第51話『新しい戦い方』
「くく…。
王城へ殴り込みとは、なんとも物騒ですねえ。」
ドネルが不敵な笑みを浮かべる。
このドネルという男、妙にやせ細っていて、鷲鼻が目立つ。
中性的な道化師のような顔つきで、鎧を着ていなければ軍人には見えないだろう。
それでも、第二国軍の副長だというのだから、それなりの実力があるのだろうが、どうも武威でのし上がったようには見えない。
一行が、ドネルの出方を待つ。
上方を取られているうえに、相手には魔術士が多いようだ。
階段に何か仕込まれているかもしれない。
うかつには手を出せない。
「フォルドの子爵様や次期領主様までいらっしゃるとは。
はるばるお越しいただき恐縮です。
下手をすると、国と国との戦争へと発展しかねませんけどねえ。」
ドネルが老婆のような唇の口角を上げる。
彼はアザネスとバーレンのことを知っているようだ。
どちらが子爵なのか次期領主なのかは定かではないが、こちらよりも情報を持っているのかもしれない。
「まぁ、何も武力で語り合うこともないでしょう。
ゆっくりと話し合おうじゃあないですか。」
ドネルがいかにも心にもないことを口走る。
そう言いながらも後ろに控えている魔術士を下げない。
おそらく、魔法を使った攻撃をしてくるのだ。
だが、こちらには既に対魔術結界を何重にも張ってある。
こちらにも魔術士が4人いるのだ。
たいていの魔術には対抗できるはずだ。
闇の魔術でなければ…。
ドネルが右手を少し動かした。
何かの合図のようだ。
いつでも飛び出せるように構える戦士達。
すると、突然、階段上の大きな額の中の絵がはらりとめくれた。
予想外の出来事にコルトはビクッと反応したが、まだ動かない。
何をしているのか見極めようとしているのだ。
絵画は布に描かれたダミーだったようだ。
その布が落ちると、不可思議な幾何学模様が出てきた。
「あれは!
みんな、あれを見てはダメ!」
レベナが慌てて叫ぶ。
「もう遅い!」
ドネルがあざ笑う。
ジンタの周囲で、フィル、アザネス、バーレン、シーダ、シューネ、タロスがバタバタと倒れた。
「闇の魔術か!」
コルトがドネルに襲い掛かる。
「なに!?」
ドネルは、コルトが動けるのがよほど予想外だったようで、慌てふためきながら、城の奥へと逃げて行った。
コルトがそれを追おうとしたが、残念ながら距離があり過ぎた。
一行を置いていくわけにはいかず、コルトは途中でドネルを追うのを諦め戻ってきた。
「くっ…!」
「身体が…!」
アザネスとバーレンがなんとか起き上がる。
が、まるで重石でも背負っているかのような動きだ。
フィル、シーダ、シューネ、タロスの4人はほとんど動けずに倒れたままだ。
だが、頭部は動かせるようで、辛うじて意志の疎通は図れる。
「強制支配の闇魔術!
予め、注意を受けていたのに…!」
レベナが悔しそうに拳を握る。
「でもどこに魔力源が…!?」
ルーが周囲に意識を向ける。
が、これといって魔力源となりそうなものは見つからないようだ。
「周囲に敵はいないようだ。
もう既に見つかっているのだから仕方ない。
一度、結界を解こう。」
コルトの提案で、魔術士達はそれぞれに張っている結界を解いた。
魔力を感知しようと目を閉じて意識を集中する魔術士達。
「確かに、どこかに大きな魔力源があるみたいね。」
「ち、地下と中層部に、なにやら大きな生命体のようなものがいるように感じます。
でも、動きがありません。」
レベナとシューネが情報交換をする。
シューネは倒れたままだが、魔力の感知や会話はなんとかできるようだ。
「予め、シューネから警告は受けていたのに。
本当に申し訳ない…。」
コルトが詫びる。
しかし、ジンタにはあればっかりはどうしようもなかったように思えた。
強いて言えば、パーティを分けておくべきだったか。
それも結果論だが。
「わしらの対闇魔術の護符もたいして役に立たなかったんだ。
あの規模のものを使われたらどうしようもない…。」
バーレンは立っているのもやっとのようで、ついに片膝を地面に突いた。
「でもなぜ4人は無事なの?」
アザネスがジンタ、ルー、コルト、レベナを見る。
「私達は諱、つまり、真名を隠しているの。
レベナやコルトというのは通俗名よ。
コルトの生まれ故郷の村の風習なんだけど、私もケイバル村長に言われてコルトと旅立つときからそうしたの。
でも、ジンタとルーの村にも同じ習わしがあったのは知らなかったわ。」
「俺も知らなかった。」
「えっ。
知らなかったの?」
ルーの言葉に驚くジンタ。
が、今はそんなことを語っている場合ではない。
「…これからどうする。
不本意じゃが、戦力は大幅に低下してしもうた。
当初の作戦じゃ、半数が戦闘不能に陥った時点で作戦中止じゃが…。」
重い身体でなんとか片膝立ちをしながらバーレンが問いかける。
「君達4人は行ってくれ!
