3
緊張のために口の中が乾ききっていて、私は上手く喋れなかった。
が、これだけは、どうしても訊かねばならない。
「あの女性は誰だ?」
「ん?」
三島は私が指す方を向いた。
「どの女性だ?」
「あれだよ、あの女性!」
慌てふためく私を見て、三島はニヤニヤと笑った。
これは私の、まったくの偏見なので必ずしもそうとは言い切れないかもしれないが、どうも私の周りの芸術関係の友人は機知に富み、いや、富みすぎて物事を回りくどく、ややこしくして楽しんだりする傾向があるように思う。
このときの三島が、まさにそれで、私が指している女性が誰かもう分かっているのに、わざと違う女性を「あの人か?」などと言ってみたりするのだ。
三島が2人目の違う女性のことを言い出したところで、私はとうとう本気で腹が立ってきた。
「いい加減にしろ」
大声ではないが切実な私の物言いに、さすがの三島もふざけるのをやめた。
「中村が、そんなふうに女を気にするとは珍しいな」
三島が言った。
「彼女は老舗の呉服屋の娘さんだよ。何だ、気になるのか?」
私は三島の顔は見ずに激しく首を縦に振った。
とにかく、彼女を知りたかった。
三島によると、彼女は呉服屋の娘で名前は由梨。
年齢は私より4つ下。