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妖刀の末裔と緋のソウマ使い  作者: 白峯
~ 第1章『逃亡の先に』 ~
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第6話『喪失』

翌朝も日の出前に起床した。

河原の洞窟内は意外と快適で、よく眠ることができた。


朝食を取り、5人は今日の行動を打ち合わせていた。

レベナが地面に簡易地図を描く。

「この探査結界からは順調に行けば昼過ぎに出られると思うわ。

でも、この先は木も少なく、野ざらしにならざるを得ない…。

問題はどの経路を行くかね。」

我々はシュニの首都サグラを目指している。

サグラに至るには、目の前のシュニ領内を真っすぐ通るのが正攻法だ。


それ以外だと、一度隣国フォルドかムレンに入るかだが、現時点で誰も入国許可証を持っていない。

こんな山間部に関所があるとも思えなかったが、不正入国と見なされたら、まずいことになるだろう。


特にフォルド帝国は不正入国が見つかったら即死罪になりかねないとレベナは語った。

従って、この線はない。

そこでコルトは、それでも比較的融通が利きそうなムレンぎりぎりの地域を通ることを提案した。


ただし、シュニとムレンの国境にはスラニオス大河が走っており、これを渡るのは困難だ。

また、そこで襲撃されると文字通りの背水の陣になりやすいという。


「本当に最悪の場合は、河に飛び込むという手もある。

この辺りの流れは泳げさえすれば溺れることはないだろう。

敵に殺されるよりはましだ。」

コルトは頭の中であらゆる状況を想定しているようだ。


「3人は泳ぎは得意?」

とレベナが聞くと、3人は即座に首を横に振った。


それはそうだ。

ずっと山奥の人里離れた村で育ったのだ。

近くに池や湖でもない限り、泳ぎは得意なはずがないだろう。

それでも、ジンタとタジキは川遊びの経験からある程度は泳げるという。

ただし、ルーは川遊びの経験さえもないという。


「とはいえ、シュニの真ん中の草原を突っ切って通るのは目立つし、最悪の時の逃げ場を失ってしまいかねない。」

コルトが簡易地図に指で線を引く。

「ムレンからは岩竜や翼竜の存在の話は聞かないわ。

シュニの何処かからかフォルド帝国から使役されて来ているんじゃないかしら。」


結局、シュニとムレン国境のスラニオス大河沿いを進むことになった。

ルーが川に落ちることは避けなければならないが、コルトかレベナならルーひとりぐらいは泳ぎながらでも助けられるだろう。


歩き出す5人。

タジキはジンタの横に並んで呟くように話しかけた。


「緊張するな…。」

それはそうだ。

ここから先は隠れられる場所はないのだ。

いくら気配を消せても、目視できては安全とはいえない。

最も危険な行程といえるだろう。


だが、ジンタはあまり心配をしていなかった。

「大丈夫、今までもなんとかなってきたんだ。

ここも切り抜けられるさ!」

ジンタは感じたままにタジキに答えた。


タジキの顔が少し明るくなった。

「そうだな…!」

タジキは自らを納得させるように、わざと胸を張って歩いた。


 ◇ ◇ ◇


5人は西に逸れながら南に進んだ。

半日歩くと、林を抜けて木がまばらになってきた。

だいぶ空気が乾燥してきて、夏草が減って行く手を阻まなくなった。

その先に進むと、眼下に大きな草原が広がり、西側にスラニオス大河が見えた。


青く突き抜けるような空の下には草原が広がり、スラニオス大河の水面が傾いた陽の光を反射してキラキラと輝いている。

その雄大な風景に3人は感動したが、ここからは視界を遮るものがない。

所々に大きな岩があって、そこには隠れられそうではあったが、岩の間隔が広いために一時凌ぎにしかならないだろう。

敵に襲われないことを願いながら進むしかなかった。


しかし、その願いは叶わなかった。

1時間程歩くと、

「あの丘の辺りで探査結界を抜けるわ。」

との知らせが入るものの、直後、コルトとレベナが立ち止まった。


周囲は背の低いイネ科の草が覆い茂り、風で草原の表面に波模様を作っている。

5人の影が草原にくっきりと落ち、それがまた風で揺れている。

数メートル先にはスラニオス大河が落ち窪んだ地面の底を流れていた。


5人は身体を緊張させながら、周囲の気配を探った。

タジキがゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえる。

凍り付いた時間の中を、サァァァという草が風になびく音のみが一行の周囲を流れた。


「来る!」

コルトが声を上げた。

ジンタも何か大きな氣の塊が北東の方向から来るのを感じる。

「村を襲った化け物か!?」

ジンタは意識を集中して、辺りを見回した。


ジンタの不安は的中した。

ギャー!という声と共に翼竜が3匹飛来してきたのだ。

隠れる場所のない、まさに最悪な場所だ。

5人は河を背に構えた。


河は10m程の崖下をたっぷりの水量で流れている。

それを見てルーが「キャッ」という悲鳴を上げた。


敵は河に対して半円状に5人を取り囲む形で着地した。

翼竜はどれも以前コルトが倒したものよりも身体が大きく、コルトの6,7倍はある。


さらに、その翼竜には3人の人間が乗っていた。

2人は山賊で、1人はローブを身にまとい、黒いオーラを発している。

ローブの男は昨夜コルトとレベナが河原で会った者と同じようだ。


山賊のうちの1人は村でジンタを棍棒で吹っ飛ばした巨漢(きょかん)で、もう1人はジンタが殺しかけたあの弟分である。

「やはり、あいつらから情報が流れたんだ…。」

タジキが呟いた。


コルトが4人の前に出た。

レベナは、ジンタ、ルー、タジキを後方に隠すようにコルトの後ろに立つ。

前には、コルトから見て左から翼竜、山賊、翼竜、山賊、翼竜、ローブの男が、ジンタ達を取り囲むように立っている。


ジンタは自らコルトの左横に進んで出た。

「左の翼竜は俺、やります。」

「危険すぎる。

…が、この状況でそんなことも言ってられないか。

とにかく絶対食われるなよ!

