ちよこれヰと
君はちょこれいとが好きだった。異国の空気が混ざり始めたこの土地で、浮いていたのは私のほうだったのかもしれない。はいからな赤い靴に真っ黄色な洋服。目に毒だと悪態を吐きながらも隣を離れなかったのは、君の笑顔が眩しかったからだった。私は、その眩しさを直視する事すら出来ず、ただ他の男に取られぬよう、居座っていただけだった。思えば唯の私の我儘であったのだ。眉根を寄せ目を背ける私に、君はけらけらと笑いながら手を引き、唇を触れさせた。いつものことだった。破廉恥だと私が怒ると、君は又愉しそうに笑った。口に残る微かなちょこれいとの味。甘味も陽の覗く間の逢瀬も特段好まなかったが、この恒例じみた行為だけは手放したくなかった。
なのに、どうして、
そっけない態度を取り過ぎたからなのか、私の他にいい人でも見つけたのか。ああ、誘ったのはいつだって君からだった。酷い。あまりに酷い。それとも、花火を見に行こうと、たまには浴衣でも着ようと、そんな言葉に期待しすぎた私が悪かったのか。
何時まで経っても君は現れなかった。
陽は沈み、祭りすらとうに終わり、閑散とした神社の脇で私は一人空を眺めていた。月のない、墨のような空。ただすれ違っただけなら、暗い夜に呑まれて上手く見つけられなかったなら、それでよかった。でも、そんなはずはなかった。今日は夏祭り。花火も屋台の提灯も、よくよく人々を照らしていた。なにより、私が君を見紛うはずなど無かった。
もう、逢うことは無いのだと、漠然とした予感が背を這う。震える喉が、君の名を呼ぶ筈の空気を逃がした。
翌朝のことだった。彼女の母から、君が昨日から帰っていないと聞いたのは。
私は懸命に震える声で、昨日は会っていない、一人で帰ったと叫んだ。思わず裸足で家を飛び出した私を宥めた彼女の手は酷く冷たかった。
あれから半年、まだ彼女は見つかっていない。
村人総出の必死な捜索も二月前からだんだんと下火になり、先月ついに打ち切られてしまった。冷えた空気が肌を叩く。不意にあの甘さが懐かしくなった。
すっかり外国の品を売る店が増えた通りで、彼女が好んでいた店のちょこれいとを買う。店先で人目も憚らずにひとつ、口に転がした。何故か、何かが足りない気がした。口内で固形のちょこれいとがほろほろと溶け出していく慣れない感覚には違和感があったが、それではなかった。甘い香りが鼻腔を刺激して、やっと気付いた。震える喉が痛い。小さな、小さな声で、今度は名前を呼んだ。
私が求めていたのは、ちょこれいとの甘さなどではなかった。唇に残る温い口紅はもう、二度と私に触れないのだ。
皆様初めまして。烏目藍羽と申します。
初投稿は私の大好きな「チョコレート」をテーマに短編小説を書かせて頂きました。
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