私達は私達でなんとかする!」
「みんなを助けるにしても、魔術をかけた魔術士を倒さないことには術が溶けないわ。
このまま撤退しても、どう支配行動をさせられるかわからない。
カノン皇王のように、思うままに操れるとは思えないけど。
思うままにできるなら、とっくに窒息死なり同士討ちなりをさせられているはず。」
フィルを半ば無視してレベナが言葉を重ねた。
どうする。
前進か後退か。
コルトは腕を組んで考えた。
コルトは作戦を中止したいのではないかとジンタは考えた。
魔術の効果もまさか永遠には続かないだろう。
ここで戻れば被害は最低限だ。
だが、それでいいのか。
ジンタが一歩前に出る。
「4人で進もう。
魔術士を倒し、敵を倒して王の元に行こう。」
ジンタは少し意外だった。
コルトも他の皆もジンタの発言に反対しなかったのだ。
コルトは小さく息を吐いた。
迷いを捨てたようだ。
「それじゃ、ウォルを6人の警護に置いていく。
6人に敵が襲ってきても、ウォルがいればなんとかなるだろう。」
コルトがウォルを出して6人に付けた。
「しょうがないなあ…。」
ウォルはそういって、目に見えるほどの強力な水の結界を張った。
「おおっ。」
6人を包む結界に、ウォルが見えない者も驚きの声を上げた。
音をも半減させる強力な結界だ。
「なんでもかんでも遮断する結界だよ。
僕の動きも取れなくなるけどね。
まぁ、ファイからの良い報告を待ってるよ。」
ウォルがやれやれとシーダの横にちょこんと座った。
だが、シーダには見えてない。
「さて、急ごう!」
コルトの号令で4人は階段を駆け上がる。
「必ず助けるから待ってて!」
ルーが6人に声をかけて、4人はホールから2階の通路へと消えた。
◇ ◇ ◇
3階への階段下の少し広い踊り場で、敵の兵が6人現れた。
確実にこちらの動きを把握している動きだ。
踊り場に入った瞬間にぐるりと囲われた。
魔物はいない。
が、その分訓練された動きがやっかいだ。
装備も鉄製の武具を身に着けている。
対して、防具の面ではこちらは裸も同然だ。
前方にジンタ、後方にコルトが立ち、敵に相対する。
レベナとルーはさっそく防御力をアップする魔術にとりかかっている。
ジャアアア、という音を発しながら、ジンタは模擬刀ロウエンを鞘から抜いた。
妖刀サヤタカとは違い、ずしりとした重みが腕に伝わってくる。
これが、はじめてのロウエンによる実戦だ。
無用な殺生は避けたい。
だが、同時に自分もここで死ぬわけにはいかない。
ここが今後のジンタの戦い方を決めることになるだろう。
ルーの支援魔術がロウエンに付加された。
ロウエンが数秒ぼんやりと光る。
これは、攻撃力アップではない。
ロウエン自身の耐久度を上げるための支援だ。
それを合図にジンタは敵に斬りかかった。
昨日、コルトと訓練した通り、通常武器を想定した村の武術稽古に準じた動きだ。
対する敵の剣は上段からの大振りだ。
ここはサヤタカであれば刀で受けるところだが、持ち前の敏捷性をいかしてこれを素早く避けた。
ジンタの右腕をかするように振り下ろされる敵の剣。
ぎりぎりだ。
それに早駆けした分、体力も使った。
ジンタはそのままの勢いで敵の脇にロウエンを滑りこませてそのまま肩口まで振り抜いた。
計算通り、鉄鎧のつなぎ目に滑り込んだロウエンが、脇を切る。
だが、サヤタカのように腕を切断するまではいかない。
「ぐっ!」
敵が痛みで呻いて、肩を押さえながら倒れこんだ。
止血さえすれば命を落とすことはないだろう。
戦闘不能にできれば十分だ。
よしっ。
ジンタは心の中で叫んだ。
人を傷つけていることには変わりはないが、自らの役割と信念の丁度良い妥協点に思えた。
それに、ロウエンにも適した戦い方に見える。
「ジンタ!
