柚葉:カレッジライフ ―若気で若木の争奪戦―
ここからが序章です。
現実世界よりもゲームをプレイしてるとこが見たいなら2話後ろの「アマオー:レッツスタート」へGO
「おはようございます」-「今日も一日頑張ろう」-「大学にはもう慣れた?」-「何かあったら相談してね」
バス停から大学までを繋ぐ道。大学のマスコットキャラクター(絶妙にかわいくない)が通る生徒たちの間を飛び回りながら声掛けに励む。
当然ながらその声掛けの対象には私も含まれる。無遠慮に顔を近づけて「大学にはもう慣れた?」と尋ねてくるそれの眉間を小突いてやりたい衝動に駆られるが、あいにくホログラムなので実行してもすり抜けるだけだ。
うんざりするなーとかそんなことを考えながら大学に入ると突然ファンファーレが鳴った。何事かとデバイスを起動し大学のアプリを確認する。
「登校特典:大学食堂のラーメン値引きクーポン!精算時に提示してね!」
「へぇ…登校でそんなのがもらえるんだ…」
―――――
―昼休み―
古城柚葉はゼミ教室の片隅で昼食を取っていた。
本日のメニューはサンドイッチと菓子パン、後は国家推奨の栄養食を流し込む。今朝のクーポンは使わなかった。先約があったからだ。
「ゆーずは~!」
「んぐっ!?」
突然の抱き着き攻撃に不意を突かれ流し込みかけてたゼリーが逆流する。容器の中には少し戻したが幸い外には噴き出さなかった。淑女としての体裁は最低限守れた…と思う。
「ちょっと苺花~! いきなり飛び掛かってくるのは止めてって!」
「ごめんごめん~♪」
抱き着き状態の幼馴染をやんわりと振りほどく。
桂城苺花は幼い頃からの親友だ。中学を除いて幼小高大同じ学校同じクラスという運命的な縁で結ばれている。まあ、高校と大学は苺花に志望先を合わせたからなのも多分にあるけど…
それにしても元々明るい子ではあるが今日は底抜けに明るい。昨日の夜から「見せたいモノがある」とずっとメッセージで言っていたし十中八九それだろう。
それにしても「見せたいモノ」って何だろ?
食べ物? 洋服? 化粧品? はたまたペットとか彼氏…?
彼氏!?
彼氏は認められない!いや、でも本人の幸せを考えたら好きにさせるべきだし…そもそも苺花の事に私が過度に干渉するべきじゃない。でも悪い男だったら容赦しない。絶対。
「せっかくだから当てっこしてもらおうかな…って思ってたけどやーめた!はい!」
私の悶々とした思考を察してか察さずか、苺花はじゃじゃーん♪の掛け声とともにカバンから赤い箱を取り出した。
パッケージには「フォトン社製VRデバイス『Fairy』」と書かれてある。
「あ、そういうことか~!」
「あれ?もっと驚くかと思ってたのに。」
「いや、想像してたのと違ってて…」
「何想像してたのさ?」
「ひ・み・つ」
「えー」
苺花の家は過保護だからな~。
VRはどんな危険が潜んでいるかわからないからと苺花はVRデバイスを持たせてもらえなかった。苺花はVRデバイスが欲しいとずっとご両親に訴え続けてきたし、私もやんわりとご両親達にそれの必要性は伝えてきた。
流石に大学生ともなればVRデバイスは必須レベルになるし、流石のご両親も折れたようだ。
「それにしてもいいデバイス買ってもらえてよかったじゃん!」
「うん!これでやっと私も皆に置いていかれないで済むよ!」
高校時代はそれが原因で仲間外れにされちゃいがちだったからなぁ…あの頃のことを想うと自分の事でもないのに胸が痛む。叶って本当に良かった…
「とりあえず付けてみてよ!苺花だったらすごく似合うって!」
「うん! 実は昨日届いた時もつけてみたんだけど私だけじゃわからないから柚葉にも見てほしくて…」
苺花は若干照れ臭そうに言いながら一対のデバイスを両耳にはめた。
「すごい似合ってる!」
「本当!? ありがとう! 柚葉が使ってるのとお揃いのメーカーにしてよかった!」
嬉しいことしか言ってくれないんだけどこの幼馴染。
「それでさ、柚葉に聞きたいことがあるんだけどいいかな。」
「もちろん! チャットツールの使い方からおススメの疑似旅行先まで、私に出来ることなら何でも教えてあげる!」
「その二つは昨日も試してみたから大丈夫。私が聞きたいのは何かおススメのゲームは無いかな?って。一人用じゃなくて二人で、皆で遊ぶタイプの。どうかな?」
「うーん…ゲームと来たか… VRのゲームは大体一人用の物ばかり遊んでるからなぁ… 複数人で遊べるゲームの経験もないわけではないけど…」
「それなら『ディス・コード・サイバー・ダイバー』はどうだ?」
やけに馴れ馴れしい声が割り込んできた。確か同じゼミの…え…遠藤?だ。
「ディスコードサイバーダイバー?」
苺花が聞き返す。
「今流行りのVRMMORPGでさ、これが本当に面白いんだよ。桂城も絶対気に入る!」
この馴れ馴れしい感じに単なるゲームの布教以外の意図を感じる。
「実は俺もやっててさ、今初めてくれたら色々教えてやるよ。」
なるほど。そうか。そういうことか。この男は苺花を狙っている…!
自分のゲームを勧め、遊び方を教える名目で一緒にプレイし、「あわよくば…」を狙っているに違いない!
「古城も一緒にどうだ?」
は? まさか私にも声をかけると? こいつ…見境なしのナンパ者か?
それとも将を射るためにまず馬を射ると?
だったら蹴りとばしてやろう。踏みつぶしてやろう。
そして苺花と私に二度と言い寄ろうなどとは思えないくらいに…!
「おい、遠藤!抜け駆けは許さんぞ。それにDCCDなんかよりもいいゲームを俺は知ってる。『デーモンスレイヤーズ・オンライン』がいまいち一番勢いのあるVRゲームだ! 桂城も古城も絶対嵌る!」
「いやいや、SFもダークファンタジーも女の子には向いてないって気付かない? 僕個人としてはキューティー・フォレスト・ストーリーのオンライン版を勧めるね。どうだい? 一緒に。」
あーもう! 厄介が増えた!
落ち着け…落ち着くのよ古城柚葉!ここで断り方を間違えたら私はともかく苺花の大学生活にも少なからずの影響が出かねない。
ここは、冷静に、やんわりと、断るのよ…!
――――――――――
結局状況を脱せないまま昼休みが終わった。もう3限が始まっているというのに喧騒は止む気配がない。
最初から疑心むき出しの私はもちろん、当初は愛想よく接していた苺花もどうすればいいのかわからなくて困惑してるのが伝わってくる。
早く教授に来てほしい。一刻も早くこの場を切り上げてほしい。そもそもどの授業でも常に5分きっかり遅刻してくるのは教育者としてどうなの?
そんな中でふいに予想外の方向から声が飛んできた。
「オルタナティブ・ワールド・コーリング」
それはまさかのゲームの名前だった。