第8話『盗賊』
翌日はいつもより少し遅くに起床した。
4人は宿の食堂で朝食を取ったが、ジンタが暗い顔をしていたのでレベナは無駄話をせずに食べながら今日の打ち合わせをした。
「ここから首都サグラは、順調にいけば明日には着くわ。」
徒歩でも行けるが、手持ちの現金に余裕があれば馬車で行きたいとのことだった。
体力的な問題ではなく、目隠しになるからという理由だ。
今のところその雰囲気はないが、いつ何時またヒガ村を狙った魔術師に襲われるかわからない。
ただ、箱型の幌を張ったタイプの馬車はそれなりに値が張るという。
4人は朝食を済ませて買い物に出かけた。
ジンタとルーの服装は、クロヌ地域の無国籍感が漂っているため目立つ。
そこで、シュニ風の服を買った。
コルトもシュニ風の服装を買おうとしたが、身体が大きすぎて合うものがない。
「太った奴の服は俺は着ないからな。
動きづらいし。」
コルトは珍しく子供みたいな態度をとった。
ここからは村や町が点在するため食料の不安はなかったが、いつまた逃亡の旅になるかわからない。
そのため、かさばらない程度に保存食を買っておいた。
予想外だったのは、クロヌ地域でタジキが見つけて自慢していた貴石が、かなりの高価で売れたことだった。
レベナは喜んだが、ルーはタジキを思い出してうつむいた。
現金に余裕ができたので、一台の馬車を借り切って、直接サグラまで行くことにした。
区間巡回型の乗り合いの馬車でも良かったのだが、一般人を巻き込むのは避けたかったし、コルトの図体が2人分の料金だと言われたために、貸し切りの方が良いということになった。
「人をデブだとバカにしやがって…。」
コルトは服の件もあって、口を尖らせて拗ねた。
馬車と御者が決まった頃には昼前になっていたので、早めの昼食を取ってから出発することにした。
昼食を食べながらレベナは、
「やはり不穏な気配はしないわね。
でも、この地域全体にのしかかるような重い圧が気になるわ。」
と、改めて周囲を確認するように見回した。
食事や買い物でジンタの表情は多少和らいだが、相変わらず塞ぎ込んでおり、無表情についてくるだけだった。
ルーはなるべくジンタの横を歩くようにして周囲に違和感を生まないようにしていた。
ただ、ジンタの背にある大きな刀は服を着替えてもやはり目立ち、視線に対する緊張はゼロにはならない。
御者とレベナとコルトが打ち合わせている間、ジンタとルーには少しだけ2人の時間ができた。
2人はこれからのことを少し話した。
ルーは漠然と、サグラに到着したらその周辺で生活することをイメージしているようだ。
サグラ周辺には剣術道場もあるようなので、
「ジンタもそこで刀ごとお世話してもらえるといいわね。」
とルーはジンタの目を覗き込んだ。
「とにかく、今はあの2人を信じて進むしかないわ。」
ジンタもそれは同感だった。
様々な思惑はあるにせよ、今はそれしかないだろう。
「そうだね。」
ジンタは力のない返事をした。
正午前に一行は出発した。
御者はグラムという初老の男で、よく喋る快活な人物だ。
悪い人間ではなさそうだ。
シュニ風の地味な服を着ており、くしゃくしゃな髪と口髭を蓄えている。
人の良さそうな目をしているが、全体としては抜かりない商人の雰囲気を持っている。
コルトとレベナは移動中にこの男から様々な噂話や首都周辺の空気感を知りたいと思っていた。
「いやぁ、あんちゃん達みたいな北方からの旅人に会うのは本当に珍しいよ。」
グラムは出発すると早速喋りだした。
コルトとジンタとルーは同じ北方域からの人間ということにしている。
シュニ主要地域から見れば、大きくとらえて北なので嘘ではないだろう。
「姉ちゃんも、北から来たんかい?」
「いえ、私は東南海のマレイから来て、それからしばらく北方域に滞在していたの。
シュニを通るのは4度目よ。」
「確かに、北の顔つきじゃねぇなぁ。」
グラムは屈託なく二ヤけた。
「でっかいあんちゃんと、姉ちゃんは恋人同士かい?」
「…。
まぁ、そんなとこよ。」
レベナがさらりとそう言って、コルトは焦った。
ルーに違う違うという手振りをする。
ルーが、
「そうなの?」
と顔を傾げる。
はぁ…、とコルトは面倒臭そうな顔をしてため息をついた。
グラムという男はこのまま根掘り葉掘りあれこれ聞いてきそうなので、レベナが逆に質問をする。
「この辺りは最近どう?
