苺花:カレッジライフ ―卵の行方は―
「オルタナティブ・ワールド・コーリング」
「あ、ネギ先輩。」
その声の方向を振り返ると上回生のネギ先輩もとい玉城先輩だった。本名は玉城葱なんだけど、下の名前の漢字が葱だから、私たちはこの先輩を「ネギ先輩」のあだ名で呼んでいる。
白衣姿のボサボサ髪の研究者みたいなこの先輩は、先生の手伝いとして新入生ゼミに顔を出しているのだ。
そういえば先輩の声を聞いたのは初回の自己紹介以来な気がする…
「オルタナティブ・ワールド・コーリングっておいおい…」
「オワコンじゃねぇか…まだやってる奴いるのかよ…」
「ネギ先輩…正直アレな人だとは思ってたけど…」
遠藤君達男子3人組がコソコソと話をする中、私は「オルタナティブワールドコーリング」というどこかで聞いた覚えのある名前についていろいろ考えていた。
何か聞き覚えがあるのだ。いったい何だろう。テレビとか…クラスのみんなの話とか…
「あ、そのゲーム! オルタナティブ…ワールドコーリング?って聞いたことあります! なんかすごく流行ってたゲームですよね!」
「「「え!?」」」
そう、思い出した!
今から8年くらい前に発売されて凄く話題になってたゲームだ!
「確か、ダイブ系のVR文化が世界中のたくさんの人々に広がるきっかけになったくらいの凄いゲームですよね? 私が小5の時にテレビとかクラスですごい話題になってたの覚えてます!」
私の言葉にネギ先輩が自信ありげに頷く。
「その通り! オルワコ…あ、これはオルタナティブ・ワールド・コーリングの略称なんだけども、このゲームはまさに世界を塗り替えたといっても過言じゃない。このゲームは当時まだパッとしていなかったフルダイブ系VRへの人気を一気に爆発させたゲームであり、社会に与えた影響を鑑みればそれはもはや一ゲームの枠を超えたこの情報社会の革命児ともいえる傑作なんだ。当時あちらこちらで打っていたCMがあっただろう? 『もう一つの世界が君を待ってる!』っていうフレーズを耳にしたことはあるはずだ。オルワコはその言葉に偽りなく一度ログインすれば『もう一つの世界』としか形容できない体験を味わうことが出来………」
「うわぁ…話が止まんない…」
「まさか桂城が食いつくとは…」
「ネギ先輩…正直アレな人だとは思ってたけど…」
男子3人組がコソコソと何か話してるけどネギ先輩は止まらない。
「オルワコか…引退してからずっと情報入れてなかったからなぁ…」
柚葉も何か考え込んでる様子…
「オルワコはサービス開始からかれこれもう8年は経とうとしてる老舗VRMMOだけど技術力という点においては最新ゲーム達にも勝るとも劣らないクオリティ、いや、まだまだその先を行くクオリティであると断言できる。視覚聴覚嗅覚味覚触覚、人間の五感に訴えかけてくる情報は現実のそれと全く遜色ない。そんな世界で夢の冒険ができるんだ。いや、冒険じゃなくてもいい。冒険や戦闘はゲームの醍醐味だけどそれだけじゃないんだ。美しい景色に感動したり、おいしい料理に舌鼓を打ったり、自分だけの作品を作り上げたり、いろんな人たちと交流したり…いわばゲームの中に人生があるのさ。楽しみ方は人それぞれ。この圧倒的自由度の高さこそが………」
な、なんだろう…申し訳ないことにゲームの面白さは一切伝わってこない。だけどこの人は本当にこのゲームのことが好きなんだということだけは伝わりすぎるくらいに伝わってくる…それほど夢中になってるってことなんだろうな…少しだけ興味が湧いてきた気がする…いや、ほんと何言ってるのかわからないのが申し訳ないんだけど…
結局、教授が来るまでずっとネギ先輩はオルワコについて語り続けたのだった。
――――――――――
「苺花。やりたいゲームは決まった?」
講義終了後、帰り支度を始めた私に柚葉が話しかけてきた。
「う~ん…まだ迷ってる。柚葉は何かやりたいゲーム見つかったの?」
「いやさ、オルワコは私もプレイしてたからさ…」
「柚葉もやってたの?」
「それなりにね。最後にやったのはもう3年以上前だけど…」
少しだけ言い淀む。
「まあでもいいゲームだよ。そこは私も保証する。」
「そっか…じゃあ一緒にやってくれる?」
「もちろん。言ったでしょ『できることなら何でも教える』って。」
「ありがとう!」
「古城さんもやってたんだね。」
「あ、ネギ先輩…お疲れ様です。」
「せ、説明凄かったです! ありがとうございました!」
「…ありがとう。何か聞きたいこととかあったら答えようかなって思ってたけど、経験者の友達がいるのならひとまずは問題なさそうだね。もし何かあったら講義の時間外とかゲーム内とかで聞いてくれていいから。後、今後はしゃべりすぎないように気を付ける。」
「…あー!でもオルワコの世界ってすごく広いんですよね?会うのはすごく難しくありませんか?」
「いや、そうでもないかな? 今日は『ルインス』ってアバターで一日中『剣先の丘』に張り付いてるから。」
けんさきのおか…? ゲーム内の地名かな?
「えーと…2番目の街の近くにあるスポットでしたよね?」
経験者の柚葉が私の代わりに応答する。
「そう。最初の街からもそんなに遠いわけじゃないし一日目の目標としてはちょうどいいんじゃないかな?」
「そうですね。それじゃ、そこを初日の目標にしときます。」
「まあ、無理して来なくても大丈夫だから。人にはそれぞれ人に合ったペースというのがあるし。それじゃ僕は失礼するね。」
そういうとネギ先輩は今度は遠藤君達に話しかけ始めた。ところどころ「オルワコが…」「オルワコに…」「オルワコを…」と聞こえてくるから、多分オルワコの布教なんだろうな…
「すごい熱気だね…」
「あんなにしゃべる人だとは思ってなかったな…」
「それは私も…」
その後二人で話し合った結果、今日の午後6時にゲーム内で落ち合おうと決めた。
「…それじゃ、私たちもいったん解散しますか。」
「そうだね。私は今日はこのゼミだけで終わりだけど柚葉は4限もあるんでしょ?急がなきゃ!」
「忌まわしいことにね!はぁ…私の方も休講だったらよかったのに…」
「文句言わなーい! 明日からはまたゴールデンウィーク!ここを乗り越えたらゴールだよ!ファイト!」
「一足早くゴールしよって~!」
文句を言う柚葉の背中を見送った後、大学の出口へと足を進める。
さて、やることは決まったし色々調べものしながら家に帰ろう!