危なくなったら河に飛び込め!」

「はい!」

ジンタは答えた。


ジンタは深呼吸をして刀を抜いた。

心は乱れず、この絶体絶命の状況の中にあって、妙な静けさがある。

とはいえ、両手と両ひざは震えており、恐怖に飲み込まれないように抵抗するのが精一杯だ。


弟分の山賊が叫んだ。

「このクソガキ、よくも兄貴を()りやがったな!」

この声が戦闘の開始の合図になった。


レベナが、魔法で即座に賊2人を眠らせた。

コルトはその場で様子を見ていたが、襲い掛かってきた中央の翼竜の首を棍棒でへし折った。


コルトの打撃の瞬間、ローブの男がコルトに何かの魔法をかけたようだ。

コルトは全身を痺れさせて、その場で膝をつく。


「くっ!」

しかし、即座にレベナはコルトに痺れを解く魔法をかけてコルトを復活させた。


コルトは、そこから右の翼竜に飛び掛かり、一撃で首をへし折った。

そして、右端に立つローブの男に向き直った。


コルトは何かを呟いた。

するとコルトの棍棒が鈍い光を(まと)う。

即座にコルトはローブの男に殴りかかった。


ローブの男は再びコルトに魔法をかけた。

しかしコルトは、その光球を棍棒で払い除け、そのまま男の腹を右から薙ぎ払った。

気体のようなローブの男の腹が棍棒の軌跡に不自然に消え、そのまま全身が捻じれて霧散する。


しかしその時、その男の口元は何かを呟いていた。

去り際に何かしたことをコルトは察知したが、それが何かはわからなかった。


ジンタは、左の翼竜に向かっていった。

翼竜はジンタを上から食おうとしたが、ジンタは右に避けてそれを逃れた。

ジンタの左横に翼竜の左目がぎょろりと光る。

すかさずジンタはその眼に向かって刀を突きさした。


「ギャー!」

目玉の真ん中には命中しなかったが、左目を使えなくするには十分だった。

だが、有効な攻撃には間違いなかったのだが、ジンタは運に恵まれていなかった。

半狂乱になった翼竜は首をでたらめに振って、不運にもジンタはそれに当たってしまい、中央の翼竜の位置まで吹っ飛ばされてしまった。

ジンタは、コルトが倒した中央の翼竜の腹に背中から衝突して、そのままずり落ちた。


翼竜は、衝撃でうな垂れ動けないジンタを右目でぎょろりと見た。

今度こそ正確にその口がジンタを狙っている。

しかし、ジンタの位置は吹っ飛ばされた影響で翼竜からは少し距離があった。


レベナは、コルトの痺れを解いたところだった。

ジンタの危険を察知して、翼竜の動きを少しでも鈍らせる魔法の詠唱を開始する。


そのとき、「ジンター!」と叫んでタジキがレベナの前を駆けて出てきた。

「タジキ!

来るな!」

ジンタは叫んだが、タジキは無視して翼竜にロープを投げて首に引っ掛け、ぐいっとそれを強引に引っ張った。

強制的に首を向けさせられた片目の翼竜は、引っ張った張本人であるタジキを凝視する。


それは一瞬の出来事だった。

翼竜はタジキに対して口を大きく開いた。

