第32話『ひとりの王国』
ひとりの刺客の男がコウに激しく斬りかかった。
コウはそれを己の刀で受け止める。
ガインッ!という音をたてて、刃の間に火花が散った。
コウも武術の心得はジンタ同様にあった。
ましてや、コウの祖父は村の武術の師でもあった。
しかし、コウには武術の才はあったものの本人の興味は別にあった。
どちらかというと、ジンタの父のような学者や文官を志望していた。
コウはここで苦戦した。
持っている刀はフォルドの洗練された鉄鋼技術でできたものとはいえ、妖刀サヤタカのような常識から逸脱する業物ではない。
同じくフォルド製の分厚い剣を受けたときから、既に刃こぼれが起きている。
別の刺客がジンタにも斬りかかってきた。
ジンタは、ここまでのコルトの指南と対魔物戦で鍛えられた経験を活かして応戦した。
妖刀を抜かずに鞘で攻撃を受け、即座に男を蹴り飛ばす。
急所を攻められた男は泡を吹いて気絶した。
次は同時に3人の刺客がジンタに襲いかかってきた。
さすがにこれにはジンタも苦戦せざるを得なかった。
ぎりぎりの身体裁きで攻撃をかわし、ひとりの男を脚払いで横転させるまでが精一杯だった。
それよりもコウが危ない。
なんとか横転した男を盾にその場を離れてコウに加勢する。
この時、別の男は横転した男に配慮してジンタを斬らなかった。
間違いなく、個別の暗殺者の集団ではなく、組織的な判断と行動だった。
とすると、なんらかの作戦の一環である可能性がある。
長期戦に持ち込むと不利になるかもしれない。
ひとりの男の攻撃をコウが刀で受けている。
そこにジンタは突進し、妖刀の鞘で男の腹を強打した。
男は泡を吹いてうずくまって倒れた。
これでコウも助かったはずだ。
だがコウは喜ばなかった。
「ジンタ!
なぜ、その刀を抜かない!?
今更、掟を守ったところで、死んだら意味がないぞ!」
次に襲いかかってきた男をジンタが倒しながら言った。
「俺はこの刀で人は斬らない!
掟の意味がわかったんだ!」
「そんなことを言っている場合か!」
コウがジンタの腕を手繰り寄せて妖刀の柄を右手で掴んだ。
妖刀をコウ自身が抜刀しようとしているのだ。
「だめだ、コウ!」
だが、その間にも残る3人の男が詰め寄ってきている。
それに、倒した者もやがて復活するだろう。
「あっ!」
コウが強引に妖刀を抜刀した。
刃の軌跡を避けるためにジンタは半身を引く。
ジンタの手には鞘だけが残された。
コウが抜刀した妖刀を構える。
「素晴らしい!
全く刃こぼれしていないじゃないか!」
コウが不敵な笑みを浮かべる。
ドクン!
コウの心臓が大きく脈打つ。
コウの心が乱れ、負の感情が押し寄せる。
「ぐうううあああ!」
コウが苦しみ叫んだ。
ここぞとばかりにふたりの男がコウに、ひとりがジンタに襲いかかってきた。
コウははなんとか苦しみに耐え、敵を睨んだ。
その目からは殺意が溢れ出ている。
「があああ!」
コウが襲いかかる敵に大上段で斬りかかる。
だが、隙が多い。
普通なら、防御されたら最後、確実にもうひとりに斬られる場面だ。
案の定、コウの攻撃は防御された。
だが、刃の上を滑った妖刀はそのまま男の剣の鍔を手ごと切り裂く。
「ぎゃあ!!」
そして、そのまま刃の切っ先は男の腕、胸、腹の肉を分断させ、更に横から襲いかかる男の腕をも斬った。
多少の抵抗感はあったものの、まるで果物を切るようだ。
「ぐあ!」
そして、ふたり目の男はコウのふた振り目に、防御することもできず首から胸を裂かれた。
ドサッ、とふたりの男が絶命し、倒れる。
ジンタは横目でそれを見ながら、対応している男の後頭部を強打して気絶させた。
「はははは!」
コウが苦痛に耐えながらも、歪んだ笑い声を上げる。
そして、ジンタが倒してまだ身動きのとれない男達を容赦なく斬り殺していった。
フォルドの土地に6人の男達の血が染み込む。
「どうだ、ジンタよ。
危機を切り抜けたぞ!」
コウが妖刀を持ったまま両腕を広げた。
ジンタはそれに正対し、コウを見る。
まるでかつての自分を見るかのように。
「ジンタよ。
俺と共に来い。
ふたりとこの刀さえあれば、この大陸を支配することだって夢じゃない!」
コウが歪んだ顔で叫ぶ。
ジンタは鞘を前方に突き出した。
「コウ!
