3 予感
翌朝も幸運なことに、僕は普通に目を覚ました。とっととシャワーを浴びてから学校に向かったが、元々起きる時間はギリギリだ。チャイムと同時に教室へ滑り込む。
担任の門前払先生が出席簿になにやら書き込むのを横目で見ながら、僕は席についた。
「じゃあ朝のホームルームを始める」
一応時間には間に合ったのだから、出席にはなるはずだ。僕も今のところは皆勤賞――というか第一高校はほとんどの生徒が皆勤賞なのだが、それでも気になる。僕は一応手を挙げてから立ち上がり、先生に訊ねた。
「僕、ギリギリセーフですよね」
「ああ。いつもどおりだ」
ならよかった。僕はほっと、席についた。
「じゃあ今日の連絡だが、少しめんどくさいものになるぞ」
そう前置きをしてから、先生は口を開いた。
寝ぼけた頭でなんとか要約すると、「後輩の面倒を見ろ」ということらしい。菱から忙しいとは聞いていたが、実際のところはその一言では済まないほど深刻だったようだ。生徒会がメンタルケアまでしている現状に学校が重い腰を上げ、当面は在校生も動員して新入生をサポートする体制になるらしい。
「ということで面くんと神谷くんは、この後私のところへ来てくれ」
教師からの呼び出しなどろくなことはない。僕はそんな当たり前のことすら、朝のまどろみのせいで思い当たらなかった。
先生が僕と菱を呼び出したわけは、ホームルーム中に言った「新入生のサポート」の試験運用を僕たちに頼むためだった。今日から一週間くらいの間、実習があればそれに後輩を同行させるなどして、放課後などに指導してほしいと言われた。
もちろん、僕が反論しないわけがなかった。
「ちょ・・嫌ですよ!」
「嫌と言われてもなぁ」
廊下中に響くほど大声を出した自分に驚きながら、しかし抗議をやめるわけにはいかない。少し声を潜めてから続ける。
「僕らの頃は先輩からの指導なんて、そんなのなかったじゃないですか」
「お前がよく言う・・入学者数が今年から増えたんだ。今までと同じでは、ついていけない人間が出てきてしまうんだぞ?」
「うっ」
そう言われてしまうと弱かった。僕は怯んで、すごすごと数歩後ずさる。
悪夢祓いは人類が悪夢に対抗できる唯一の存在だ。そのため、悪夢祓い養成機関の一つである第一高校の入試倍率は恐ろしいほどに高い。入学のためにどれだけの努力が必要か、それはこの高校にいる者でなくてもおおよそは分かることだ。それなのに学校の教育不足で留年にでもなったら、残念に思うのは本人だけでは済まない。
「めんどくさいのは皆同じだ。でもかわいい後輩のために少し手伝ってやってくれないか?」
先生の言う通りだ。「嫌です」なんて、去年に京先輩に散々お世話になった僕が言えることではない。それは僕自身が一番分かっていた。
しかし、恩知らずは重々承知の上、僕は頷くことができなかった。
押し黙る僕の隣で、菱がようやく口を開いた。
「先生、今のところ指針のようなものは決まっているのですか?」
「面にはいっそう申し訳ないんだが、まだない。というよりお前たちからのフィードバックを受けて決めたいようだ」
マニュアルも前例もなしの後輩指導を、一般生徒二人に丸投げだ。一体この高校はどうなってるんだーーと、毒づく気力はもうなかった。
「とにかく、私から一年の奴にも話を通しておく。今日の放課後から頼んだぞ」
先生はそう強引に話を終わらせて、忙しそうに廊下を小走りしていった。こればかりは先生に言ってもどうにもならない問題のようだ。
「菱・・」
若干の期待を込めて隣を見る。菱は「仕方ないさ」とでも言いたげな表情で、肩をすくめていた。生徒会長として抗議する気はないらしい。
「マジかぁ・・・・」
正直に言ってやりたくない。まるで針のむしろだ。
僕は深く項垂れた。
2020.09.08 改稿