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妖刀の末裔と緋のソウマ使い  作者: 白峯
~ 第3章『2つの相剋』 ~
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第27話『自由』

対峙するフリーダとバリド。

2人の目は真剣ではあるが、どこか力なく光がないことにルーは気付いた。

「2人共、ここで死ぬ気だわ…。」

ルーの後ろに立っていたレベナが呟く。


「そんな!」

ルーが手で口を覆う。

このままではいけない。

「ラーイオーになんとかしてもらえないかしら…。」

ここまでの流れから、レベナはルーの意見を優先することにしていた。

「試してみましょう、ルー。

サポートするわ!」

「ええ!」

ルーは早速解想法に入り、天に意識を向け、そしてラーイオーに呼びかける。

視界が白く開け、心の波立ちが凪いでいく。


だが、何も応答がなかった…。


レベナがサポートを解いて目を開ける。

「ルー、ファイが言っているわ。

人間の問題は人間が解決すべき、だって…。

そうよね…。

人の問題は人が動かないと、ね。

私、ダグの所に行ってくるわ!

2人を止めるよう、言ってくる!」

レベナはそう言うと人だかりを掻き分けてダグの方へ走って行った。


ルーも目を開けた。

人だかりの中央では、バリドとフリーダが闘いを始めている。

激しい剣技が繰り広げられていた。


2人の腕前は互角に見える。

だが、ルーには奇妙に見えた。

剣のぶつかり合いは妙に大味で、変に間があるように見える。

隙があるなら、そこを突くのが定石であるはずなのに。


「2人共、大技ばかりで隙だらけに見えるわ…。」

「2人とも死ぬ気で闘ってるんだよ。

自分がね。

全力を出しつつも、その上で負けたいのかもしれない…。」

リッケのその言葉にルーは強い違和感を覚えた。

そんなの間違えている、と。


その時、ルーの中のある意志が熱を持った。

私が2人と話す、という意志が。


ゆらりとルーは2人へと向かって歩いていった。

そのルーの姿は、まるでもうひとつの絵が重なっているように肉体の目には見えない赤い炎のオーラと共にあった。

それは、御伽噺(おとぎばなし)か又は絵画のワンシーンが突然現れたかのような鮮烈さを見る者に与える。

リッケは、ルーを止めようと手を伸ばしたのだが、それ以上は何故か身体が動かず進めなかった。


ルーを取り巻くその不思議なオーラに、見ている人々はただ何もできず息を飲んだ。

ダグのところにやっと近づけたレベナが周りの異様な雰囲気に気付いて、皆の注目の先に目をやる。

そして、闘う2人に近づくルーの姿を見て驚愕(きょうがく)した。

「ルー!」

レベナはそう叫んだが、そこからルーへの距離を縮めることができなかった。


フリーダとバリドもその不思議な少女が近くまで来ていることに気付く。

「ルー!

