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私の問いに所長は首を横に振った。
「違います」
彼は私の眼を真っ直ぐに見て答えた。
「奥様は2人分を注文して1人分を食べ、2人分の精算をして店を出られるのです」
私は戸惑った。
いったい、この男は何を言っているのか?
「これはこの1ヶ月、我々が奥様にずっと張りついて出した結論なのですが…奥様の頭の中に1人の空想の人物…奥様の心の中だけに存在する人物が居るのではないかと思われるのです」
私は黙っていた。
彼が何を言おうとしているのか、まだよく分からずにいた。
「奥様は買い物の間も食事の最中も誰かに話しかけていました。そこには誰も居ないのに」
所長の顔が青ざめているのに私は気づいた。
「どういう理由かは分かりませんが、奥様の頭の中だけに存在する人物と行動を共にされていると。そうとしか思えない状況なのです。この推論が正しいとなると、これはもう我々の専門外でして。大変、失礼かもしれませんが誰か、お医者様にご相談されたほうが良いのではないかと」
私は言葉を失った。
何ということか。
妻の不貞の相手は現実には存在せず、妻の頭の中に居るのだ。
妻は私を嫌うあまり、頭の中に空想の恋人を造りだしたのだろうか?
そんなに私を愛するのが、つらかったのか?