第41話『夢の城』
ホンが先導してルーを案内する。
目指す大陽の宝玉は、城の地下に奥深くにあるのだという。
「い、いちおう、この四次元界での注意点を言うと、この世界でもし怪我とかをすると、もちろん、現実の身体には損傷は起きないんだけど、頭は現実であると認識するから、精神的なダメージはあるし、最悪、時間をかけて身体になんらかのストレスが現れるかもしれないんだ。
た、例えば、この世界で怪我をしたところが、現実で痣になったりとか、ね。」
「そうなの。
ちょっと恐いわね…。」
「あと、すっごいショックを受けたり、過度に緊張したりすると、現実の身体でもストレス症状が出るから気をつけて。
ま、まぁ、そんなことないに越したことはないんだけど。」
「わかったわ。」
ここで、2人は城の裏手にある木の扉の前に来た。
「ここは、げ、現実でも裏門なんだよ。
要するに勝手口だね。」
木の扉を開け、城の中に入ると、そこは薄暗い通路だった。
奥から、小さな合唱のような声が聞こえてくる。
「お祈りの時間だね。」
「この世界に、他にも人がいるの!?」
「うん、信者達だね。」
「信者?
その人たちとは話せるの?」
「話せるよ。
現実とこの世界が一致している人達だから、実際にルーが見えているんだよ。」
「現実には私はいないのに?」
「そういうことになるね。」
「どういうこと…?」
「例えば、現実でも精霊や幽霊なんかは見える人と見えない人がいるでしょ?
み、見えない人からしたら、見える人は2つの世界が重なり合って見えているのと同じなんだ。
精霊や幽霊は四次元の存在だからね。」
「今は私達、幽霊みたいなものなのね…。」
「あー、そうなるねぇ…。」
ホンはいまさら困ったことが起きたかのように落胆した。
2人が通路を進む。
祈りを上げている人々に近づいているようで、祈りの声量は少しずつ大きくなってきた。
「美しい声ね。」
「そうだねぇ。」
大人数が発する声は、低音と高音が入り乱れ、不思議なハーモニーを生み出している。
通路の途中の格子状の窓の先に100人を超える人たちが集まって祈りを捧げていた。
皆、一様に白い服を着て、同じ方向を向いて座り、目を閉じて声を出している。
ただし、背格好や容姿、姿勢、声の大きさなどは人それぞれで個性的だ。
ルーは、その個性的な人々が同じ所作を行っているのが不思議に感じた。
前方には、スカーラによく似た人物が立ち、皆の祈りを導いている。
皆に向かうように立ち、両手を広げている。
まるで、皆の祈りを浴びているようだ。
ルーとホンは、立ち止まってその様子を格子窓越しにそっと見ていた。
祈り手がいるホールはルー達の通路よりも床が低い位置にあり、内部からは見上げないとルー達は見えない。
だが、ルーは何か邪魔をしてはいけないと思い、隠れるようにして身をひそめた。
しばらくして、合唱のような祈りは終わった。
辺りに静寂が流れる。
ルーは息を殺して、次に何が起きるのかを待った。
前方の人物が両手を下ろし、目を開けた。
「宣言!」
その人物が号令をかける。
すると、皆も目を開けた。
「私達は、人々を慈しみ、自然を尊び、人の世が平和で豊かであることを祈り続けます―。」
ルーは息を潜めながらも、その宣言を聞いて素晴らしいと感動した。
そうだ、自分もそういう生き方をしたいのだ、と。
「そして、人が自然のもとに適正化され、全ての人がカノン様の恩恵の元に集いますように。」
人々はそこまで言うと、押し黙り、黙想に入った。
あれ?とルーは思った。
感動し、陶酔していたため、よく聞いていなかったのか。
何か最後の一文はすっと頭に入ってこない感じがした。
「い、行こう。」
ホンが小さく呟いた。
「ええ…。」
ルーは答えて、ホンと共に静かに通路を進んだ。
ルーは何かもやもやした思いを抱えながら歩いた。
確かにここは素晴らしい場所。
やっと自分が緊張を解くことができた場所だ。
自分自身もここに住みたいと思う。
でも、人の適正化とは何だろう?
全ての人が集うとはどういうことだろう?