危ないから来るな!」

フリーダが構えながら横目でルーをけん制した。


ちょうど、バリドが渾身の大上段を振り下ろそうとしている時だった。

だが、バリドの身体は突然それ以上進めなくなる。

「なんだ!?」

バリドが違和感に戸惑う。

それは金縛りとは違う。

剣を戻すことはできるのだ。

だが、まるで見えない壁でもあるように、身体が剣を振り下ろす方向に動いてくれない。


ルーは、自らが起こす出来事を何故か達観視したような感覚で見ていた。

目の前で剣と剣がぶつかり合おうとしている。

だが、自分には危険はない。

そういう妙な確信があった。


ルーがフリーダとバリドに触れられる程の距離にまで近づいた。

フリーダもバリドも、それ以上剣を振ることが出来ずに四苦八苦している。


ルーはなんとか剣を振り下ろそうとしているバリドの腕にそっと触れた。

そして口を開く。

「シュニの人間ではなく、2人の友人として言うわ。

闘いを止めて。

あなた達が死んだ所で、人々の遺恨はすぐには消えない。」

ルーが呟くように、しかし確実に2人の耳に届くような力強さで言った。


バリドの身体が脱力していく。

負けるものかとなんとか力をこめるバリド。

だが、それは外の力ではない。

バリドの中の2つ意志が葛藤を起こし、腕がブルブルと震えだす。


フリーダもまた、身体が剣を収めようとしているのに気付いた。

自分の奥の意志が、表のここで死ぬという意志に反している。

そして、この驚異の少女の言葉を全身で聞こうとしている。


「人々は痛みを抱えている。

許したくても簡単には許せない相手がいる。

だからこそ、最も痛みを知っているあなた達2人が2つの部族をまとめなければならない。

自分と共に、人々が互いを許せるように。

それは、戦いを選ぶより困難な事よ。

これには時間が必要だわ。

若い世代に完全に切り替わって、更にもう一世代を経てやっと完全に融和できるでしょう。

でも、ここにいる人達はそれをやらなくてはいけない。

それを始めなくてはならないわ。」

それはルー自身にとっても不思議な程、流暢(りゅうちょう)で堂々とした言葉だった。


バリドとフリーダが、闘うことを諦めて剣を下ろす。


バリドが苦悩の表情を浮かべる。

「それが…、許しが…一番困難な事でも、か?」

ルーが真っ直ぐバリドを見た。

「今更こうはできないとか、自分の生き方とはこうだとか…。

何故、諦めるの。

何故、握りしめるの。

それらは許しに繋がっていないし、自らをより苦しめるわ。

囚われが困難をより困難にするのよ。

相手も同じ痛みを持っているのかもしれない、という共感が許しに繋がるのよ。」


「囚われ、か…。」

バリド自身も不思議に思う。

何故、この小娘にこんな事を言われて腹が立たないのか…。


いや、腹は立っているのだ。

腹を立てているのは自分だ。

だが、自分は死んだのだ。

フリーダに闘いを挑んだあの時に…。


フリーダがうつむいた。

「友よ。

悪かった。

お前の言う通りだ。

私は囚われていた。

そして、それから逃げようとしたんだ。

恥ずべき事だ。

ここで改め、再興に力を尽くすことを約束しよう。

痛みを共感し、許す努力をしよう。」


クッ…と、聴衆の誰かが涙を堪える声を出した。

それがきっかけとなり、ある人は嗚咽し、ある人はただ涙を流す。


たくさんの血が流された。

たくさんの親しい人が死んだ。

そして、殺した。

殺しに加担し、止めることができなかった。


戦争の痛みのほんの一部が、ここで流されている。

そして、ここから長い時間をかけてこれを続けなければならない、広めていかなければならない、と各々が覚悟する。

それは明らかに困難な道のりだ。


ダグが前進し、大きな声で言った。

「ここに、我々レフ族とソ族の停戦を宣言する。

昨日からの和解のための対話を継続し、同じ先祖を持つ者同士の絆を取り戻す努力をすることを言明する!」

ダグのその言葉に呼応して、オオーッという声と拍手が広場に広まる。

それは本来、今日の部族集会で言われるべき宣言だった。


レベナがルーに駆け寄る。

ルーはそのシーンを大きな達成感と共に味わった。

心の底よりの喜びと、何か懐かしいような安らぎに包まれ、安堵のため息をつく。

赤いオーラは知らずに消えて、ふと力が抜けた。

「ルー!」

すんでのところでレベナに身体を支えられ、その腕の中で立ったまま眠りに落ちた。


 ◇ ◇ ◇


翌日、早い時間にルーとレベナはリッケの馬車に乗り込んだ。

随分長くこの地域に滞在してしまったが、本来の目的である首都への道を急ぐことにしたのだ。


このような事態から、リッケにはギルフに残って村の復興を手伝うという選択肢も提案してみたが、リッケは迷うことなくルー達を首都まで届けること選んだ。

むしろ、以前より2人と共に旅をすることに使命感を帯びているように見えた。


馬車に乗り込むと、いち早くバリドが馬車に近付いて来た。

「リッケ、お前には世話になった。

それにすまんかったな、一度は剣を向けたことを許してくれると嬉しい。」

バリドは冷笑を浮かべることなく、そう言った。

リッケがバリドに手を伸ばして、握手をする。

それは和解の印だった。


「ルーよ。」

バリドに声をかけられて、ルーはひょっこりと幌から顔を出す。

「俺がお前にしたことは許される事じゃねぇだろう。」

ルーがバリドの目を真っ直ぐに見た。

