第26話『交渉』
フリーダら、ティルス軍の幹部達が来賓室にドカドカと入ってきた。
最早ルー達の事は気にかけず、扉も開けっ放しである。
来賓室の窓からが、北のソ族側を最も良く見ることができるのだ。
「これは、まずいな。」
「我々の倍はいるぞ。」
「すぐそこまで来ているとは…。」
フリーダ達はその場で沈黙する。
そしてしばらく後、フリーダが宣言するように言った。
「停戦の申し入れをする。」
「フリーダ様!」
「今戦ったら、皆助からない。
死ぬのは私だけで良い。
私が彼らの所に行ってくる。」
「私も行きます!」
「俺も!」
「私も!」
側近達が次々に声を上げる。
皆、フリーダを死なせたくないのだ。
「ダメだ!
皆で行けば闘いを挑んでいるように見えてしまう。
より無防備な方が良いのだ。」
「ですが、それだと無駄死に!」
「それも仕方ないだろう。
大将首を取ったのだ。
ソ族も攻撃を止めるに違いない。」
「しかし!」
一瞬の沈黙の中、来賓室の入り口付近でコトリと物音がした。
「僕がついて行きます!」
「私も!」
リッケとルーが声を上げた。
突然の外野からの子供の声に皆が驚く。
「僕達なら、挑んでいるように見えないですよね。
それに、何かあったらフリーダさんは僕達を人質に取れば良いんだ。」
「停戦は私達の提案よ!
同行させてください!」
「またこのガキ共が!」
あの時の門番もその場にいて、ルー達に凄んだ。
「やめろ!」
フリーダが叫んだ。
「中々良い作戦だな。
子供らよ、ついて来い!」
場がざわつく。
だが、フリーダは問答無用で改める様子もなく、出発の準備を始める。
フリーダは側近のベンにこれからの行動の指示を出し、来賓室を後にした。
ルーとリッケも荷物を持ち、フリーダに従う。
「フリーダ様、どうしますか!?」
「ご指示を!」
状況の知らぬ外の兵士達は、廊下を早歩きするフリーダを見ると縋り付いて来た。
「すまない。
時間がないのだ。
ベンに指示を出してある。
彼の命令に従え。」
フリーダはそう言って兵士達を鎮めた。
そして、北の裏門から3人はティルスを出た。
目の前はすぐ山で、鬱蒼とした森が広がっている。
足元はかなりぬかるんだが、辛うじて歩く事ができた。
夕刻の森は薄暗いが、獣道を使って3人は山を登る。
しばらく森の中を登り、中間地点と思われる所でフリーダが振り向いた。
「さぁお前達、これが最後の逃げるチャンスだ。
ここで釈放とする。
ここから真西に行け。
街道に出るはずだ。」
ルーとリッケは驚いた。
本気でフリーダについて行くつもりだったのだ。
「嫌です!
一緒に行きます!」
ルーが叫ぶように言った。
「聞き分けろ。
お前達に人質の価値などない。
そもそもソ族の人間ではないじゃないか。
それともルーよ。
また内政干渉とか言われたいのか?」
ルーが縋るように言う。
「理屈じゃなく、ダメです。
あなたを死なせる訳にはいかない。
ダグと話をしてください。
それしか道はないと思います。」
フリーダがため息をついた。
「もちろんそうするつもりだ。
運良く殺されなければ、な。」
フリーダはこれ以上かまってられないと、森の中を再び登り始める。
「フリーダ、ダメよ!」
そう言ってルーはフリーダの袖を掴んで引っ張る。
「離せ!
お前達だって―」
その時、森の北側からガサリと人の物音がした。
「誰だ!
ソ族の者か!?」
フリーダはそう叫んで剣を抜いた。
ルーが勢い良く振り解かれて尻餅を突く。
「きゃっ!」
ルーが小さな悲鳴を上げた。
「ルー?」
その奥から、ルーが今一番聞きたい人の声がした。
「ルー?
そこにいるのね?」
間違いない、レベナだ。
「レベナ!」
ルーが叫んで森の中を駆け上がって行く。
「ルー!