私の願いはこの平和や長閑さが世界全体に広がることなんだけど…。
「この階段をずっと降りていくと、た、大陽の宝玉の安置場所に行けるよ。」
突然ホンに話しかけられてルーはビクッとした。
「え、ええ…。」
突然、夢から覚めたように、目をぱちくりさせてルーは答えた。
見ると、その通路の末端の左側面には、いかにも長そうな螺旋階段が下へ下へと延びている。
階段は灯りがないため、ホンは胸から小さな棒のようなものを取り出し、その先端を魔術と思われる技で光らせた。
周囲をぼんやり光らせてホンは一歩一歩階段を下りていく。
そして、ルーもそれに続いた。
その螺旋階段は驚くほど長かった。
「ねぇ、ホン、これはどこまで続くの?」
ルーは少し恐ろしくなってホンに尋ねた。
「うーん。
し、城の高さと同じぐらいは下に潜るはずだけど。」
「え!?
そんなに深いの!?」
「そうなんだよー。
だ、誰がこんな深い穴と階段を作ったんだろうね。
初代皇王様なのかなあ。」
「とても人の手で作ったとは思えないわね。」
「だねえ。」
そう話していても、階段はひたすら続いた。
これは、戻るのもしんどそうだ。
それに、同じ方向に回転しているものだから、目が回る。
もういい加減にして欲しい!
と思ったところで、やっと階段が切れ、水平な通路の先にアーチ状の小さな門が見えた。
その先の空間は、ぼんやりと明るいようだ。
通路にその光が落ちている。
「きゃ!」
「うわわわわ!」
門をくぐると2人は驚きの声を上げた。
なんと、そこは城がすっぽり入りそうな程の巨大な地下空間で、その真ん中には人の10倍はありそうな大きな黄色い龍がこちらを睨みつけていたのだ。
その大きな龍の下半分はとぐろを巻いている。
威圧的に見えるその立ち上がっている部分も、胸部と思われる部位より上にすぎない。
見下ろす龍と目が合った2人は恐怖ですくみ上った。
「あわわわわわわ…。」
ホンが恐怖で言葉にならない声を上げた。
ルーは、本能的に「逃げなければ!」と思った。
いくら龍が大きいといっても、地下空間が巨大なため、2人からはまだ距離がある。
ルーは硬直しているホンの袖をつかんで、来た通路に戻ろうとした。
「待て。」
龍の大きく恐ろしい声が響いた。
だが、その声は、地下空間に反響しつつも、なぜか頭に直接語り掛けられているような感覚も同時にあった。
ルーは逃げようとしていたが、ビクッと身体を止めた。
「何しに来た。
用件を申せ。」
龍の声が再び響く。
ホンはガタガタ震えてしまって恐慌状態にある。
ルーも恐ろしくて手が震えている。
だが、今まで散々危険な目に合ってきたのだ。
ここが夢の世界とわかっており、極端な精神的ダメージさえ避ければいいということも知っているのだ。
それに何よりも、龍に攻撃のそぶりはまだない。
はなから攻撃する気なら、既にいくらもできたはずだ。
先の質問からしても、まずは対話を求めているのかもしれない。
「私達は、大陽の宝玉に会いに来ました。
そこに、この世界から抜け出すヒントがあるようなのです。」
ルーは震える声を抑えながら、なるべく大きな声で返答した。
一拍置いて、龍が目を細める。
「大陽の宝玉とは我の事だ。
現実では透明な球に過ぎないが、この世界ではこの姿をとる。
お前達の望みは、この世界より抜け出すことか。」
「はい!」
どうやら話が通じているようだ。
恐ろしさが消えたわけではないが、少しホッとするルー。
だが、次の言葉は耳を疑うものだった。
「では、我と闘え。
そして、勝ったらこの世界から出してやろう。」
ルーの全身に再び緊張が走る。
「え、え、え…!?
でも、私達、闘いなんて…!」
「達、ではない。
お前ひとりで我と闘うのだ。
そこの憐れな少年は通路にでも隠しておけ。」
「え…!?」
ルーの頭は半ば混乱状態に陥った。
なんという悪い夢だろう。
どう見ても、力の差は歴然としてる。
これは、象と蟻の闘いだ。
ルーは恐怖を超えて憤りをおぼえた。
ブフー、と龍が荒い鼻息を吐く。
それは白い煙を伴って、龍の顔の両側に広がる。
巨大な龍は、鋭い眼差しを向けながらルーの答えを待った。