その刀を鞘に収めるんだ。
コウが思っているよりもそれは危険なものなんだ!」
コウの顔が怒りで更に歪む。
「ジンタ!
そんなことでごまかされないぞ!
どうした!
俺と共に来る気はないのか!?」
ジンタがひと呼吸地面を見る。
「…俺は、コウとは行けない。」
ジンタは静かに、だがハッキリと言った。
「俺は村の仇を討たなくちゃいけない。
どこか外国で隠れてはいられない。」
「それなら、俺と一緒に戦えばいい!
俺が皇帝になって、ジンタが新親衛隊長だ。
ふたりの王国なら敵なしだぞ!」
「違う。
そういうんじゃないんだ。」
「何が違う!?」
「コウにとって、仇討ちとは何だ?」
「そりゃ、村を襲った奴らを皆殺しにすることさ。
やられたことをやり返すのさ。
そうやって、村のみんなの、家族の無念を晴らすんだ。」
ジンタが突き出した鞘を下す。
「そうか…。
いや、コウが間違えているという訳じゃないんだ。
…だけど、俺とは違う。
結果的に俺も首謀者を斬り殺すのかもしれない。
でも、仕返しだとか無念とか、そういうんじゃない。」
コウが納得のいかぬ顔をした。
ではなんなんだ、と目が語っている。
だが、コウにとって重要なのはそこの見解の一致ではなかった。
ジンタを手に入れたいのだ。
ジンタは改めて向き直り、コウにじりじりと近づく。
「やはり、俺はコウとは別の道を行く。
その刀と共に。
その刀は人を斬るためのものではないんだ。
それを持つことは苦しいはずだ。
さあ、刀を返してくれ、コウ。
その役割は俺が負う。」
そう言うジンタの目は確信を持っていた。
そう言えるだけの経験と覚悟があった。
「ぐあああああ!」
コウの心が荒れて、再び苦しみに悶えた。
片手で頭を押さえて苦悩する。
ぐしゃぐしゃになった前髪が指にからまる。
すると、コウはジンタの予想外の行動をとった。
突然、鍔を持っていた手で刀身を掴み、刀の先端を自らの方向へ反転させた。
そして、鍔を空に向けて大きく振り上げる。
その先端の向く先は、コウ自身の腹だ。
「コウ!?」
ジンタは驚き走り、コウを止めようとした。
「あああああ!」
しかし、ジンタは間に合わずコウは自らの腹に刀身の先を突き刺す。
サクッと抵抗感なくそれはコウの腹に突き刺さり、背中まで貫通した。
そして、コウはそのまま地面に崩れ倒れた。
「コウッ!!」
ジンタは倒れるコウに近づき、コウから刀を抜く。
それはスルッと糸を抜くかのように滑らかにコウの腹から離れた。
刀身には血が付いている。
傷からは血が流れ落ち、地面に血溜まりを作った。
ジンタは自らの服を破いて急いで傷口を塞ぐ。
ようやく刀から解放されたコウは、別の痛みに耐えながらも、以前も時折見せた優しい目をしていた。
「ジンタ…。
ようやく俺の事を見てくれたな…。」
「コウ!
なんで!?」
「もういいんだ。
こんな苦しい想いは…。
欲しいものは手に入らず、大事なものは失い、要らぬものばかり背負わされる、この世界は…。」
ジンタは必死でコウの傷口を塞ぐ。
しかし、背と腹から出血しており、その流れを止めるのは困難だ。
「コウ…。」
「自分でわかる。
致命傷だと。
この刀に斬られて助かる者はいない…。」
ジンタはなぜこんなことになったのか混乱していた。
あまりの突然の出来事で全く理解が及ばない。
なぜ、コウは自ら自傷行為に出たのか…。
自らの返答がコウの心のどこかを乱したのはわかる。
だが、その理由がわからない。
そもそも、なぜコウは自分にこだわるのか…。
傷口からは止めどなく血が滲み出ている。
コウの氣が弱まっていく。
なぜ、なぜ…。
ジンタは質問にならない疑問を自らの中で反すうさせた。