良かった、無事で!」
2人は坂の途中で抱き合った。
そして、レベナの後ろからは、大柄な男がぬっと姿を現した。
「ダグ!」
フリーダが叫んだ。
ダグが両手を上げてフリーダのところまで降りてくる。
そこに剣先を突きつけるフリーダ。
「剣を下ろしてくれ、フリーダ。
話し合おう、今ならまだ間に合う。」
フリーダは剣を下ろして首を振った。
「すまない、私もそのつもりだ。」
「俺が道案内したんだぜ。
3人が街から出るのが見えたから。」
レベナの横にあのファイと名乗った精霊が浮かんでいる。
「あとは氣でわかったわ。
その中にルーがいることが。
あ、ファイとはもうすっかり仲良しなの。
コルトが連れてるウォルに似ててびっくりしたけど。
今日、やっと動けるようになって外に出たらファイがいて驚いたわ。
でもすぐわかった。
ラーイオーが言った“ある出会い”だって。」
そうして、フリーダと共にルー達はソ族のギルフ近くの前線テントに行った。
フリーダは一度ティルスに戻り、ベンを含む側近2名もテントに連れて来ている。
テントにはバリドも来ていた。
バリドは無表情でルーやリッケとも目を合わせず、ただ淡々と話し合いに参加している。
その頃にはようやく雨も止み、空は晴れ渡っていた。
日はとっぷりと暮れ、空には星々が煌めいている。
「停戦は確定だ。
まずは、ティルスとギルフの復旧を急がねば。
いつまた豪雨が訪れるかわからない。」
フリーダとダグは、敢えて内戦の事は触れずに住民の生活の話を優先させた。
ソ族とレフ族が共同作業をさせるように仕向けたのだ。
「ティルスには物資はある。
が、人がいない。
特に男手が少ない。
水没した家屋も多く、建物の復旧が困難だ。」
フリーダはティルスの現状をありのまま話した。
「ソ族側の男手は豊富だ。
傭兵達はティルス同様逃げてしまったがな。
土砂崩れがいくつかあるが、今のところ家屋の被害は軽微だ。
ソ族の男達をティルスに派遣しよう。
逆に食料を含めた物資や道具が足りていない。
それらの提供をティルス側にはお願いしたい。」
ダグがそう要請した。
そこで、ソ族の人手をバリドが、物資や道具類をベンが一度金に換算した。
そして、お互いの必要分を割り出し、それらを相殺する。
結果的に、ティルスのレフ族側がソ族に対して、数ヶ月分の借金をする事でまとまった。
それらが決まった頃にはすっかり夜更けになっており、ルーとリッケは大人の話に舟を漕いだ。
レベナも病み上がりで体力がないためか、ルーとリッケの肩を抱きながらコクリコクリとした。
そして、日が変わる前にはなんとか解散になり、ルー、レベナ、リッケの3人はギルフのリッケ宅に移動して寝た。
久々に安心して眠れる夜となった。
◇ ◇ ◇
翌日。
すっかり事態は解決し、皆仲良く全てが丸く収まる。
そう、ルーは思っていた。
だが、事はそんなに単純にはいかない。
朝食後、外が騒がしくなり、ルーとレベナ、リッケの3人が家の外に出てみると、ギルフの中央広場に人だかりが出来ていた。
北側にはソ族の男達、南側にはレフ族の男達が集まって何やら揉めているようだ。
どうやら騒ぎの中心はバリドのようだ。
ダグがバリドの腕を掴み、彼が飛び出すのを止めているのが見える。
「やめろ、バリド!
やっと戦争が終わりそうだというのに、お前が感情に走るな!」
「離せ、ダグ!
俺は俺の公としてやるべきことをやった!
もう解放してくれ!
後は俺としての、父親としての感情のために行動させてくれ!」
ダグはバリドが感情を爆発させるのを始めて目にした。
バリドの口元の冷笑は、彼が感情を抑え込んでいる現れだったのだ。
今まで時間を共にして来た相棒の圧迫された忍耐を知ったダグは、それ以上、バリドを止めることが出来なかった。
ダグの拘束から解放されたバリドが、レフ族の前に出ていく。
それに相対するように出たのはベンだ。
「何故だ、バリド。
昨日は遅くまで語り合ったではないか。
お前となら上手くやれると思える瞬間もあったんだぞ。」
「ベンよ。
お前に個人的な恨みや不満はねぇ。
あの女を出せ。
フリーダを。
あの女の前で、俺の娘は殺されたんだ!」
「そんなことはできない!
バリドよ。
ティルスは、実質フリーダ様がまとめ上げているのだ。
個人的な遺恨に差し出すわけにはいかない。
そんな当然の道理、お前ならわかるはずだろう!」
その時、フリーダがベンを遮るように前に出た。
「フリーダ様!
いけません!」
「良い、ベンよ。
停戦し、互いの協力体制を築いたところで、それで丸く収まるわけはないことはわかっていたことだ。」
フリーダのその目はどこか悲しげで、力がないことにルーは気付いた。
バリドが叫ぶ。
「南ソ族、軍隊長及び外交長ダグよ!
昨日の決め事の全ての実行権限をお前に託す!
バリドは外交副長を外れた。
私怨により職務を放棄したんだ。」
「了解した…。」
ダグがその宣言に力なく返答した。
そして、バリドは剣を抜いてフリーダに対峙した。
フリーダが口を開く。
「私とて、お前達に友も家族も奪われたのだ。
闘う理由はある。」
そして、フリーダも剣を抜いて剣その先端をバリドに向けた。