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妖刀の末裔と緋のソウマ使い  作者: 白峯
~ 第4章『生きづらいこの世界で』 ~
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第37話『回申』

事件後3日間は、ジンタもコルトも休息に充てた。

ジンタは軽傷であったために翌日には動けるようになったが、コルトの怪我が酷かった。


あの後、コウを保護したウォルが飛んで来て治癒してくれたため、コルトの傷は既に塞がっている。

だが、あばら骨や鎖骨、腕や脚が骨折しており、動くこともままならなかった。


ウォル(いわ)く、骨折の治療は地元素を大量に使うために難しく、一時的に水元素でつなぐことはできても、結果的には自然治癒が理想的であるとのことだった。

しかしコルトは、医者も目を見張る回復力で3日目にはY時型をした杖で歩き回れるようになった。


この間、親衛隊所属の女性が面倒を見てくれたが、ユードの方がコルトよりも重症に見えるとのことだった。

優秀な治癒専門の魔術士が治療に専念しているため、命に別状はないが、しばらく剣は握れないらしい。


4日目の昼前、ジンタとコルトの部屋の扉にノックの音が響いた。

ジンタが開けると、そこには2人の見知らぬ男女が立っていた。


手前の黒髪の女性は背が高く、レベナを思わせる雰囲気があった。

だが、胸の上部を大きく開いた黒い服は挑発的で、豊満なその胸のボリュームを見せつけているかのようだ。

ジンタは目のやり場に困って奥に立つ男に目を向けた。


男は、一見国の重臣のような雰囲気の初老の偉丈夫だった。

しかしよく見ると、顔や腕には大小様々な傷跡があり、体つきもコルト程ではないとしても、鍛えられた戦士のものだった。

顔つきは(しわ)が多く、髪は白髪交じりのため、その人生が平坦ではなかったことがうかがえるが、目は若者のように爛々(らんらん)と輝き、その剛胆さがにじみ出ている。


「親衛隊の代わりに案内に来たわ。

シュニの英雄さん達、皇帝陛下がお呼びよ。」

そう言って、女性はずいずいと部屋に入ってきた。


そして、Y字型の杖をついて立つコルトと目が合った。

コルトは突然の強引な客にきょとんとしている。

「あらぁ、あなたが英雄さんね!

でも、残念!

身体は良いんだけど、顔がタイプじゃないわ~。」

コルトはいきなり入ってきて失敬な事を言う女に、怒りもせずただただポカンと口を開けた。


「おい、アザネス!

英雄様に失礼だぞ!

いきなり正直すぎるんじゃ!」

そう言いながら、男もドカドカと入り込んできた。

そして、コルトを見る。


「まぁ、兄ちゃん、こいつのことは気にせんでくれ。

こいつは、俺みたいな逞しい都会育ちの貴族が好物なだけなんじゃ。

全く、気の多い女で困るわい。」

それだけ言うと男は、ガハハハ!と、豪快に笑った。


一体、何が可笑しいのか。

あんたもたいがい失礼だがな。

という、白けた目つきをコルトは男に向けたが、男は全く意に介していないようだった。


「ちょっと、バーレン!

