アマオー:レッツスタート ―一期一会じゃ終わらせない―
ホブゴブリンの討伐。それがこのチュートリアルの最終試験。
「ウガアァァァ!」
ホブゴブリンが吠える。ゴブリンの3倍はあるそれはその分耐久も高いだろう。
魔法適正のある種族かつ魔法職であってもレベル1のステータスでは撃てる魔法の数も威力も限られる。さらに言えば、今までの訓練で放ってきた魔法によってMPをほとんど消費してしまっている以上慎重に立ち回らなければならない。
「もしも魔力量が足りなくなったら、失った魔力量を回復させてあげてもいいわよ~」
氷漬けのホブゴブリンの肩に腰掛けたサリアさんが私に語りかける。
「ありがとうございます。でも大丈夫です! 私一人でやります!」
「あらそう? 頑張ってね!」
振り下ろされる棍棒を横跳びで回避。動き自体は通常のゴブリンの方が俊敏だが、それをカバーして余りある体格の利。繰り出される攻撃は、威力も速度も範囲もゴブリンのそれを大きく上回る。詠唱するにも大きな隙を作ることが必須だ。
「アイススピア!」
「ガッ!?」
放ったのは氷属性の魔法。氷の槍がホブゴブリンの足を貫きその場に縫い止める。隙が作れた!次に放つ魔法を選択し視界の端に現れた詠唱文を読み上げる。
「ら、雷神よ、我が声を聴きたまえ! 我が求めるは、うちつらぬくいかづち! サンダーアロー!」
「ガガッガ…!?」
杖から放たれた雷光がホブゴブリンの胸を打つ。さらにその体が不自然に痙攣する。麻痺状態だ!更なるチャンス!
「やった! 炎神よ、我が声を聴きたまえ! 我が求めるは、燃え上がる炎! ファイアーボール!」
「グガァ! ………ゴガアァァァ!」
麻痺状態が解けたホブゴブリンがこちらに突撃してくる。だがその足取りはやや不安定。やはり立て続けに魔法を3発、その内2発を詠唱有りで撃ち込めたのは相当大きい!
「サンダーアロー!」
棍棒を持つ右手を狙った雷の矢。それは狙い通りに右手を撃ちホブゴブリンは棍棒を落とした。
「グア!?」
「ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール!」
こちらへの攻撃を中断し、落とした棍棒を拾いに戻るホブゴブリン。その隙だらけの背中を狙って火球を撃ち込みまくれば…
「ゴ…ガァ…」
丸焼きになったホブゴブリンが倒れアイテムを残して消滅した。
「やった! やりましたよ! サリアさん!」
「お見事! さすが私が見込んだだけのことはあるわ。それじゃあ…」
サリアさんが氷漬けのホブゴブリンから飛び降りる。
「こっちの方も任せちゃって問題ないかな?」
氷を粉々に砕き中のホブゴブリンが再び行動を開始する。
「えぇ!? ちょっと待って! さ、サンダーアロー!」
パチンッと杖先から静電気のようなものが迸っただけで何も出ない。MP切れだ!
「ゴォアァ!」
「わぎゃっ!」
力一杯に振り上げられた棍棒が私にクリーンヒットする。私の体は軽々と跳ね上げられ木々の枝にバシバシ叩かれながら地面へと落下した。
HPは? …半分も減ってる!
「あ! ごめん! 魔力が空になってたのね! 私としたことが! すぐに片付けて…」
「て、手出しは無用です! 私がやります!」
サリアさんの申し出を断り、杖をしまってナイフを取り出す。さっきのゴブリンから回収した得物だ。
魔法職の私にとっては少々心許ない獲物ではあるが、杖で攻撃するよりはマシだろう。それにホブゴブリンは一度サリアさんの魔法で氷漬けにさせられている。勝機はあるはず!
「いっけぇ!」
自分で自分を鼓舞しホブゴブリンへ突撃する。棍棒をギリギリ避けて懐へ。足を、腹を、腕を、手当たり次第にナイフで切っていく…が、手応えがない。
「ゴアッ! ゴアッ!」
ホブゴブリンが左に右にと棍棒を振り回す。一撃目はなんとか避けたが返しの二撃目を受けてしまう。
「っ!」
さっきの大ダメージ程はいかないまでもHPが危険域まで下がる。もう一撃受ければHPは0になってしまうだろう。
「手出しは無用って言われたけど、口出しについては何も言ってなかったわよね?」
「え? あ…はい。」
「戦いにおいて重要な要素に『環境』があるわ。戦う場所がどんな地形なのか? 何か危険な場所が無いか? 利用できる仕組みが無いか? 敵だけを見るのではなく、敵を含めた全体を見渡すのよ!」
「はい! わかりました!」
要するに地形ギミックの利用や警戒、その場でのアイテムの採集や使用を言ってるのだろうと解釈する。
幸い、さっきの攻撃でかなりの距離まで吹っ飛ばされたお陰でまだホブゴブリンとは距離がある。周囲を見渡す余裕は残されていた。
「あれは…!」
視界の端に捉えたのは木からぶら下がるピンク色の果物のようなもの。ゴブリンを視界から外さないよう注視しつつ果物の所へ走る。果物をナイフで木から切り離し採集アイテムの詳細を開く。
〔マジカルピーチの実(天然)〕
その実に芳醇な甘味と魔力を含んだ天然スイーツ。味は絶品だがデリケートかつすぐに腐るので要注意。
【効果】
摂取することでMPが20回復する。
よし!ビンゴ!採集した桃の実をそのまま丸かじりする。
あ、美味しい。凄く美味しい。え、何これ! この状況じゃなかったらもっと味わってたのにもったいない!
