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第閑話 さちよさんのある日の物語③


「第一王子!アルク様!大変です!」


なんだよ。騒々しい。ベッドの中で朝焼けの光に微睡んでいると、ドタドタと足音が近づいてくる。王子は欠伸をしながら、体を起こす。扉が勢いよく開き、大臣たちが転がり込んできた。

「な、何事だ」


「り、隣国が一夜にして、消し飛びました」


「へ?!」


「王子!これを!」

大臣から差し出されたおのれの杖をすこし見つめて手に取る。真っ赤な杖、真っ直ぐに伸びるその杖の表面には一切の傷はなく、よく磨かれていた。杖に映る自分のボサボサとした金髪やだらしなく垂れた涎の跡、幼い顔つきに少し焦る。この少年はさちよたちが向かう先にある小さな国の王子だ。年齢は15、6歳頃、彼は咳払いとともに緊張した面持ちで呪文とともに杖を振るった。


「ご、ごほん。そ、空高く、飛ぶ鳥よ。澄んだ世界に生きる汝の目を貸したまえ。千里鷲イーグル・アイ!」


杖から現れたのは、ガラスで出来た鳥だった。異様に目が大きく小さな体に大きな羽、ぶっ格好にも程がある歪な姿をしていた。ヨタヨタとあるくその姿がとても哀れだった。


「ほら、偵察してこい」


命じられた鳥は一瞬主人を振り向くと弱々しく、ガァと鳴き翼を広げる。広げた反動で翼からガラスの羽がいくつも抜け落ち、音を立てて地面に散らばる。その様に赤面して第一王子は下を向く。情けない。


「あ、アルク王子。杖はもっと繊細に!」

「しょ、初級魔術だろ、これは」


大臣は顔を下に向けながら、つぶやく。大臣の1人は笑いを必死に堪えてぷるぷると震えている。さっきの慌てぶりはこちらを焦らせるための演技だったのか、意地の悪いニタニタとした顔を大臣たちは浮かべる。


「う、うるさい。隣国の様子を探るのだ!目が大きくあれば、それだけ視野が広がるのだ。良く見えるに越したことはあるまい!下がれ!下がれ!」


臣下たちを下がらせたが、気持ちは晴れない。去り際に見た彼らの失望したような憐憫の目や嘲りの表情が脳裏にまとわる。ふと窓際に目をやると、自分の鳥が目に付いた。


「ち、いけ!ほら!」


魔法の鳥はよたよたと歩き、そして、ふらふらと飛んでいく。其の姿にため息をつき、今度は自身の目に杖を向ける。


「我が下僕と我がまなこを繋ぎたまえ。接続」《コネクト》。いったい、何事…。」


窓の外に目をやると魔法に集中せずとも、肉眼で炎が立ち上る様子が見えた。あの方向には隣国があったはずだ。己の魔法の鳥の視界を借りて見る世界はあっという間に赤く染まる。隣国の詳細はわからないが、至る所から火の手が上がっているようだった。その炎の海は意思を持っているかのように蠢き、国を焼いていた。


「一体何が!生存者は?」


懸命に探すが、炎の勢いが強く、様子を図り知ることは出来ない。もっと近づけなければ。王子から距離が離れれば当然、魔法の精度は落ちてしまう。目をこらしてよくみようとしてみるも、視界がぼやける。突然、魔法の鳥の視線が空中に向かう。何かに反応している。なんだ。おっきな赤髪の鹿?魔獣の類か?いや違う。誰か赤髪の人間が背中に乗っているのだ。その正体不明の人物もこちらに気づいたようだった。それまでも笑っていたようだが、さらに高笑いしているようで、背中に背負う大きな黒い杖を抜いて、こちらを狙っている。こ、攻撃される!避ける?それともと、迷っているうちに視界は真っ暗になってしまった。


「ぼくの魔法じゃ…」


何者かの攻撃により、視界は完璧に暗闇に閉ざされてしまった。あの正体不明の人物も気になる。

早く兵を派遣せねば。寝室をあとにする。通りすがりに出会ったメイドに伝える。


「しょ、将軍を執務室に呼べ!えっと、救助隊を、へ、編成する!!」

「みっともないですねぇ、兄上は。護衛も付けずに寝巻き姿でウロウロと」

「グレン」

「ここは公の場。グレン王子と呼ぶのですよ。あ・に・う・え」


執務室に向かう足を止めたのは、弟である第二王子だった。生まれた順番はアレク王子とさほど変わらないが、向こうは正室の子で自分は側室の子である。何かと突っかかってくる。彼は母親譲りの黒髪をきっちりと整え、こちらを見据える。彼の両脇には先程の大臣とこの国の将軍がいた。でっぷりとした大臣とは違い、将軍は鍛え抜かれた肉体とその体に受けた戰傷が生々しい。片方の目には眼帯をしている。


「それには及びませんよ兄上。もう準備は出来ております」


金属でできた戦装束に身を包んだ第2王子は、出発する直前と言った様子だった。


「さては、早速救助隊を編成させたのだな。でかしたさすがだな!」


肩に手を置こうとする。しかし、弟はその手を払って睨みつけてくる。


「救助隊?何を馬鹿な。これは隣国の民を奴隷にするチャンスです」


「ば、バカを言うな。奴隷だなんて」


「兄上、あなたは時代遅れです。今、世界は異世界からの来訪者たちで、混乱してるんです。国力を上げねばなりません。どきなさい」


「奴隷なんて、人間の尊厳を無視したものを我が国でやるなんて」


「綺麗事を言っててもだめです。あの魔法国も内乱で大混乱中。今に世界は大きく動きます。どきなさい。魔法も満足に使えぬ半端者が」


「だが!」


その言葉は自分に向けられる杖で黙らされた。自分と同じ赤い杖。咄嗟に杖を構えようとするも彼の方が圧倒的に早かった。あっけなく杖は手を離れ、弟の手に収まった。


「兄上。いや、アルク。僕は少し先に生まれただけの劣等種のあなたに兄面をされるのがずっと我慢ならなかったのですよ。」


そういうと彼は手にした杖を叩き折った。


「我が兄アルクは、ご乱心なされた。私の命を奪おうと杖を向けた。これはクーデターである。私は正義の名の下、我が兄を投獄する」


「な!!」


誰も反対するものはいない。大臣はクスクスと笑い。将軍は微動だにしない。弟の杖から放たれた魔法弾は腹に直撃し、自分の体を吹っ飛ばした。腹の痛みとは別に遅れてきた背中の痛みで、壁にぶち当たったことがわかった。薄れゆく意識の中で、弟は言うのだった。


「さらば兄上。この国は生まれ変わりますよ。偉大なる僕の手によって」

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