以前より荒んでいる感じがするけど。」
馬車に揺られてのんびりと進んでいると、ルーにはそう見えなかった。
外に目を移すと、乾燥地帯のため岩場が目立つが、井戸は枯れていないようだし、まばらに家とごく小さな畑はぽつぽつと点在している。
長閑な風景だ。
「そうさなぁ。
だいぶ荒んできたなぁ。」
グラムが遠くを見る目をした。
「王様の頭がいかれちまったんだよ。
変なバケモンとかよく見るしよ。
シュニはどんどん小さくなる一方よ。」
「レンドック王に何かあったの?」
「噂じゃ、悪魔に魂を売っちまったって話だよ。
まぁ、あの王様になって以来、帝国から領土は削られるし、不利な貿易吹っ掛けられるし、散々よ。
それで、気がおかしくなっちまったんじゃねぇのかねぇ。」
「そうなの…。」
以前レベナが通ったときはそんな話は聞かなかった。
北方域に滞在している間に、ずいぶん変わってしまったようだ。
「俺らにとっちゃ、戦争を避けてくれるし、税金も帝国やムレンに比べれば安いし、そんなに嫌な王様じゃないんだけどよぉ。」
「レンドック王の悪い噂は初めて聞いたけど、そうとう苦労しているみたいね。」
「そうさ、帝国の奴らが酷いんだよ。
シュニを属国ぐらいにしか見ちゃいないんだ。
シュニのおかげでムレンとの全面戦争が避けられてるっていうのによ。」
それから、グラムはフォルド帝国とムレン皇国の悪口をひとしきり愚痴った。
しばらく進んでいると、突然レベナとコルトが緊迫した顔をした。
ジンタも何かが迫ってくるのを感じるが、レベナとコルトが動かないのを見て、静観することにした。
バサッ、バサッ、という音が辺りに近づいてくる。
「また、翼竜だぁ。
最近、ああいうバケモンをよく見るよ。」
何事もなく翼竜は飛んで行った。
箱型の馬車にして正解であったようだ。
「なんでも、王様がああいうバケモンを飼ってるって話だがよぉ。
それで国を守るおつもりなのか、それとも戦争でもおっぱじめるつもりなのか。
どちらにしても穏やかじゃねぇよなぁ。」
グラムが肩をすくめた。
その後は何事もなく進んだ。
ガマフという次の街まであと1時間弱だという。
それなら夕刻前にガマフまで着くだろう。
ガマフとサグラは目と鼻の先で、徒歩でも1時間程度で行けるという。
ジンタとルーは慣れない馬車に乗ったため尻が痛かった。
とはいえ、今までと打って変わって平和な旅だったので、ルーは尻が痛い方がマシだと思った。
だが、ここで事件が起きる。
突然、グラムが馬車を止めて、
「あー、運悪いなぁ。
イバラ衆だよ…。」
と言って舌打ちをした。
東の荒野から、多くの馬の蹄の音が聞こえる。
「あんちゃんら、抵抗せんと金目のもん出しとけよ。
あいつらも命までは取らねぇからよ。」
グラムの顔には緊張の色が見える。
近づいてきた馬達が馬車を取り囲むように停止した。
外から、「全員外に出ろ!」という野太い男の声がする。
山賊の次は盗賊か、とコルトがため息をついた。
「グラムに迷惑がかかる。
出よう。」
「大丈夫。
多分、例の魔術師じゃないわ。」
コルトとレベナの指示に従って、ジンタとルーも外に出る。
外には、20人ものむさ苦しい男達が馬車を取り囲んでいた。
汚れた服を着ていたが、多くが帯剣しており、戦闘力はそれなりにありそうだ。
コルトとレベナは面倒臭そうに馬車を降りた。
そして、コルトは棍棒、レベナはナイフ、ジンタは刀を取り上げられた。
「ずいぶん業物の剣を持ってんなぁ。
こりゃ、金になりそうだぜ。」
「なんだこの棒は?
金属なのか?
これ。
売れそうもねぇなぁ。」
単なる盗賊のようだったが、それにしても屈強な男が多く、武器を取り上げられた今、ジンタには抵抗する術はなさそうだった。
「ほら、もっと金目の物、出せよ。」
そう言って、ひとりの男がコルトに顔を近づけた。
コルトは汚物を見るような冷めた目で見返して何も言わない。
男は、コルトの圧倒的な筋肉量に気付いてビビっているようだ。
コルトは、グラムの位置を横目で確認する。
どうやら、今のところグラムに危害は与えられていないようだ。
「この子なんか、キレイな顔しているから高く売れるんじゃないかぁ?」
ある男が、ルーの髪の毛を乱暴に引っ張り上げた。
キャッ、とルーが悲鳴を上げる。
「やめろ!」
ジンタが叫んだが、男は舐め切った顔でニヤついた。
「お前もなかなかの美男子じゃないか。
良い奉公先、紹介するぜぇ。」
と、別の男がジンタの顎を摘まんだ。
堪えきれず、レベナが叫ぶ。
「その子達に触るんじゃ―」
その言葉の途中で、ひとりの男がレベナの顔に、砂を投げつけた。
「っぷ!