その口内は不自然に真っ黒な闇だった。


「なんだ、あれは!?」

まだ体の動かないジンタと詠唱中のレベナはそう思った。


翼竜はそのままタジキを頭から丸飲みにした。

タジキはその真っ黒な闇の中に吸い込まれるように消えた。


「タジキ!!」

ジンタが叫んだ。


レベナは魔法を放ったが、翼竜の意識を一瞬遠退かせたもののあまり効き目は長く続かない。

翼竜の質量が大きすぎるのだ。


翼竜の長い首の内部にタジキがいる様子がない。

いくら大きい翼竜とはいえ、ひとりの人間を飲み込めば、首がその形に膨らむはずだ。

だが、その様子がないのはどう見ても不自然だ。


「タジキの氣が消えた…。」

レベナが呟いた。

「こいつ!」

ローブの男を倒したコルトが飛んできて、翼竜のみぞおちを突き上げるように何度も強打する。


グェェェ!

翼竜は胃液を何度も吐いてそのまま倒れ、息絶えた。

しかし、タジキは返ってこなかった。


ハァ、ハァ、ハァ、とコルトが肩で息をしながら言った。

「こいつ自身の生体エネルギーで時空を歪めたんだ…!」

コルトは悔しそうに棍棒をギリギリと強く握った。


「ガアアアア!」

ジンタは刀を持ちながら立ち上がって叫ぶ。

目の前で友人を失くす惨劇に会い、狂いそうだ。


ジンタにゾクゾクとした身震が全身を駆け抜ける。

目の前でタジキを殺された!

賊の奴らが敵を連れてきたからだ!

こいつらが、また俺から友を奪ったんだ!


ザッ!

ジンタは乱れた心のまま、未だ眠っている山賊を躊躇(ちゅうちょ)なく斬った。

巨漢は致命傷(ちめいしょう)を負い、絶命した。


ズシャッ!

そのままもう一人の山賊にも刀を振り下ろす。

兄貴分の仇を討ちに来た男も、その一撃で呼吸を止めた。

ジンタの心にその山賊の顔が残った。


その後、ジンタはタジキを黒い闇に飲み込んだまま倒れる翼竜を滅多打ちにした。

周囲に翼竜の血と皮膚と肉が飛び散る。

翼竜の下の青い草が黒ずんでいった。


コルトはジンタを止めることができなかった。

レベナはルーを抱き寄せて、ルーがジンタを見ないように顔を隠した。


ジンタはコルトに向き直って叫んだ。

「あんたが山賊共をさっさと殺さなかったから、こんなことになったんだ!」


コルトは何も言わなかった。

レベナもルーを抱き寄せたまま沈黙した。


 ◇ ◇ ◇


しばらくして、ジンタは刀を握ったままひとりでスラニオス大河をふらふらと南下しだした。

それは朦朧とした彷徨った足取りだ。

コルトとレベナとルーはその跡を見守るようについて行くしかなかった。


程なくして、ジンタは刀を地面に落とした。

そして、全身を震わせて、その場に崩れる。

「タジキーー!!」

うずくまって泣いた。


ルーもレベナにしがみつきながら泣いた。

コルトとレベナも涙を流した。


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