ラック
「ラックちゅわん。なんであんな小さな街で撮影をするなんて言い出したの」
スモークを貼ったバンの中で、少年に声をかける。
「社長、たまには僕だってわがまま言ってもいいじゃないですか、ね」
甘えた声で女に言う。女社長は少しため息をついたが、黙認した。数ヶ月前に突然現れたこの少年はあっという間に自分の事務所の出世頭となったのだ。出る番組は高視聴率続出で、少しでも名前が入ると商品がバカ売れすると言う金の卵だった。今までも特に問題起こしたわけではないが、機嫌を損ねると何が起こるかわからない。
今朝突然彼が言い出して、ラックの歌う曲のミュージックビデオを取るためにこの辺鄙な街にやってきたのだ。歌などを歌えるのかと正直驚いたが、アカペラで歌った曲は美声でその場にいたものが聞き惚れる位だった。マネージャーからも大手のレベルがついていると連絡があった。プライベートはほとんど情報がないので、少しルーツが分かるのかと期待もしている。
「破魔市ねぇ・・・」
どこにでもある小さな街だ。少し変わっていると言ったら街のはずれに神社があり、そこの鳥居をくぐると神隠しに会うなどと言うくだらない噂がある位だ。以前御朱印集めが流行った時期に近くの街で変わった種類がないか取材をしたときにたまたま訪れている。せいぜいその程度しか知らない。彼を見つめていたが、こちらの視線に気づかれ、微笑まれた。はるか年下の彼ではあるが、正直ときめいてしまう。咳払いをして気持ちを切り替え、段取りの話をする。何せスケジュールは詰まっているのである。余計なことを考えてる暇はない。
「・・・やっと始められる」
女社長の話を半分聞きながら街を眺める。この場所に必ずいるはずだ。