ケホッケホッ!」
レベナが堪らず目を閉じてむせた。
ジンタが我慢しきれずに、武器を奪った男から刀を奪い返そうとしたとき、ジンタの目の前を大きな質量のものが飛んでいった。
それは、凄まじい勢いだった。
コルトがルーの髪を掴んでいる男の腹を殴り、手を離させ、更に顔を殴り飛ばした。
そして、レベナに砂をかけた男に回し蹴りを食らわせる。
2人の男が声を出す間もなく吹っ飛ばされて、後方の盗賊にぶつかった。
ジンタは急いでルーを庇うように守る。
盗賊たちは、次々と剣やナイフを抜いて構えた。
しかし、それらの武器をものともせず、コルトは次々と男達を蹴りと拳で倒していく。
ゴッ!ドゴッ!ガッ!と、鬼神のごとき勢いだ。
ジンタはコルトの勢いを見て恐ろしくなった。
レベナは、目がまだ開けられなかったが、手あたり次第男達を魔法で痺れさせる。
「目が見えなくても、氣は探れるのよ!」と叫びながら。
痺れた男達はコルトに容赦なく殴られていった。
ジンタはコルトとレベナを見て理解する。
この2人だけであれば、あのクロヌの戦いも楽に勝てたのだ。
逆に、2人がいなければ、間違いなく全滅していただろう。
タジキを失ったのは口惜しいことに変わりはないが、人を守るとはそれぐらい難しいことなのだ、と。
「ジン!
武器を持って、ルーとグラムを守れ!」
コルトに言われて、ジンタは男のひとりに体当たりをし、即座に刀を奪い返した。
そして、ひと呼吸すると、抜刀した。
大丈夫だ、心は乱れていない。
ジンタは、ルーを連れて、グラムの元に向かった。
馬車を背にし、2人の前に出て、盗賊どもに対峙する。
「来い!
容赦なく殺す!」
ジンタは叫んだ。
その眼は本気だ。
コルトのあまりの強さを見て、盗賊達は完全に委縮していた。
ましてや、目の前の決死の形相で刀を抜いた青年に挑む気はもはやない。
馬車後方の盗賊をあらかた倒して、コルトは前方のジンタ達がいるところまで駆け寄ってきた。
「無事だな!?」
ジンタが力強く頷く。
コルトは残った盗賊達に向き直って凄んだ。
「このまま俺に挑んで倒されるか、負傷した仲間を助けるか、選べ!」
あまりの勢いに、空気がビリビリと振動した気がした。
「後ろの奴らには容赦していない!
すぐ助けなければ死ぬ奴も出るぞ!」
その迫力にジンタもすくみ上った。
コルトから凄い圧力を感じる。
この人だけは敵に回してはいけない。
怒らせたらどんな魔物も勝てないだろう。
残った盗賊達は、震え上がって退散して行った。
コルトに殴られた盗賊達には速やかな治療が必要な者もいる。
鼻が折れたり、顎が砕けたり、完治が難しいと思われる者も。
レベナがやっと視力を回復させて、コルトの所に戻ってきた。
「ちょっと、コルト!
あんたやり過ぎよ!
