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LEANA1010-リーナサウザントテン-  作者: 上川 三
第一話 メイストーム・ランデブー
9/13

8 異色然りは一式の、十に一重が墓羽織

 固く閉ざした瞼に、うすら寒い風を感じた。それは僕の左肩あたりに吹き付けてきて、首元をなぞるように駆け抜けていった。止まない鳥肌をさすりながら、僕は今回の悪夢を目の当たりにした。

「これは・・ひどいな」

思わずそう呟いていた。

僕が今立っている場所は、辛うじて原型を留めている板張りの床の上だった。一見古風で郷愁を覚える板張りだが、一歩先からはひどくひび割れていて、ところどころ床そのものが抉り取られたように欠けている。そこを試しに覗き込んでみれば、「落ちれば終わり」と簡単に直感できるほどの重い闇が広がっていた。

そして視線を床から上に向ければ、次は壁の代わりと言わんばかりに立ちふさがる襖の群れがあった。それら一つ一つから、取っ手に手をかけることすら憚られる威圧感を感じる。

「ぐっ・・」

悪夢とはつまり、その人が作り出した自殺の迷宮である。したがって精神状態が荒めば荒むほど、悪夢は醜くおぞましいものへと変質してしまう。それが発症者の脳内であるが故か、制限はない。死ぬまでひどくなる一方だ。

「時間がないな」

この悪夢はかなり進行してしまっている。だが一昨日のように、迅速に夢主を排除すれば一旦は落ち着くはずだ。発症者に後遺症を残さないためにも、一刻も早く行動する必要がある。

僕はとりあえず直感に任せて、目の前にある襖のうちの一つにそっと手をかけた。


一つ目の襖の開くと、どこか懐かしい匂いがした。そのまま僕が襖を乗り越えると、風景が早送りしたコマのように切り替わっていき、板張りの床は次々と回転を始める。そして遂には、畳と畳の匂い以外には何一つとして存在しない空間に早変わりした。

「うわぁ」

日本人としての性なのか、ここを土足で踏み荒らすのは気が引けた。それほどまでに見事な畳だとなんとなく分かった。

そんなとき、ふと気配を感じた。僕はそちらに振り向いた。

「糸織・・?」

気が付けば、後輩の名前が口から出ていた。なんとなく、ソレが糸織に似ていたからだった。

巫女のような装いをしているが、腰まである黒髪や顔立ちはそのままだ。元々美人系ではあったが、今はない魅力的な色香に少しだけ赤面してしまう。糸織をそのまま十歳くらい大人にしたような感じだ。

しかし、ソレが糸織本人であるわけがない。彼女は僕をボコボコにした後、実習室のある別棟を去ったのだ。そして最も大きな根拠は、ソレが背後にある襖を守るように立ちはだかっていることであった。

僕はすぐに刀を構える。

――侵入した相手の記憶を読み取るタイプの悪夢か?

「もしくはお前が夢主か、だ」

そのどちらかである可能性が高い。後者であれば、ソレは知り合いに姿を似せる程度の能力ということになる。つい一昨日に強かな夢主を相手にした僕は、まるで負ける気がしなかった。

そう考えるだけで体が軽かった。僕は一瞬のための後、一歩でソレの懐へ潜り込むことができた。ソレにとっての視界の外へ身を屈めて、低い姿勢から刀を振り上げるように払う。これを躱すか弾くか、どちらにしても追撃できるように、僕は二の太刀も用意した。

しかし、一つ目も二つ目も、どちらの斬撃もすんなりとソレの肌を深く裂いていった。ソレはよろよろと後ろへよろめいて、自分の腰から胸にかけての傷をじっと観察しているような仕草を見せた。

「ははっ」

思わず笑みがこぼれてしまった。それほど楽勝だった。あと数回これを繰り返せば、ソレはそのうち消え失せるだろう。僕は意気揚々と背後に回って、刀を真一文字に薙ぎ払ったーーいや、薙ぎ払おうとした。

「――っ!」

糸織に似たソレは、左手をおもむろに上へ突き出した。その手に握られていたのは、見覚えのある小さな円筒だ。僕は驚愕して、まだ途中の刀を止めてすぐに距離をとった。

直後に、僕の視界が雷のような光に染められた。ソレの左手にポリゴン状の粒子が集まっていき、電流のように弾けながら輝く弓のようなものを形どった。

「嘘だろ・・」

ソレはその巨弓をゆっくり下ろして、僕へ向けた。空のはずの右手で弦を引くような動きを始める。だが弦は見えないし、矢も握っていない。ソレが手を離したところで、なにも発射されるはずはないのだ。