一度、遠征を共にしたぐらいで、馴れ馴れしく恋人面しないで!」

というやり取りを、しばらく2人はぎゃあぎゃあと人の部屋で喚いた。


ジンタとコルトは2人の相手をせずに、皇帝謁見の支度をする。

昨日の時点で、親衛隊の者からこの時間に皇帝が呼びつけることを聞いていたのだ。


ジンタとコルトが準備を終えると、まるで何事もなかったかのように、アザネスとバーレンは2人を皇帝の待つ部屋へと導いた。

そして、部屋の前に来ると、バーレンはジンタの刀とコルトの棍棒を預かった。


「おお、これが例の…!」

「確かに普通の金属ではなさそうねぇ。」

バーレンとアザネスは、2人の武器をまじまじと見る。

「しかと、預からせていただこう!」

そう言うと、バーレンはニカリと歯を見せた。


部屋は最初にコルトが通された来賓用の会議室だった。

横長のロの字状に配置された奥座にマズカールが座っている。


「君が、ジンタか。」

皇帝はコルトの後から入った少年を見て言った。

「はい。

お初にお目にかかります。

シュニのヒガ村より来ました、ジンタです。」

ジンタは予めコルトから教わっていた挨拶の文句を述べた。


「余は第13代フォルド皇帝のマズカールである。

2人共、そこにかけよ。」

「はい。

失礼します。」

ジンタとコルトが予め茶が用意されてあった席に座る。

そこは皇帝の正面の席だった。


「コルト殿、怪我の加減は如何か。」

「はい、おかげさまで、もうだいぶ良くなりました。

魔術的な治療も平行してますので、あと3日もすれば、杖も不要になるかと思います。」


「それは良かった。」

マズカールは一呼吸おいて、憂いた目をした。

「ソーンの件は貴殿らに迷惑をかけた。

ここに詫びたい。」

「いえ…。」

ジンタもコルトに倣って頭を下げた。


「そもそも、あんな場所に書庫を作るなど、平和ボケ甚だしい。

だが、それもソーンめの奸計(かんけい)だったのかもしれぬが…。」

確かに、戦争時に最も狙われやすいツェイベク平野に面したガラス窓の部屋に書庫を作るとは、ここ何年もこの都市が戦火に見舞われていない証拠だ。


あの書庫はソーンの知識が集まった場所で、国の本来の書庫は城の最深部にあるとの話をコルトは耳にしていたが、いずれにしても国の機密事項だろう。

命がけで守った事実はあるが、コルトはそこにはそれ以上触れないことにした。


「ソーンはどこに行ったのでしょう?」

「シュニのようだ。

一度ゴラに寄った報告は得ているが、その後西に向かったらしい。

今頃はシュゼと合流していることだろう。」

「それは、厄介ですね…。」

「うむ。」

それ以上、皇帝はソーンについては触れず、一拍の沈黙が流れた。


そして、マズカールはコルトを改めて正視し、眼を鋭く光らせた。

「して、先の問いについての貴殿の答えを聞かせてもらおうか。」

「はい。

“天”について、ですね。」

「そうだ。」

コルトは座り直して姿勢を正す。


「陛下にお目にかけたい物がございます。

私の棍棒をここに持ってきて良いでしょうか?」

マズカールが目を輝かせた。

どうやらこの御仁は珍しい物や貴重な物が好きなようだ。


「よい。

バーレンよ!

聞いておるな。

コルト殿から預かってる武器を持って参れ!」

「へい。」

即座に扉前で待機していたバーレンが部屋に入り、コルトに棍棒を返す。

護衛の意味もあるのだろうが、皇帝は意図的にここの会話をバーレンとアザネスに聞かせているようだ。

しかし、ジンタがその理由を知るのは後の事になる。


コルトは棍棒を両手で持ち、マズカールに渡した。

マズカールは好奇な目でそれをまじまじと見る。

「これは、普通の金属ではないな?」


「そうです。」

「ベースとなっている木も一見すると普通の木材のようだが、少なくとも余が知らぬ木だろう。

表面の色は変化しているが、ほとんど摩耗しておらぬ。」

「そこまでお分かりになるとは、驚きです。」


「これをどこで手に入れた?」

「我が生まれ故郷、シュニは北方域にありますコメサ村の更に奥、エオの森です。」

「エオ?