ジンタとルーが完全に恐がっているじゃないの!」
未だ怒りの形相のコルトが言った。
「恋人に酷いことされたら怒って当然だろ!」
レベナは、そのコルトの一言が冗談なのか本気なのかわからず、呆気にとられた。
結局、何も盗られることもなく、その場に盗賊どもの血痕を残して馬車は次のガマフの街へ向かった。
レベナはルーの頭を撫でて、酷いことされたねぇ、と慰めた。
ルーとしては、20人もの屈強な男共をあっという間に素手で倒したコルトの方がショックだった。
しかし、ルーはしっかりと見ていた。
コルトが何かを呟いて、自分の手足を魔法強化しているのを。
「コルトも魔法を使えるんだわ…。」
北方域から来た青年であることは知っていたが、どんな試練を乗り越え続けたらそんなに強くなるんだろう、とルーは不思議に思った。
やっと、コルトが普段の穏やかな表情に戻ってきた。
「あ、やっぱ俺、やり過ぎたかも…。」
と、ぺろっと舌を出して、コルトがレベナに色々と言い訳をする。
ジンタはそんな2人のやり取りを見て可笑しかったが、自分はまだ拗ねている最中であったことを思い出して、仲直りする前の子供のように無表情を演出した。
この時点で、ジンタの心の内はもう定まっていたのだった。
◇ ◇ ◇
ガマフの街はかなり大きな街だった。
ジンタとルーは、初めての大勢の人に驚く。
首都サグラには更に人がいるんだと思うと、目眩がする。
全体としては石造りの街で、城壁のような高い壁が周囲を取り囲んでおり、ここが戦時の要所であることをうかがわせる。
もともとは美しい街であるようだが、どこか薄汚く、荒れていた。
やはり、例の魔術師の気配はこの街でもしなかった。
が、やはり重苦しい、とレベナは付け加えた。
4人は宿に入って、また運よく2部屋取ることができた。
石造りのがっしりした宿で、多くの人間が宿泊できそうだ。
装飾は派手ではないが、趣のあるオブジェが長い歴史を感じさせる。
従業員が何人かおり、忙しそうに受付やら食事やらの支度をしている。
グラムは馬がいるから馬車で寝ると言ってこの日は別れた。
下手にジンタ達と一緒にいるよりはもしかしたら安全かもしれない。
グラムを多少なりとも巻き込むのは申し訳なかったが、彼もジンタ達が何か訳ありなのを感じ取っているようだったので、あまり気にしないことにした。
部屋に荷物を置き、食堂で4人は夕食を取った。
ジンタの顔がだいぶ和らいでいるのを見たからか、レベナはよく喋った。
コルトはジンタが語りだすのを待っているようで、ジンタには絡まなかった。
「もともとコルトって怒りやすいのよね。
ケイバル村長に、自分を抑えろ、ってよく言われてたし。」
「おいおい、それ、いつの話だよ。
10年も前の話を持ち出さないでくれよ。」
レベナの昔話にコルトはうんざりした表情をする。
ふたりはそれなりに長い付き合いのようだ。
しかし、今日の昼のやり取りを見ると、本当に恋人同士ってわけでもないようだ。
ルーはあれやこれやとふたりの関係を想像して楽しんだ。
食後、初めての馬車の移動でそれなりに疲れていたため、4人は早々に部屋に引っ込むことにした。
ルーは、
「お尻が痛い。」
とぼやきながら部屋に入っていった。
コルトとジンタも部屋に入り、またジンタから部屋の風呂に入った。
ジンタは風呂に入りながら考えた。
今度こそコルトとしっかり話さねば。
風呂から上がり、コルトが風呂に入っている間に考えをまとめた。
風呂上がりのコルトに、ジンタはベッドに腰掛けながら話しかけた。
コルトの目を見て話すのが難しくて、コルトの筋肉に包まれた大きな身体をぼんやりと見ながらジンタは言葉を発する。
「やはり、俺は悪党を許せない。
悪党に襲われたら、また刀で斬ってしまうと思う。」
コルトは向かいのベッドに半裸のまま座った。
その目は真っ直ぐジンタを見ている。
「いいんじゃないか。
それがジンタの生き方になるのであれば。
悪とは何か、正義とは何か。
それを探し続ける生き方をすればいいんだ。」
ジンタは予想外に肯定されて驚いた。
と同時に、何故か涙が込み上げて来た。
まるで師に、父に、自分の考えを認めてもらえたような嬉しさだった。
涙を堪えながら、ジンタはコルトを直視しながら聞いた。
「何が、その人の生き方を決めるんでしょう。
何故、人によって生き方が変わるんでしょう。」
コルトはどかっとジンタの横に来て、ジンタの肩を抱く。
ふわっと石鹸の匂いが漂った。
そして、しばらく考えてからコルトは口を開いた。
「それは多分、生まれついてのその人に与えられた役割によって決まるんだ。
…俺は自分が人を殺す役割にはないと思った。
だから、人を殺さないと決めた。
でも、仮に戦士に生まれたのであれば、人を殺して仲間を勝利に導くことを選ぶだろう。」
与えられた役割…。
ジンタは沈黙してその言葉の意味を考えた。
自分の役割は悪を討伐することなんだろうか。
この刀は悪を斬るための物なんだろうか。
それならば何故、今まで封印されてきたのか。
何故それが、ルーの言う“人々の記憶を呼び覚ます”ことになるのだろうか。
漠然とした小さな違和感がジンタの中に残った。
でも今は、今のこの結論を生きるしかない。
コルトは、“正義とは何かを探し続ける”と言った。
それを探し続けるしかないと思った。
コルトは、ジンタの心が決まったのを顔から読み取る。
「とはいえ…。」
コルトは立ち上がって、新しい服を着る。
「俺は今日、何人か大怪我させちまったけどな。
多分。」
コルトは再び風呂場に戻って、今日着たものを洗いだした。
そして、
「俺もまだまだだなぁ…。」
と呟いた。