そう分かっていても、安堵どころか不安がせり上がってくるばかりだった。

汎用砲はんようほう・・?」

その円筒は悪夢祓いの装備のうちの一つ、遠距離攻撃専用の武装で汎用砲と呼ばれるものに似ていた。なぜそれを悪夢が再現できるのかーー訳の分からない状況に、頭が真っ白になった。

戸惑う僕は射線から動くことが出来ず、ソレが不可視の弦を解き放ち、まるで雷が爆発したような音が耳に飛び込んできたことでようやく正気を取り戻した。

咄嗟に床を転がったが、僕の左手をなにかが掠めていった。それだけなのに、肘から先が赤く膨張してから、トマトのように汁をまき散らしながら潰れた。

痛みはーーない。「左手を潰された」という感覚はあるが、痛みはまったく感じていない。だから、問題はそこではなかった。

「しまっーー」

僕は潰れた左手を見て、そうこぼした。これでは両手で刀を握ることすらできない。これが夢主であるという確証がないのに慢心して、戦闘能力を大きく削がれてしまった。

僕は油断を噛み潰して、正体不明のソレを見据える。ソレは二射目に備え、またも不可視の弦を引いて僕に狙いを定めていた。――まずい。そう思った時には、僕の足は動いていた。

僕はソレを中心に、円を描くように駆け回った。到底目では追えない速さに、ソレの狙いがぶれる。極細の雷が僕のいない空間を射抜き、畳をひどく焼いていった。僕はそれを見て、右手で握る刀を逆手に構えた。

「ふっ」

三射目を構えるその前に、僕はソレに向かって駆けだした。ソレはすぐに僕に向かって弓を構えるがーー遅い。「弦を引いて、手を離して撃つ」という弓として不可欠の動きのせいというより、遠方から操作されているラジコンのように反応が鈍かった。照準が僕にまるで追いついていない。僕は駒のように回転しながら刀を振るい、片手一本で腹を真っ二つに断った。

ソレは糸織に似た顔で、苦悶の表情を漏らした。傷を押さえながらうずくまるが、徐々に体がズレていく。やがて下半身を石像のようにその場に残して、ソレの上半身は畳を転がった。

「一体・・・・」

ソレの体は宙に向かって、糸がほつれるように消えていく。僕は今までの一連の光景が幻であったのではないかと疑い、失った左腕にその疑いを打ち砕かれた。

悪夢が悪夢祓いの装備を再現することなど、噂話ですら聞いたことがない。倒しても悪夢が崩壊しないのだから、この不可思議な存在が夢主ですらないのだ。

「いやーー」

今考えても仕方がないことだ。とにかく、先へ進まなければいけない。僕は刀を収めて、先の襖へ向かった。


二つ目の襖を片手で開いた。そこは慣れ親しんだ空間で、今日も多くの時間を過ごした場所だった。

「・・第一高校うちの教室か?」

やや古いような感じはするが、基本的な造りはそっくりだった。唯一違和感を覚える点は、二つあるドアの内の一つが襖になっていることくらいか。しかし一方が普通のドアとなると、進むべき襖がどこにあるか分からなかった。僕はそこで足を止めて、教室の隅々まで観察した。

「次のは・・」

そうやって少し探してみれば、すぐに襖は見つかった。今までものと比べればやや小さいが、窓ガラスのうちの一つがそれだった。

そこでようやく僕は、教室に入った時から目を引かれていた存在に刀を向けた。そいつはさっきと負けず劣らず素っ頓狂な見た目で、教壇に座っていた。

たしか虚無僧とかいう奴だったか。詳しい名称は分からなかったが、その藁の籠を逆さにしたような被り物はあまりに目立っていた。

動きはーーーーない。まるで置物のようだ。

僕はとりあえず、試しに斬りかかってみることにした。ソイツの肩から腰まで袈裟に斬りこむつもりで刀を振り下ろすがーー微動だにしない。こんなものを斬っても体力の無駄なので、僕は刃をすんでのところで止めて、刀を収めた。

「なんなんだここは・・まったく・・・・」

この悪夢の異常さには頭痛を感じる。僕は頭を抱えながらソイツを素通りして、次の襖へ急いだ。さっさと夢主を倒して夕飯にありつきたかった。襖を開くと、やや短い一本道が続いていて、その先に黄金色の襖が立ちはだかっていた。「次が終着点なのだ」と悟って、僕は生唾を飲んだ。


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