聞いたことがないな。

だが…。」


マズカールが辺りを警戒する。

ジンタにもわかった。

エオの名をコルトが呼んだ瞬間に場が転じたのだ。


窓から差し込む陽の光が写実的になり、この場全体が絵画のようだ。

まるで、御伽噺(おとぎばなし)に入りこんでしまったかのように、現実感と非現実感が混じり合う。


「おわかりですか、流石です…。

彼らは今この瞬間を見ています。

そういう次元に彼らはいるのです。

まさか、私も外で彼らの名を呼ぶ機会があるとは思っていませんでした。

故郷の村でも、名を呼べなかったのです。」


「これは凄い…。」

マズカールはその場をしばらく楽しんだ。

「これが答え、というわけだな?」

「ええ…。

彼らがこの世界に人類をもたらしたと私は考えています。

そして、その行く末も、今まさにこのように観察していることでしょう。」

「うむ。」


「彼らに直接会うことを望まれますか?」

マズカールが目を閉じ、長考に入る。

周囲が沈黙に包まれた。


しばらく後、マズカールは目を開けた。

「いや、今は良い。

時期ではないだろう。

だが、貴殿の答えは満足いくものだ。

ケイバル氏の提案は受け入れよう。」


コルトの顔が明るくなった。

「感謝致します。」

コルトが深々と頭を下げる。


「だが。」

マズカールの顔付きが厳しくなる。

「貴殿にはまだやるべきことがある。

シュニを整えよ。

シュゼとソーンの横暴を抑制し、三国協定を実現させる地盤を作れ。」

「仰るところ、ごもっともです。」

コルトは頭を下げたまま言った。


「ジンタよ。」

「はい!」

突然声がかかり、ジンタは驚くように返事をした。

「余が思うに、それは貴殿の役割でもある。」

「は、はい…。」

ジンタが姿勢を正す。


「それは困難な道だろう。

だが、貴殿はその宿命を背負っている。

手狭な考えは捨てよ。

歪みがあるならそれを正すための奉仕をせよ。

全ての人間には役割があるのだ。」

「はい!」

ジンタはこのマズカールの言葉を心に刻んだ。

そうすべきと感じたのだ。


マズカールはコルトを再び見た。

「英雄たる貴殿にも家長会議に出席して欲しいところだが…。」

「いえ、遠慮しておきます。

私なぞが出るものではないかと思います。」

コルトは丁寧に頭を下げて断った。


「そうだな…。

貴殿も気付いているように、ソーンの手の内にある貴族も多い。

ここからは余の戦いだ。

貴殿に飛び火をさせぬ方が良かろう。」

「ご配慮ありがとうございます。」

コルトが頭を上げた。


マズカールは満足そうな顔をしている。

「では、話は以上だ。

また旅立つ前に顔を見せよ。」

「はい。」

「はい!」


コルトは皇帝より棍棒を受け取り、皇帝に今一度礼をして、ジンタと共に部屋を出た。

部屋に出ると、バーレンとアザネスが待機していた。

バーレンから刀を受け取るジンタ。


バーレンは相変わらずニカニカしているかと思いきや、真剣な眼差しでジンタを見ており、むしろ2人の行く末を心配さえしているかのように見えた。

その目はアザネスも同様だった。

コルトは彼らの目を見て、皇帝側の魔術師からまた何かの預言が出されたのではないかと思った。


「そうだ!」

気を取り直してか、アザネスがパッと明るい顔を見せる。

「ジンタ、コウ様が今朝方目覚めたそうよ。

会いに行くでしょ?」

「ええ!」


あれから、ジンタはコウに会えていなかった。

ジンタ自身が休養を必要としていたこともあるのだが、親衛隊からは治療中との情報しか得られずにやきもきしていた。


長い回廊の奥の上層にコウが治療を受けている部屋があった。

中に入ると、まだ青白い顔をしたコウが横になっていた。


「やぁ、ジンタ。」

コウはジンタを見て、明るい表情を見せた。

だが、目の下にはくまができており、まだ起き上がれそうにはない。


「コウ様、まだあまり話されるな。

やっと流動食を食べられるようになったばかりなのですぞ。」

白い頭の医者が口を挟む。

「ご友人か。

コウ様が助かったのはまさに奇跡的といえよう。

傷は塞がっているが、出血量は致死量に達していた。

まだしばらくは安静にしなくてはなりませぬ。」


「はは。

大袈裟だな。

少しだけにするから話させてくれ。」

コウは大したことはないと医者を引かせた。

だが、やはり辛そうだ。


「ジンタ、シュニに戻るんだな。」

「ああ。

コウはどうする?」

「俺はここに残るよ。

そして学者を目指す。

まずはソーンが残した知識を魔術士達と協力して読み解きたいんだ。」

「そうか…。」

ジンタが微笑む。


「それが、俺なりに、俺ができるジンタへの手助けだと思っている。

まだ彼らの行動理由や魔術には謎の点が多いからな。」

「そうだな。

助かるよ。」

コウも微笑みながら頷いた。


「コルトさん、ですね。」

「はい。」

「ジンタを頼みます。

こいつは、武術のセンスはあるけど、どこか流されやすいところがあるから。」


「ははは。

全くです。」

コルトが、大きな手をジンタの頭の上に乗せる。

子ども扱いされたジンタが不満げな顔をした。


コウが再びジンタを見る。

「ジンタ、ルーをよろしくな。」

「ああ。」

そう言って、コウは満足そうにゆっくりと目を閉じた。

どうやら再び眠りに落ちたようだ。


その後、フォルドでは、貴族達が集まって長い会合が開かれたようだ。

大方針として三国協定に向いていくのだろうが、それまでの道のりには数多くの困難があることが予想される。


とはいえ今は、フォルド内の事はマズカールを信じるしかない。

ジンタとコルトがフォルドでやるべきことは終えた。

自分達はシュニ国の人間として自国をなんとかしなければならない。


ジンタとコルトとウォルは、シュニに戻る支度を進めた。

このスケジュールであれば、冬が深まる前には約束通り戻れるだろう。

ジンタは再びルーとレベナに会える期待に胸を躍らせた。


しかし反面、心に引っかかるものもあった。

フォルドの人達は自分たちの事を英雄と呼んだ。

そう、間違いなくコルトは英雄だろう。


しかし、自分はどうなんだろうか…。

それに、もしコルトがジンタの元を立ち去るようなことがあったら…。

ジンタは胸の棘が抜けないままツェイベクを離れた。


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