かあります ちなみに間違われたこともあります (以前は性別非表示にしてたの…
[良い点] よく笑う女性ですね。それだけにきっと魅力的な女性なのでしょう…… 主人公が惚れるのも無理はない……と言いたいところですが、流石に惚れっぽすぎな気もしなくはありません^^; 散々な目にあっ…
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