「サンダーアロー!」
回復したMPを元手に、迫りくるホブゴブリンの眉間に魔法を撃ち込む。よし!麻痺した!
「炎神よ、我が声を聴け―――」
何度目かの詠唱。既に覚えたファイアーボールの詠唱文。私はまだ気づいてない。視界に映る文字列よりも少し早く詠唱を言い終えたこと。魔法職の上級テクニック「高速詠唱」を少しながら実践していたこと。
放たれた火球がホブゴブリンの顔面を燃やし尽くす。ホブゴブリンはゆっくりと膝をつき崩れ落ちた。
「やった! やりましたよ! サリアさん!」
「やったわね! アマオー! あなたは私の見込み通り…いや、それ以上の逸材よ!」
「ありがとうございます!」
「そんなあなたにご褒美よ!」
「え!? も、もしかしてまたモンスターを…」
「そんなのじゃないから安心しなさい。」
警戒の目を向ける私に対し、サリアさんは懐から緑色の巻物を取り出した。
「ほら、この紙に手をかざして。」
「は、はい。」
言われるがままに手をかざす。すると緑色の巻物から私へ光のようなものが流れ込んできた。やがてその巻物は光を失ったかと思えば灰になってサラサラと消えた。
〔回復魔法を習得・拡張可能となりました。〕
〔下級回復魔法「ヒール」を習得しました。〕
〔状態異常回復魔法「キュア」を習得しました。〕
「えぇ!?」
「僧侶のお株を若干奪っちゃうからあまりいい顔されるものではないんだけどね…」
「なんでこんなことまでしてくれたんですか?」
「なんでってそれは…迷惑かけたお詫びってのもあるけど…一番は私があなたに期待してるからよ。今のうちに恩を売っておけば何か役に立つこともあるかも…なんてね。」
サリアさんが一瞬、ほんの一瞬だけ寂しそうな表情をしたように私は見えた。
「さて、さっさと回復してみなよ! あなた忘れてるかもしれないけどホブに二度も殴られてボロボロなんだから。」
「は、はい!えーと、慈愛の女神よ、我が声を聴け! わがきずをいやしたまえ、ヒール!」
緑色の光が私の体を包み込んだ。ホブゴブリンによって受けたダメージが全回復する。
「さて、それじゃ街に戻るとしますか! おいで! アマオー。」
「は、はい!」
サリアさんにひしっと抱き着いた。
「え? ちょっと? なんで抱き着いてるの!?」
「いや、あの…転移だからきちんとくっつかないとじゃないですか…」
「魔法陣の中に入ればいいだけだからね? 行きはそうだったじゃん!」
「まあまあ、転移できないわけじゃないんだしいいじゃないですか~」
「まあ、いいか。」
サリアさんは根負けしたように肩を落とし、私たち二人を街まで転移させた。
―――――
始まりの町、サーガワン。
そこは冒険初心者たちが集う街。かつての賑わいは失って久しいが、それでも時折新たな冒険者がやってくる。
そんな町のとある一画で、一人の少女と一人のNPCが別れの時を迎えようとしていた。
「これで私から教えられることはおしまい。ここからあなたの冒険が始まるのよ。」
「はい。頑張ります!」
「最初から最後までいい返事ね、ほんと…この先、あなたの身にはいろいろなことが起こるでしょうけど、負けるんじゃないわよ! 私も応援してるから!」
「ありがとうございます!」
「ほら、早く行かなきゃ。友達を待たせてるんでしょ?」
「はい! 失礼します! また会いましょう!」
待ち合わせの時間まであと少し、場所は『立志の噴水広場』。
そこを目指してアマオーは走り出した。
――――――――――
オルタナティブ・ワールド・コーリング
それはもう一つの世界からの呼び声。
世界を魅了し、世界を席巻し、世界を熱狂させたVRMMO。
しかし今はその栄光も廃れ「オワコン」と蔑まれる毎日。
そんな世界に彼女は今更降り立った。
この先で彼女を待ち受けるものはなんだろうか?
いつか悪夢に飲まれるかもしれない。
いつか絶望に落とされるかもしれない。
いつか終わってしまうかもしれない。
ただ、今の彼女の目に映るものは、耳に聴こえるものは、心で感じるものは、夢と希望の新世界に間違いなかった。
アマオーの旅が始まった!
――――――――――
導きの魔女サリアは今まで何人もの魔法初心者に魔法の基礎を教え込んできた。
冒険を始めたばかりの「イア様のお墨付き」に声をかけ、戦闘での魔法の使い方を指導する。
指導が終わればそこで終了。お役御免の彼女がそのプレイヤーに必要とされることはもう二度とない。
それが絶対神の啓示であり彼女を含めた導き手達の役割だからだ。
果てしなく繰り返してきた一期一会。役割が終わればもうそれっきりの関係。
「また会いましょう。」
そんな言葉を掛けられたのは何時ぶりだろうか?
一度きりの関係が当たり前だった彼女にとってその言葉は不思議な余韻を残していた。
「また…会えたらいいわね…」
それは彼女の役割とは相反する想いだ。その想いは絶対に叶わないものだと知っているのに…
「あら、戻ってきた?」
「すいません。『立志の噴水広場』ってどこですか?」