後ろ!」
別の兵士がジンタに斬りかかった。
ルーの警告のおかげでかわすことができた。
敵が次の攻撃を畳みかけてくる。
「くっ!」
細かく素早い攻撃が得意な敵のようだ。
反対にこちらはまだロウエンでの戦いに慣れていない。
どうしてもロウエンを庇ってしまう。
ジンタは苦戦を強いられた。
ガインッ!
結局、ジンタは敵の攻撃をロウエンで受けざるを得なかった。
両腕で衝撃を吸収したが、それでもロウエンへのダメージは大きいだろう。
耐えてくれ、とジンタは念じた。
「ジンタ、避けて!」
レベナが叫んだ。
ジンタは反射的に後ろ飛びで敵との間合いを取った。
追撃されたらまずい体制だ。
だが、そこはレベナを信じる。
その瞬間、ゴウッという音がして横に伸びる太い炎の柱が通り過ぎた。
「ぎゃああ!」
敵は瞬間的に皮膚を焼かれて倒れた。
致命的ではないにしても半身が火傷を負っている。
しかも、その炎の柱は他の3人の敵をもなぎ倒し、戦闘を瞬間で終わらせた。
残る2人はコルトが既に気絶させていた。
6人の負傷者をまたいで、4人は3階への階段を昇る。
昇りながら、ジンタはルーの顔をちらりと見た。
意外にもルーの顔からは全く迷いが見られなかった。
人を斬り、火傷を負わせた戦闘だ。
以前のルーであれば、哀れみと戸惑いを感じていただろう。
だが、今のルーの目には戦うことへの覚悟があった。
そう、自分達がしているのはそういうことだ。
もし今が平和な時代であれば、罪になることだろう。
今の世の道徳としても、人と人が争うことは醜いことだ。
だが、躊躇していては、自らの命を危険に晒し、また自らの役割も放棄することになる。
ジンタの視線に気づいてルーが軽く微笑んだ。
その顔が、目が、このまま行こうと言っている。
ジンタはそんなルーに勇気づけられる気がした。
ロウエンで斬ることに抵抗はない。
シュゼであれば、サヤタカで斬ることもするだろう。
だが、ジンタ自身、未だに自分の覚悟が不完全なのではないかという疑念を持っていた。
どうしてそう感じているのかは自分自身、わからない。
「ファイの攻撃は強力過ぎて加減が難しいわ。
ジンタの刀じゃないけど、強すぎる攻撃力も考えものね。」
「え。
あれで強いのか。
あれ以上弱くするのは難しいぞ。」
ファイが姿を現して頭をひねる。
ファイにも一切の躊躇がないようにジンタには見えた。
実際、魔術を使っているのはレベナだからだろうか。
いや、精霊である彼らは善悪というものがそもそも人間のそれとは違うのだ。
ウォルもファイも、自らの役割と願望に忠実だ。
彼らは、コルトとレベナを支援することによって自らも成長することを望んでいる。
「対人戦て、難しいよな。
ある意味、魔物は戦いやすい。」
ここにも、加減をしなくてはいけない人間がいた。
コルトは次、素手で戦おうかと本気で考えているようだった。
この状況でルーは苦笑いをした。
そういえば、何やらルーも強力な契約精霊がいるらしいことをジンタは思い出した。
やれやれ、攻撃力と防御力がずいぶん偏っている組隊のようだ。
一行は3階へと着いた。
多くの敵の氣を感じる。
ジンタは呼吸を整え、再びロウエンを抜刀した。