「いえ、許すわ。

あなたは私に心の深い部分を見せてくれた。

それに、2度も私の願いを聞いてくれた。

あなたは友達よ。」


バリドは目から涙を流す。

だが、それを拭うこともなく取り繕うこともなかった。

「ルー。

お前は希望だ。

俺の娘は死んぢまったが、お前が生きているってだけで、まだ生きてみようって気になれる。

今度、自暴自棄になっちまったときは、お前を思い出すことにするよ。」


「ええ、そうして。

是非、私が怒ってるところを想像してね。」

ルーは悪戯(いたずら)っぽく言い放つ。

だが、ルーが想像しているその怒っている顔は死んだバリドの娘だった。


「それに…。

これは単なる俺の妄想なんだが、お前はもっとでかいことをしでかすだろう。

とにかく、死なないでくれ。

それだけが、娘を亡くした俺の支えなんだからな。」

「わかったわ。

約束するわ。」


そうして、馬車はギルフ出口に向かって進んで行った。

出口には、フリーダやダグと共に多くの人達が見送りに来ている。

そこには、イーマの車椅子を引くマリーもいた。


マリーからは今日いっぱいの食料を、ベンからはこの先の食料や水などを受け取った。

レベナはベンにその代金を支払う。

それはもともとティルスで買う予定のもので、昨日のうちにベンに頼んでおいたものだった。


一度馬車を降りたルーの手をフリーダが握る。

「またな、ルーよ。

世話になった。

あまり無茶はするなよ。」

「フリーダさんも。

あなたに出会えなかったらと思うと、今でも背筋が寒くなるわ。

助けてくれてありがとう。」

「それはこちらの台詞だ。

ティルスでゆっくりしていって欲しいところだが、街は滅茶苦茶だからな。

シュニに帰る際はティルスに寄っていってくれ。

…だが、大雨は勘弁してくれな。」

「あら、人のことを雨女みたいに言わないで。

私だってあんな豪雨はまっぴらごめんだわ。」

ルーはわざとしらばっくれた。


そうして、馬車はギルフをあとにした。

「友よ、気をつけて!」

フリーダが大きく手を振る。

その横にはダグもベンもいる。

ルーとレベナは見えなくなるまで手を振り返した。


馬車はギルフを擁する山の斜面を進んでいった。

豪雨の影響は凄まじく、所々で土砂崩れが起きている。

だが、幸い通行には支障がなかった。


途中、眼下の遠くにティルスが見える場所があった。

ここから見ても、ティルスへの雨にる爪痕が見ることができる。

あれ以上の雨が降ったら壊滅的だっただろう。


「これじゃ、戦争と同じ被害ね。」

ルーは自分がしたことを少々疑問視したくなった。

その時、レベナの背中からポーンと赤い精霊が飛び出した。

火の精霊ファイだ。


「そう。

戦争をしても同じ規模の被害が出ただろうな。」

「それじゃ、何もしなくても結果は変わらなかったのかしら?」

「いや、戦争は続き、もっと被害が増えただろうな。

ただ、今回はもともとこの地域に運命づけられていた破壊のエネルギーを別の形に転化したんだ。

君とブレスレット、レベナの魔力で、その方向をちょびっと変えたんだ。

俺を媒介にしてな。」


「なるほど…。」

レベナが指で顎に触れる。

「それによって、未来が変わった。

将来予想された未確定の破壊のエネルギーは、2部族間の感情浄化と創造的エネルギーに使われることになった。

我々、天に属する者の意思ではない。

君達の意思さ。」


ルーは理解した。

「それではっきりわかったわ。

私達人間が動くことによって、天の存在がサポートしてくれるのね。

何故、ラーイオーは助けてくれないのかと思う場面は何度かあったわ。

でも、私自身が決めて動いたときは必ず助けてくれた。

主体性はあくまで人間側にあるのよ!」


レベナが目を見開き、胸の前で両手を合わせる。

「そう!

そうなのよ!

そうなのね!?

凄いわ、ルー。

私の求めていた、わかってはいたけど確証が持てなかった命題にあっという間にたどり着くなんて!

あなたは素晴らしいソウマ使いになるわ!」


「答えを得たようだな。

じゃ、俺が補足しても構わないよな…。」

ファイがクルリと空中で一回転する。

「そう。

この主物質界は君達人間達が主役なのさ。

俺らはそれをサポートするにすぎない。

俺らは神々よりはある程度はエントロピーを増大(自由に活動)できる存在だけど、君らの自由意志の可能性の幅には及ばないんだ。

要するに、この世界をどうするかは、君達人間次第ってことさ。」


「凄い!

なんてシンプルなの…!」

レベナは胸の前で両手をパンと鳴らした。

「でも…。

責任重大ね…。」

「そうね…。」

「私達はどうあるべきなのかしら…。」

レベナはそのまま胸の前で腕を組んだ。

「それも、君達人間が決めることさ。

でも、俺にも意志はあるし、進化したいからな。

どうせ加担するなら、同じ志を持った人間につくな。」


馬車は木漏れ日が射し込む山道を下っていった。

空は先日の大雨が嘘のように青く澄み渡っている。

森は深さを増し、様々な命の気配がする。


ルーは、人間が主役であるというファイの言葉が意味するところを考えていた。

ふと、ダグが宣言した絆のことを思い出す。

世界、命、人間、絆…。

ルーは、森を眺めながらこれらの言葉の奥を知りたいと思った。


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